-Back-

魔物調査編
 1.北の森にて


 ガディアの北に広がる森は、彼の街を囲む森の中では最も危険な場所と言われている。
 単純に木の密集して視界が悪いという事もあるし、他の森と違って危険な魔物の多く棲む山の深部に直接繋がっている事も理由の一つ。つい先日もヘルハウンドの群れが見つかっており、木材ギルドの護衛を引き受けた冒険者達が討伐戦を行っていた。
「アギさんが?」
 そんな危険な森を歩きながら。細身の青年が口にしたのは、森で暮らす一族の少年の名だ。
「ああ。森の民の知り合いに、色々聞いといてくれるって話なんだが……」
 合流予定の場所はこの辺りのはずだが、まだ来ていないらしい。男は少し早めに街を出たから、恐らくはこちらが早く来すぎたのだろう。
「ふむ。鋼蔓があるか……」
「何ですか?」
 どうやらその辺りの木に巻き付いている蔦の事らしい。青年にはどの蔦も同じに見えるが、男にはしっかりと判別が出来ているのだろう。
「律の弓の材料集めを頼まれててな。補強用にこの蔓が必要なんだが。……構わんか?」
 律の弓は、単純に木を削り出して作るわけではない。木製の芯に獣の腱や骨を幾重にも張り合わせ、より反発力や強度を高めた特別製だ。
 部材の接着には膠が用いられる事がほとんどだが、さらにその補強として鋼蔓と呼ばれる特別に硬い蔦が用いられる事になっていた。
「いいですよ、急ぎの用でもありませんし。手伝いますよ、マハエさん」
「悪いな、ジョージ」
 腰のナイフを引き抜いて、ざくざくと辺りの蔦を切り取っていく。今はまだ柔らかいが、皮を剥いて乾燥させる事で、凄まじい強度を持つ補強材に生まれ変わるのだ。
「けどこの辺って、そんなに危険な動物なんているんですか?」
 切り取った蔦をザックに押し込む作業を手伝いながら、ジョージは首を傾げてみせる。
「ツナミマネキもカタが付いたし、ヘルハウンドも最近は話を聞かないな。……あの辺、見てみ?」
 マハエが指した方にあるのは、獣の糞と、軽く盛られた土の山だ。どうやら獣がマーキングに来た時に、足跡を付けやすくしてあるらしい。
 鹿のような足跡は幾つか見えたが、熊や狼といった獣の痕跡は見当たらない。
「いる時には熊もいるけどな。どっちにしても、街までは来ないさ」
 今回の仕事の名目は、草原の国から塩田の視察に来る姫君の安全確保。少なくとも街にいる間は、彼女に野生の獣が危害を及ぼす事はないはずだ。
「あ、鹿だ」
 マハエのひと仕事を終えれば、森の向こうに姿を見せたのは、一頭の鹿だった。長い角を生やした牡鹿は、こちらをしばらく見ていたが、すぐに森の奥に姿を消してしまう。
「鹿は別に危なくも何ともねえだろ」
 繁殖期の鹿は確かに気性も荒くなるが、危険度が跳ね上がるほどではないし、その時期はまだまだ先だ。その頃には姫君はとうに視察を終え、自らの国に帰っているだろう。
「違いますよ。今日の夕飯にでもしませんか?」
 辺りを見回せば、アギが姿を見せる気配はない。
 ジョージの魅力的な提案にマハエは無言でボウガンを取り出し、太矢を装填してみせる。


 アルジェントが足を踏み入れたのは、ガディアの北に広がる森だった。
「どこに行くの?」
 魔物調査に出てはみたものの、実のところこれといった当ても無いのだ。北の森に足を踏み入れた理由も、先日ヘルハウンドの追加調査に加わっており、他の森よりは土地勘があったから……と、その程度でしかない。
「どこに行こうか……」
 もちろん本格的な調査をする事も出来るが、このままナナトと散歩になっても構わないという気持ちも、ある。
「ええっと、魔物さがし……だよね?」
「そうよ。何か見つけたら、教えてくれる?」
 ナナトは神妙な顔をして小さく頷き、アルジェントの前をとてとてと走り出す。
「おーい、魔物やーい」
 そんな事を言いながら辺りの茂みを覗き込むが、いるのはせいぜいウサギくらいのもの。もちろんウサギでは、調査の対象にもならない。
「そんな所にはいないと思うわ……」
 だが、小さな茂みに飛び込んだナナトの体が、ふと消えた。
「……ナナ?」
 いくらナナトが小さいとは言え、茂みより小さいはずがない。茂みに飛び込めば、中の様子はざわめきとなって表に出て来るはずなのに。
 慌てて駆け寄れば、茂みの中にいたのはこちらをきょとんと見上げている緑色の小動物だった。
「……ああ、びっくりした」
 どこか猫にも似た小動物は茂みの中から音もなく飛び出すと……そのまま幼子の姿へと変化する。
「こっちの方がいい? あっちの方が、いろんな所を探しやすいけど……」
 確かにナナトの言う通りなのだが、今回の標的は恐らく細かい所には入れないサイズの相手だ。むしろ獣化は、こちらからナナトが見えなくなるというデメリットの方が大きくなる。
「いつものナナでいて頂戴。見つからなくなったら困るし」
 ナナトはその言葉に小さく頷き、再びパタパタとその辺りを走り出す。


続劇

< Before Story / Next Story >


-Back-
C-na's 5th Dimentional Labyrinth! "labcom.info"
Presented by C-na.Arai