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猫探し編
 1.猫まっしぐら


 街を見下ろす高台にあるのは、一軒の屋敷である。
 かつては変わり者の貴族の別邸だったそこは、今は誰も住んではいない。貴族が取り潰しにあった後、確たる引き取り手も見つからず、空き屋のまま……だった。
 過去形である。
 今は新たな主を得、その主を迎え入れる準備を始めているのだ。
「さて、どうすべきですかね……」
 その屋敷の屋根の上。広がるガディアの街並みを眺めながら、黒服の元執事は静かにそう口にする。
 修繕を終えた屋根の事ではない。考えるのは、朝のアルジェントの言葉だ。
『あのお屋敷の図面が欲しいの。……貴方なら、用意出来るでしょう?』
 無論、屋敷の配置は隠し通路から椅子一脚に至るまで把握済み。しかし、知っている事と、それを教えて良いかどうかは全くの別問題だ。
 あの時は、考えさせて欲しいと保留にしていたが……。
 そんな事を考えていると、階下から飛んできたのは良く通る海の女の声だ。
「アシュヴィンさーん。荷物を運ぶの、手伝って欲しいんだけどー!」
「ハイ! すぐ参りマス!」
 その声にいつもの様子でそう返すと、アシュヴィンは背中の黒翼を広げ、屋根の上から飛び降りた。


「『葬儀に出席のため、お休み致します』……か」
 訪れた料理屋に貼り出された掲示を読み上げ、モモは小さくため息を吐く。
 人手を募集していたから、店主不在ながらも開いているかとも思ったが……よく考えれば、その依頼が今朝も酒場に貼り出されっぱなしだった事を思い出す。
「ふむ。ならば、真面目にネコでも探してみるかの……」
 酒場を出た理由を思い出し、ふらりと店を後にしようとして。
 目の前にいるのは、一匹の猫。
 尻尾にリボンは付いていないし、色も違う。
 だがそいつはモモと目が合った瞬間、ビクリとその目を震わせ、一瞬でモモの視界から姿を消した。
「……なにも、取って食おうというわけではないのじゃがの」
 実はネコ探しに向いていないのではないかという意見をとりあえず棚に上げた所で、ガディアの街に響き渡るのは叫び声だ。
「うおおおおおおおおっ!」
「どうした、ダイチ。こんな朝から訓練か?」
 大地を揺るがす全力疾走である。元気なものだと感心するが、本人の形相はそんな呑気な様子ではない。
「あ、モモ! 助けてくれっ!」
 どうした、と問う間もなく、モモはその理由を理解する。
 にゃあああああああっ!
 街路の彼方から押し寄せる、巨大な何か。
 そして、彼女の鼻をくすぐる変わった匂いは……。
「アイツら、全力でオイラを追い掛けてきてっ!」
「持っておるのはマタタビであろ。それが原因じゃ」
「そっか! ありがと! てぇーいっ!」
 首からじゃらじゃらと下げていた木の枝のネックレスを振り捨てて、大きく振りかぶって遥か彼方へ放り投げる。
 にゃああああああああああああっ!
 やがて、押し寄せる巨大な波は。
「全然関係ないじゃないかーっ!」
 遥か彼方に飛んでいったマタタビネックレスなど意にも介さず、ダイチをあっさりと飲み込んだ。
「……ネコくらい自分で何とかしてみせい。仮にも冒険者であろうが」
 あれだけ長いことマタタビを持っていたなら、匂いも移って当然だ。ネコ相手で死ぬこともあるまいし、放っておいても平気だろう。
「それに、ポケットにでもまだ残っているのではないか?」
「それだ! 忘れてたああああああぁぁぁぁぁっっ」
 にゃああああああああああああっ!
「やれやれ。ネコに人気とは、羨ましいの」
 街の彼方に押し流されていくダイチをぼんやりと眺めながら、モモはどうでも良さそうに呟いてみせる。


「ネコ探し……ネコ探し……ネコ探し…………」
 通りをぶつくさ呟きながら歩くのは、二足歩行のネコだった。
「どしたん、ネコ」
「ネコ! どこにネコなのだ!」
 その言葉にビクリと身を震わせて、辺りをキョロキョロと見回し始める。
「どこもなにも、そこの水たまり見てみぃ」
 男の言葉に水たまりをおっかなびっくり覗き込めば、そこにあるのは草色の帽子を被ったネコの顔。
「わぁ、立派なネコなのだーっ! って、ボクはネコじゃないのだー!」
「……ノリツッコミまでした割には、おもろない返し方やな」
「別に面白いのとか期待してないのだ……。で、ネイヴァン。それは何なのだ?」
 呆れるネイヴァンにやはり呆れ顔を返しておいて、リントが目を止めたのは彼の持っている棒である。
 片手剣ほどの大きさだが、先端に何やら丸っこい物体が付いている。どうやら振り回して使うようだが……。
「これか? これはな、ネコの手ぇぶった切って作った……」
「ギニャー!」
 突き出された棒の先は、確かにネコの手の形をしていた。ご丁寧に爪や肉球まで再現されている。
「冗談やて。こんなでかいネコなんかおるわけないやろ。ほれ、こうやってひらひらすると……」
 爪の先には細く長いリボンが結わえ付けられていた。
「こうやってひらひらするとやな……」
 ガタガタと震えていたリントだが、やがてそのひらひらと揺れる物体に視線が泳ぎ……。
「ほれほれー」
 右から左、そしてまた右。
「ち、ちがうのだっ! ボクはネコじゃないのだ!」
 三往復ほどした所で、我に返る。
「何も言うてへんよ」
 ネイヴァンはニヤニヤと笑いつつ、ひらひらを止めることはない。
 その動きに従って、リントの視線はやっぱり泳ぎ……。
「だーかーらー!」
 今度は二往復で、我に返ることが出来た。
「……ネコやろ。どう見ても」
 次はちゃんと一往復で我に返るんだろうか……などと思いつつ、ネイヴァンは当然のようにひらひらを止めることはないのだった。


続劇

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