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ルードの集落編
 1.小さきものたち


 廃坑へと向かうヒューゴ達と別れた後も、街道を徒歩でまっすぐ北へ。やがて至るのは、彼等にとっての分岐点。
 ここからは平坦な街道ではなく、険しい山道になる。
「先にご飯にしちゃおうか」
「やったぁ! ごはんごはん!」
 ターニャの言葉に、ルービィのお腹がぐうと鳴る。
 木々の間から見える太陽は既に中天を過ぎ、午後の時間帯に入っていた。この先の行程を考えれば、良いタイミングだろう。
「何だ、休憩か?」
 支度を始めたターニャ達から遅れる事わずか。荷物を背にやってきた律も、彼女達の様子に道の端へと腰を下ろす。
「うむ。律もご苦労じゃな」
「なんてぇかよ……仏さんを抱えて歩くってのは、どうにも落ち着かねえや」
 律が冒険者になってそれなりの年月が経つが、不思議とルードと仕事をする機会には恵まれなかった。
 もともと大雑把な所に、相手は触れれば折れそうな十五センチの少女達である。あえて避けていたのも否定はしないが、いずれにしても縁がなかったには違いない。
「じゃが、琥珀を運ぶのは、律が言い出したのであろ?」
「言ってねえけど……」
 坑道組と別れた後、徒歩の移動の時に琥珀をどうやって運ぶのかと聞いただけだ。
 なのになぜか、琥珀の納められた小さな木箱は律の荷物の中にある。
 少々乱暴に扱っても問題ないと言われたが、いわば棺桶だ。さすがにそんなものを抱えて大立ち回りを演じる気にはなれない。
「似たようなものであろ。コウ、わらわ達は辺りの警戒に出るぞ」
 微妙な表情の律をそのひと言で両断しておいて、ディスはコウと共に森の中へと飛び込んでいく。
 食事で動きの取れない人間達のフォローは、食事を必要としない彼女達の大事な役割のひとつだ。
「ねえねえ! これ何?」
 そんな二人を見送って。ルービィが気にしているのは、ターニャが取り出した料理の包みである。
「今日はパイの包み焼きを作ってみたんだけど……。うん、崩れたりはしてないね」
 先日調子に乗ってパイ生地を作りすぎてしまったが故の再利用だが、思ったよりも良い出来に自分の事ながら感心してしまう。もう少し練習して、店の料理として出すのも良いかもしれない。
「……どしたの? ルービィ」
 だが、料理の行く末を見守っていた少女の視線が注がれているのは、パイの間から姿を見せた魚ではなく、包み焼きを切り分ける細身の短剣だった。
「この短剣って、ドワーフ製だよね」
 小柄なターニャの手には少し余り気味の大振りなそれは、全体に渡って子細な装飾が施されており、鍔の中央には朱色に輝く魔晶石が嵌め込まれている。
 いくつかの紋章も付いているが、さすがのドワーフにもどこの紋章かまでは分からない。
「昔色々あってね。それより、早く食べちゃおう!」
 けれど、その種族特有の興味はそこまで。
 切り分けられた包み焼きを渡されれば、腹の足しにもならない紋章よりも、目の前の料理が優先されるに決まっている。
「うん!」
 元気よく包み焼きにかぶりつき、ルービィは口の中に広がる旨みに顔を綻ばせるのだった。


 木々の間を駆けながら、赤いルードが声を掛けたのは、目の前を駆ける黒いルードに向けて。
「なあ、ディス姉」
【何じゃ?】
 返ってきた声は、耳ではなく頭に直接響く感覚を伴ったもの。風の音で邪魔をされる通常の音声ではなく、より高い周波数を使った『声』で返してきたらしい。
【…………こないだのカニ狩りの時さ。どうだった?】
 普段は人間の使う音で会話をするよう意識しているルード達だが、今は二人きりの会話だ。コウもディスの使ってきた周波数に切り替え、音無き会話を開始する。
【どうだったも何も、マハエ達から聞いておろう。大騒ぎじゃったが、まあ何とかなったわ】
 こちらの想定を遥かに上回る大攻勢だったが、目立った怪我人も出ることなく終える事が出来た。あれだけの乱戦からすれば、大成功と言っても良いだろう。
【それは知ってるけどさ。ディス姉は……どうだったのかなってさ】
 音無き会話は、言葉の情報そのものを相手に伝える術。だがそれ故に、小声での呟きも確実に相手に伝わってしまう。
【何じゃ。言いたい事があるなら、ちゃんと話せ】
 ディスの言葉に、それきり答えは返ってこない。
 声の会話も、声なき会話も、両方だ。
 ただ本当に無言のまま、森の中を駆け抜けていく。
【……琥珀を向こうに運んだら、もっかい聞くよ】
【……変な奴じゃの】
 集落に至る細道沿いをそれなりに奧まで進んでみたが、周囲に大きな獣の気配はない。せいぜい兎か、鹿くらいだ。
「さて。そろそろ食事も済んで居る頃であろうし、わらわ達も戻るとしようか」
 会話を人の可聴音声に切り替えて、ディスは再びコウを伴い、森の入口まで引き返していく。

 食事を終えた一行が進むのは、街道から逸れた獣道ともつかぬ道。
 そこを黙々と進みながら、やがて口を開いたのは律だった。
「なあ。ルードの集落って、どんな所なんだ?」
 岩山に穴を掘って暮らすドワーフの街や、森の中に建つエルフの村に立ち寄った事はあるが、ルードの集落に足を踏み入れるのは初めてだ。
 『月の大樹』のルード用の設備を見る限り、何もかもが小さいのは間違いないだろうが……縮尺を小さくした人間の街がそのまま並んでいるのか、鳥の巣箱よろしく樹に小さな家が括り付けられているのか、想像も付かない。
「面白い所ではないぞ。おぬし達が見ても、すぐには分からぬじゃろうしの」
「そうなの?」
 どうやら小さな家が並んでいるわけではないらしい。
 ならばやはり、巣箱なのか……。
「……つか、もう集落に入ってるしな」
「嘘っ!?」
 きょろきょろと辺りを見回してみるルービィだが、それらしき物は見当たらない。
 ルービィだけではない。傍らを歩く律も辺りに何も見つける事が出来ずにいる。
「勝手に入って怒られやしないだろうな……。ルードの礼儀とか、全然知らねえんだけどよ」
 ディスたち街暮しのルードも他の異種族同様、人間の礼儀に合わせているはずだ。集落のルードが人間社会のそれとは全く違うルールで動いている可能性は十分にある。
「人間と一緒だよ。気にしなくても大丈夫だって」
「なら、なおのこと不法侵入じゃ……」
 ガディアくらいの街ならともかく、警戒心の強い村であれば、槍の一つくらい突き付けられても文句は言えない。
「もう話は付けておる。このまままっすぐ進めばよい」
 ここまでの移動中に、ディスが誰かと交渉しているような様子は見当たらなかった。あるとすれば、別れて動いていた食事の時くらいだが……。
「我らは人には聞こえぬ声で話が出来るでな。ルービィ、さっきお主の肩を借りたであろ?」
 言われ、ディスがいきなり肩に乗ってきた事を思い出す。歩くのに疲れたか、エネルギー補給でもするのかと思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。
「あー。なんかさっき耳鳴りがしてたのって、それ?」
「……獣人の可聴域に入っておったか。気を付けていたつもりだったが、それは嫌な思いをさせたの。ターニャ」
 獣人は動物との会話も出来る者もいるというし、人間の聞こえる音より広い範囲の音を聞き取れるのだろう。ただ今回はそれが声ではなく、異音として取られてしまったようだが。
「着いたぞ」
 そんな事を話しながら歩いていると、やがて木立の向こうに一軒の家が見えてきた。
「普通の家……だよな?」
 人間サイズのごく平凡な一軒家だ。ルードの住居というより、猟師や木こりの山小屋や、炭焼き小屋と言った方がしっくりくる。
「ルードもここに住んでるの?」
 『月の大樹』のような光景を想像したらしいルービィ達の言葉に、ディスは笑ってみせるだけ。
「ルードの手伝いをしてくれる人間の家じゃよ。今日は留守にしておるそうじゃが、自由に使って良いと言われておる」


続劇

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