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廃坑探索編
 5.坑道の守護者


「これは……」
 崩れ落ちた岩肌の奥に見えるのは、金属の壁。
 明らかに、この時代に作られたものでない。坑道そのものを揺るがす爆発の中心にあるはずなのに、その表面には傷一つ付いてはいなかった。
「レガシィ……だな」
 それだけは間違いない。
「棺では無いようですが、何でしょう? セリカさんやフィーヱさん、ご存じじゃありませんか?」
「知らない。私も初めて見る」
「俺も」
 一般的なレガシィなら、生まれた時から基礎知識としてルードの記憶の中に納められている。もちろんそれで全てのレガシィを網羅出来るわけでもないのだが……。
「もう少し掘ってみましょうか。セリカさん、お願い出来ますか?」
 ヒューゴの依頼にセリカが頷いた所で、地面が大きくぐらりと揺れる。
「ちょっと、落盤!?」
 先程の発破の影響が出たのか。二度目の揺れは、一度目よりも明らかに大きく、強いものだ。
「まずいです! 一度、外に出ましょう!」
 その瞬間、頭上の岩に大きく亀裂が走り……。
「きゃ……」
「セリカちゃん、危ないっ!」
 どん、と押されたのは、通路の入口に向かってだった。
「カイルさん!」
 慌てて手を伸ばすセリカだが、その先にあるのは崩れ落ちた岩だけだ。
 カイルの手があるのは、岩を隔てた向こう側。
「カイルさん! カイルさんっ! 今、魔法で……!」
 この程度の岩の量なら、魔法を使えばあっという間だ。
 けれどその間にも、揺れはその勢いを増している。
「今は退け! 俺は大丈夫だからっ!」
 岩壁の向こうから聞こえる声にも、セリカは集中を緩める気はない。だが、紡ぎ慣れたはずの魔法を思わず間違え、舌打ちを一つ。
 普段ならいくらでも出来る集中が、働かない。
「ここも限界です! カイルさんはきっと何とかしますから!」
 そんなセリカを羽交い締めにしたのは、場の指揮を引き受けた白衣の青年だった。
「カイルさん! カイルさんっ! ……放せぇっ!」
 細身の優男のはずなのに、ヒューゴの力は思った以上に強い。セリカも力の強い方ではないが、全力を振り絞ってもその腕をふりほどけずにいる。
「ミスティさん、手伝ってください!」
 けれど、ヒューゴの側も暴れるセリカを押さえるだけで精一杯だ。
「仕方ないわね!」
 叫ぶセリカに絡みつくのは、ミスティの呼びだした水の鞭。
(また……助けられないの!? シャーロットを助けられなくて……冒険者になった、あの時みたいに!)
 任務よりも戦友を。権力よりも自由を。
 それらを手に入れるために冒険者となったはずなのに……それでもやはり、伸ばされた手を掴むことは出来ないのか。


 激しい揺れと、巻き起こる砂煙。
 それらが吐き出される坑道の出入口から転がるように飛び出したのは、娘達だ。
「みんな大丈夫!?」
 水の束縛を解けば、すぐに坑内へと駆け戻っていくだろう。故に、ミスティはいまだセリカに掛けた束縛を解けずにいる。
「カイルさんが!」
「あいつが殺して死ぬタマかよ! 冒険者舐めんじゃねえぞ!」
 だが、叩き付けられたフィーヱの言葉に、半狂乱のセリカは僅かにその動きを止めてみせる。
「……今度は、ちゃんと助けられるから」
 解かれた束縛に手首の様子を確かめて、セリカは静かに立ち上がる。
「ごめん、取り乱した」
 手は離れても、まだ失われたわけではない。
 失われては、いない。
 少なくともカイルはその程度の男ではないはずだ。
 彼は、冒険者なのだから。
「なら、前を見た方が良いわよ」
 砂煙の中。
 起き上がるのは、巨大な影。
「あれは……」
 地震の主は、どうやら爆破そのものではなかったらしい。
 坑道の入口に姿を見せた十メートルを超える圧倒的な巨躯に、一同は思わず息を呑む。


 砂煙の中。
「ゴーレムロード……七千年前の古代魔法王朝の遺産が、まだ正常に動いていたとは」
 目の前にそびえる巨大な影を悠然と見上げ。
「素晴らしい」
 そいつは幸せそうに、そう呟いた。
「これだから遺跡の探索はやめられない」
 幸せそうに、である。
 その口ぶりには、十メートル超の巨大兵器を正面に据えた者が抱くであろう、驚きも、恐怖も、絶望もない。
 幸せなのだ。この男は。
「ああ、今日は佳い日だ」
 心ゆくまでの遺跡の調査。
 一万年前の、いまだ見た事のないレガシィ。
 古代魔法王朝の偉大な遺産。
 そして……。
「本当に佳い日だ」
 呟く言葉に宿るのは、恍惚の色。
 白衣をまとう猫背が、ゆっくりと伸び上がり。
「本当に、佳い日だ……」
 どずん、と巨人の一歩の如き音を立てて落ちるのは、背中に背負った巨大な荷物。
 同じだけの音を立て、眼前の巨人が一歩を踏み出し、男の元へと迫り来る。
 恐らくもう一歩を踏み込めば、男はあっさりと踏み潰されてしまうだろう。
 けれど男に恐怖はない。
 あるのはただ……。
「……では、実証させて戴きましょうか」
 眼鏡を放り棄てた青年の口元を彩るのは、狂的な笑み。
 そしてそいつも、一歩を踏み出し。
 巨人も、一歩を踏み出した。


 二歩を踏み出した十メートルの巨人の姿に、誰もが驚きを隠せなかった。
 坑道が口を開けた岩肌。いままでずっとただの山肌だと思っていたそこが今は自ら形を成し、巨人となって歩いているのだから。
「何ですかあれ……」
 驚いていたのはセリカ達だけではない。
「マハエ、アギ。アシュヴィンまで……なんでここに?」
「何でっつーか、前のヘルハウンドの出所の調査に来たんだけどよ……ありゃ何だ」
 森の向こうから現われた男達も、目の前の巨人を呆然と見上げるだけだ。
「ゴーレムロード……なんであんなものが生きてるの」
 ギルドの資料で読んだことはある。神殿や宮殿などの番人として配される魔法構造物で、大きいものなら二十メートルにも及ぶのだと。
 もちろん、その戦闘力は推して知るべし、だ。
「知りませんよ! ここってただの鉱山跡じゃないんですか!?」
「俺が知りたいわ!」
 恐らくは、あの謎のレガシィの封印が破られた所で起動するようになっていたのだろう。これ見よがしにあの一箇所だけが空白になっていたのも、掘れなかったわけではなく、掘らなかったのだ。
 図らずもヒューゴの仮説が証明される形になったわけだが……誰もそれを嬉しいとは思わなかった。
「で、どうやって逃げるんだ?」
「……戦わないのかよ」
「無茶言うな。あんなのに通じる矢なんか持ってねえぞ」
 戦えない相手なら、逃げるしかない。恐らくあれだけの巨大物体にダメージを与えるには、上位の魔法や攻城兵器を持ってくるしかないだろう。
「僕の力も、通じそうにないですね……」
「まあ、石の塊だしな。……結晶化も無理だろうな」
 相手を無力化するアギの力は相手の気の流れを乱す技だし、ルードの結晶化の技も原理はそれに近い。魔法の流れしか持たないゴーレム相手に通用するかどうかは未知数だ。
「元執事は何とか出来ないの?」
「そうデスネ……」
 ミスティの問いに、アシュヴィンは悠然と腕を組み……。
「……いやいい。何とか出来るとか言われたら、俺達の立場がなくなる」
 マハエの言葉に、小さく肩をすくめてみせる。
 その瞬間だ。
 ゴーレムががくりと膝を折ったのは。
「あ、チャンスっぽいわよ」
「フィーヱさん! 結晶化を!」
 叫ぶイーディスに、フィーヱは思わずその眉をひそめてみせた。
「………出来るのか? あれが?」
 結晶化は、対象の生命力を魔晶石へと変える技。
 アギの技と同様、どう見ても、目の前の魔法構造物には分の悪い賭けに思えるが……。
「生命力と魔力は、本質的には同じ物です。なら……どうすればいいか、分かりますよね?」
「……どうなっても知らんぞ! セリカ!」
 その名を呼べば、背後に立つエルフの娘は、既に魔法を唱え終えている。
「当てる!」
 構えた土の弾丸にフィーヱが飛び乗ると同時、セリカはゴーレムの頭上目掛けてその弾丸を解き放つ。
 放たれたそれは、一直線にゴーレムの頭部へと吸い込まれ……。


続劇

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