マイボスマイヒーロー

 深い山の中。
 ぴりりりり、と鳴ったのは、妙に大きな携帯電話だった。
「はい……」
 細い手が不格好な電話を取り上げ、大量のプリクラの貼られた受話ボタンをぴっと押す。プリクラの中央にいるのは若い女だが、周囲はリーゼントやパンチ、グラサンにヤンキーと男ばかりで、しかも妙にガラが悪かったりする。
「はい、はい……」
 明るい言葉が次第にトーンを下げ、やがて真剣な言葉に変わっていく。
「……宙船学園?」
 続く言葉に溜めはない。
 半ば反射的に、彼女は答えを返していた。
「はい! ぜひお願いしますっ!」

 重厚な門を前に、そいつは重々しく呟いた。
「今度こそ卒業してやンぜ……」
 私立宙船学園校門の前。仁王立ちに立つ男を、周りを通る少年少女は怪しげなモノを見るような目で見遣り、黙々と通り過ぎていく。
 だがいくら怪しくとも、男が着ているのはこの学園の制服だ。制服を着ているからには、この学校の生徒……なのだろう。たとえ、眼光鋭く、見上げるばかりの巨躯を持っているとしても。
「……ん?」
 ようやく周囲の視線に気付いたのか。
 男は相好を崩し、口元をニヤリと歪ませてみせる。
「ああ、ボクのことは気にしないで下さい。気さくに、マッキーって呼んでくださいね」
 本人は爽やかな笑みと思っているようだったが、あまりそうは見えなかった。

 暗い部屋の中。
「……四代目」
 ぎぃ、と重い扉を開けて現われた巨漢は、奥の椅子に身を埋める男に静かに呟いた。
「おう。おメェか……」
 ぐるりと椅子が回り。吹き付ける鷲の如き視線に、巨漢はわずかに身を竦ませる。

「あの、マッキー、さん?」
 相変わらず門の前に立つ男に向けて、たおやかな声が掛けられた。
「へい」
 見下ろせば、頭二つほども下に長い黒髪が見える。
「そろそろチャイムが鳴りますから……」
 外見も物腰も図書室で本でも読んでいるのが似合いそうな少女だが……誰も声を掛けぬ男に平然と声を掛ける辺り、余程強い意志を持つか、世間知らずかのどちらかだろう。
 事実、周囲からの視線は物好きに向けられるそれと同質のモノだ。
「へい。姐さん」
 だが、男は案外と素直に少女に頭を下げた。
 あねさんはないでしょう、と少女はくすくすと笑う。
「まったくもう、どこの組のかたですか?」
「へいっ、関東…………」
 鋭牙会と続けようとして、男は思わず言葉を詰まらせる。
「かっ、関東」
 この場でそれは、絶対に口にしてはならない言葉だ。
 ここでは彼は一介の高校生。
 関東鋭牙会の一員であることも。
 そこの組長候補であることも。
 二十八歳であることも。
「関東?」
 絶対に、誰にも明かしてはならない秘密なのだ。
「かっ、関東煮は美味いなぁ……」
「まあ、可笑しい」
「あはは、ははは……」
 爽やかな朝の校門に、乾ききった笑い声が響き渡る。
「一年A組、鷲峰雪緒と言います。マッキーさん、早く」

「俺達が関東を制圧するためには、どうすればいいと思う?」
「へい。やっぱり、和平会の連中を……」
 和平会の成立によって、関東裏社会の微妙な均衡は保たれている。関東を再び戦乱の世に戻すためには、その和平会をかき乱すのが一番だ。
「そうだ」
 だが、それは……。
「二代目、連中とおっぱじめるつもりですかい! 無茶だ!」
 いかに男が関西最強を誇ろうとも、極まりない暴挙。
「ンな無茶でもしねえと、関東統一なんて出来ねえだろうが。あぁ!?」
 叫んだ瞬間、既に鷲の瞳の男は姿を消している。
「ぐ……ぐぅ……」
 気付いたときには既に眼前。鋼の牙が如き剛の指が巨漢の額に噛みついて、ぎりぎりと締め上げる。
「うちの関東事務所で一番近い組はどこだ? 言ってみろ」
 鉄パイプを叩き付けられようともビクともしなかった頭蓋がギシギシと軋みを上げる中、巨漢はかすれた声で言葉を紡ぐ。
「うぅ……鷲峰組、関東鋭牙会、大江戸一家……」
「そうだ」
 ぱっと手を離せば、響き渡るのは巨漢が崩れ落ちる轟の音。
「まずは、鷲峰組だ。あすこの『人斬り』を血祭りに上げて、関東統一の狼煙にしてやるさ」
 組長室で起こった異音に集まる部下を満足げに見回しながら、男は静かに笑みを浮かべるのだった。

 その日のクラスは、殊の外騒がしかった。
 宙船は進学校でもなく、かといって就職に強いわけでもない。偏差値も低く、もともとあまり雰囲気の良い学校ではないのだ。
 喧噪の中、ガラガラと扉が開き、眼鏡の女教師がつかつかと教壇へと昇っていく。
「おはようございまーす」
 元気良く、一声。
 喧噪にあっさりとかき消される。
「おはようございます」
 もう一度、声。
 しかし、今度の声も喧噪に阻まれ、生徒の所にまでは届かない。
 女教師の中で、何かが一瞬キレた。
「おうおうおうっ!」
 ばん、っと教卓を打ち据え……るよりも一瞬早く叩かれたのは、教室の隅にいた生徒の机だった。
「テメェらっ!」
 巨躯に相応しい、轟く豪声に、黄色い喧噪は吹き飛ばされ……。
「……っ!」
 後に残るのは、静まりかえった空間のみだ。
「先生がおはようって言ってるだろうが、コラ」
 さすがに度が過ぎたと理解したのだろう。
 巨躯の主はぽそりと続け、何事もなかったかのように自らの席に着く。
「……すんません」
 素直に頭を下げる様子は、先程の怒声の主と同一人物とはとても思えない。
「いや、いい」
 出鼻をくじかれた女教師は、パラパラと閻魔帳をめくり……。
「榊……真喜男くん?」
「はい」
 既に周囲の空気を支配している男をただ者ではないと思いつつ、女教師はチョークを軽く執る。
「そういうワケで、わたしがみなさんの担任を務めさせてもらうことになりました……」
 かつかつと白い文字が黒板を駆け抜けて……。
「山口、久美子です」
 女教師はそう、名乗った。

 つづかない。

 マイ☆ボス マイ☆ヒーローが終わったので、発作的に一時間ちょいで書き殴ってみたり。長瀬智也のヤクザ役カコイイー(同い年なので妙に親近感がある)。あの妙な違和感があるところが『味』なのですよー。

 そんなわけでマイボスマイヒーローvsごくせんまでは想定通りだったのですが、なぜかBLACKLAGOONを混じらせてみたり。
 でも鷲峰が絡むとどう見てもVシネです。ありがとうございました。

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