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廃坑探索編
 6.放たれた光の矢


「やれやれ。分断されちまったかー」
 砂埃の中、呟く調子はいつもと何ら変わりない。
 正面は崩れ落ちた岩塊の山。
 背中にあるのは謎のレガシィの金属壁と、奧へ続く坑道だ。とはいえこの揺れでは、奥へ進むのも賢明とは言い難い。
「コンピュータは欲しいって言ったけど、いくらなんでも大きすぎだろ。……部屋に収まんねえぞ」
 慣れた様子で金属壁の表面に撫でれば、そこに現われたのは小さなパネル。現われたキーを幾つか押せば、ひと繋がりかと思われた金属壁の表面が音もなく開いていく。
 遠慮無しに中へと踏み込むと、中央のシートに腰を下ろして幾つかの計器をチェック。
「パワーセルは二割ほど残ってるな。後はパイロット登録が抹消されてればフルで動かせるんだが……ダメかぁ」
 正面に示されるのは、『エラー』の文字だ。
 どうやら男の思う通りにはいかなかったらしい。
「ま、いいか。落ち着けば、セリカちゃんが助けに来てくれるだろ」
 生命維持装置は生きている。非常用の人工冬眠装置もあるようだから、最悪、この中で再び人工冬眠に入るという手もある。
「次に目が覚めた時代には、こいつらがいればいいんだが……」
 呟き、取り出すのは胸元のロケット。
 音もなく開いたその中身にあるのは、一枚の写真だった。微笑むカイルの傍らには同い年くらいの女性がおり、二人の間には小さな娘が映っている。
「けど、忍ちゃんの猫探しは何とかしたかったなぁ」
 こんな事になるなら、せめてもう少し大きなぬいぐるみを贈っておけば良かったか。
 そんな事を考えた瞬間、感じたのは小さな揺れだ。
「んっ?」
 外の地震ではない。もっと小刻みな、そして徐々に高まっていく、回転運動に伴って起こる振動は……。
 慌てて幾つかのパネルを叩き、システムの状況を確認する。
「パイロットの危険に伴う自動支援モード起動……? どういうことだ? 誰が登録されてる?」
 登録された主が危機に陥った時、それを自らの意思で支援に向かう機能の存在は、男ももちろん知っていた。けれど、護るべきパイロットは、これが眠っていた一万年の間に既に死んでいるはずだ。
 ならばこいつは、何に対して反応しているのか。
「J.AYAKI……誰だ?」
 表示された機体の主の名前を、男は小さく呟いて。
 高まる機体の振動は、ついに起動のレベルにまで到達する。


 構造を支える魔力を喪った十メートルの巨人が、轟音と共に崩れ落ちていく。
「……ちっ。あれだけ死ぬ思いして、魔晶石かよ」
「ふぅ。おかげで助かりました」
 戻ってきたのは、荷物を背負った白衣の男と、その肩に乗った黒衣のルードである。
「そういえば、あの脚が崩れたのって、ミスティの爆弾だったのか? 昨日の朝、なんか山ほど準備してただろ」
「あれはその前に使い切ったわよ」
 一つ二つ残していても面白かったかもしれないが、その破壊力で件のレガシィを見つけられたかどうかは、また微妙な所だった。
「古かったんじゃないですか? あのゴーレムロードは、七千年くらい前の魔法王朝のシロモノですし」
 一万年前のレガシィは、劣化防止の加工が施されている。故に一万年の時を経てなお、新品同様に使えるわけだが……。 
 三千年後の時代には、その技術は失われていたらしい。強い魔力を込められた品はその力に支えられて経年の劣化をはね除けるが、一万年前のそれに比べれば確実なものではない。
「それより、早く中を何とかしないと!」
 ゴーレムを倒した今、既に揺れも収まっている。ならば、これからすることは一つしかない。
「どうしたんですか?」
「カイルが落盤に巻き込まれて、中に閉じこめられてるのよ」
「そうか。で、何を手伝えばいい?」
 ミスティの簡潔な説明に、マハエは迷うことなく即答する。
「手伝ってくれるの?」
 冒険者としてのマハエの任務は、魔物の調査だろう。カイルの救出は任務とは関係ないし、仮に成功しても何の報酬も出ないはずだ。
「当たり前だろ。何考えてんだ、セリカ」
 けれどセリカの言葉にマハエもアギも、怪訝そうな表情をしてみせるだけ。
「何でもない。……先に行く」
 その反応がどこか嬉しくて、セリカはさらなる力を込めて洞窟へと走り出す。
「それで、ワタシ達は何をすれば良いデスカ?」
「穴掘りか? 瓦礫を運び出すか? 力仕事ならいくらでも……」
「……いや、まあ、そのへんは魔法で何とか」
 崩れた岩盤に穴を開けるのはセリカの魔法だ。勢い込んでみたものの、実際のところ人手が必要な場面はどこにもなかったりする。
「…………まあ、手伝えることがあったら言ってくれや」
 思い切り毒気を抜かれたような声で呟いた、その時だ。
 崩れ落ちた瓦礫の山が、再びゆっくりと動き始めたのは。
「バックアップ!? 用意周到な事で……!」
 一度倒されても、予備の機構がゴーレムの体を再構築し、戦いを継続出来るようにしてあるらしい。あるいは、一度倒された後、油断した相手を倒すように仕込んであるのかもしれなかった。
 いずれにしても良い趣味ではない。
「セリカ! もう一撃だ!」
「分かった!」
 しかし、既にコツは掴んだ。相手はまだ完全な状態ではない様子だし、今なら再び魔力を吸い上げて倒すことも出来るはずだ。
(ちょうど良い。『もう一つ』、貴晶石を作らせてもらう!)
 その時だった。
 再び十メートルの巨躯を露わにしたゴーレムロードが、後ろから砕け散ったのは。
「………っ!?」
 大地を貫き、ゴーレムを一撃の下に打ち砕いて、そのまま天へと翔け上がっていったのは……一条の閃光だ。


 光の矢が翔んでいったのは、坑道の遥か南。
「……ガディアの方に飛んで行きまシタ」
 強く輝く光の中には、人影らしき姿が見えた。ただ、地上から見た縮尺が正しいとすれば、その人型はそこらの巨人族よりもはるかに大きくなってしまうのだが……。
 レガシィなのは間違いないだろうが、あんなものは噂にも聞いた事がない。
「ゴーレムはもう打ち止めみたいだな……」
 粉砕されたゴーレムロードが三度目の復活をする気配はない。
 いずれにせよ、呆然としている一同の元に現われたのは……。
「おいおい、何であんなモンが飛んでんだよ!」
「律さん! どうしたんです?」
 北のルードの集落に向かったはずの、律達だ。
「こっちの仕事が早く終わったんで、おめぇらの様子を見に来たんだけどよ……」
「それよりさっきのアレ、何なんです? その様子だとご存じのようですが……」
 渋い顔をしている古代人の男は、小さくため息を吐き。
「……おいおい話すわ。とりあえず、急いでガディアに戻った方がいいだろ」


続劇

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