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ルードの集落編
 4.その名は『千年の』


 木々の間から差し込むのは、爽やかな初夏の陽光だ。
「晴れたな……」
 森を渡る風は心地よく、彼方からは小鳥の声も聞こえてくる。冒険者としては、絶好の探索日和とでも言うべきだろう。
「しばらくは止まないかと思ったけど、こんな事もあるんだねぇ」
 昨日の空の具合からして、数日はこの集落に足止めだろうと思っていた。依頼は無事に達成したし、急ぐ用事もないのなら、雨で足元の悪くなった森を強行軍で帰る必要もない。
「あーあ。もうちょっとゆっくりしていきたかったな」
「ルービィ一人で残ってもいいんだぜ?」
「ふぇっ!? それはちょっと……」
 ルードは好きだが、かといって一人で残るのも微妙な所だ。変な声を上げるルービィに、辺りから笑いが弾ける。
「あ、皆さん。おはよう……ございます」
 そんな彼等の元に姿を見せたのは、昨日の幼子のルードだった。今日は流石に慣れたのか、昨日のおずおずとした様子もあまり見られない。
 ただ、子供だけで出歩くのを心配したのか、傍らには槍を持った番人のルードも付いている。
「昨日の! 長が会ってくれるから、この辺りに来るようにって言われてきたんだけど……」
 集落の長は、最初に琥珀を引き渡した時も、姿を見せようとはしなかった。
 集落の性質を理解した今では、よそ者の前にうかつに姿を見せないのも当たり前だと分かっていたが、そんな彼女が今日は直接会って話をしたいのだという。
 琥珀の記憶の話だけなら、番人のルードを代理で寄越しただけでも構わなかったのだが……。
「はい。昨日のうちにお話ししても良かったんですが……ディスさん達も居ませんでしたし、歌うのが楽しくて、つい忘れてました」
「……えっと、長が呼んでるのを?」
 恥ずかしそうに微笑む少女だが、長が呼ぶようにと言った指示を「つい」で忘れて良いはずがない。むしろ、傍らの番人に後で叱られでもしないか心配になるほどだ。
 けれどターニャの言葉に、幼子のルードは不思議そうに首を傾げてみせる。
「え? 私が長ですけど」


「……『ルードの年齢当て』ほどアテにならないものはないってぇのは、よく言ったもんだな」
 目の前のルードは、どう見ても子供にしか見えない。もともと機械仕掛けで成長も老化もしないのだから当たり前ではあるのだが、十五センチもない彼女が自分より年上というのは……何となく、理解に苦しむ感覚だった。
「では、記憶の確認は終わったのじゃな」
 ディスの言葉に、幼子のルード……いや、ザルツの長は静かに頷いてみせる。
「皆さんのお見立て通り……琥珀さんは、はぐれルードを追う立場の者でした。平野の国にある、大きな集落に属していたみたいです」
「そんな遠くの集落の奴がこんな所まで来てたのは……そのはぐれルードを追ってたって事か?」
 コウの問いに、穏やかだった長の表情が少しだけ真剣なものへと変わる。
「……『千年の』アリスだそうです」
 ルード達は彼女が口にしたその名に思わず息を呑むが、事情を知らないルービィや律は首を傾げるだけでしかない。
「それって、ルードの命を吸って、千年以上も動いてるっていう?」
 普通ルードの寿命は、胸に納められた三つの貴晶石の力が尽きるまでと言われている。貴晶石の質によって差はあるが、標準的なルードのそれは、人間の寿命とほぼ同程度だ。
 だがそいつは、その通り名が示すように千年以上も生きているという。
「そんなのがいるの?」
「デマだとばかり思ってたけど……」
 たまたま百年以上も生きたルードがそう呼ばれるようになったとか、実は世襲で同じ名を受け継いでいるとか、そんな話も付きまとう存在だ。無論、ターニャもまともに信じていたわけではない。
「私も実際に見た事はありませんが……少なくとも彼女はそのアリスを追跡していたようです。禁を破っただけでなく、幾つもの集落が彼女の手に掛かったと」
 けれどその存在は、彼女を追う琥珀と、彼女の記憶を確かめた長によって明らかにされようとしている。
「じゃあやっぱり、アリスはガディアの近くに……」
「……可能性の話ではありますが」
 琥珀も確実な情報を元に動いていたわけではない。そもそも確実な情報が手に入るような相手なら、とっくに補足され、倒されているはずだ。
「あと、荷物に関しては……こちらで必要なもの以外は全てお返ししますね」
 冒険者達が動作を止めたルードを連れてくる事も少なくないのだろう。気が付けば、長の指した方向には小さな宝石や貴石の詰まったザックが置かれている。
「……ホントに貰うのか?」
 律としては、多少なりとも縁のあった相手を弔うのは当然の事であって、はなから報酬などはもらう気もなかった。もちろん前金も受け取っていない。
「弔うのは同胞への礼儀じゃが、仕事は仕事じゃ。貰うかどうかは自由じゃが、わらわ達のぶんを運ぶ事まで嫌とは言わんよな?」
「まあ、そりゃあな」
 考え方は人によって様々だ。ドライに割り切る考えも、一概に切り捨てるつもりはない。
 琥珀の遺品をポケットに収め、行きよりも随分と軽くなったその重みを確かめる。
「そうじゃ。琥珀の剣は残っておるか?」
「ありますが……お使いになります?」
 短いリーチを僅かでも補うため、彼女達の使う武器は間合を伸ばすために大型化するか、機動力で補うために小型化するかのいずれかだ。
 そんな流れの中で、そのどちらでもない片手剣のビークが遣われる事はほとんど無い。恐らくは槍として作り直されるか、武器庫の中で埃を被る事になるだろう。
 ならばディス達に預けた方が、役に立つ場面も多くなるはずだ。
「あ、あたしも……」
「おぬしは入り用な情報が手に入ったからよかろ」
 そう言われれば、コウとしても退くしかない。それにディスには、昨日の戦いで一本取られたままだ。
 だが。
「……冗談じゃよ」
 その言葉と共にコウの元に放られたのは、たったいま彼女が受け取ったばかりの琥珀の片手剣だった。
「いい……のか?」
「ルード相手なら、この大きさの武器は確かに役に立つであろうしな」
 それが何を意味するのか、その場にいた誰もが理解している。長は何か言いたそうにしていたが、ディスの表情を見て納得したのか、結局は何も言わなかった。
「そうじゃ。わらわが死んだら、他の武器も、全ておぬしにくれてやるからの。楽しみにしておれ」
「……一体いつの話だよ」
 百年経っても死にそうにないディスの言葉に、コウは思わず苦笑いをしてみせる。
 彼女の瞳の奥にある、真剣な光を……今の彼女はまだ、気付かない。


 長がその場を後にして、残されたのは冒険者達だけだ。
「さて。しばらくここでゆっくりしてもいいが……どうする?」
 先程の話を蒸し返されたルービィは、律の言葉にぷぅっと頬を膨らませてみせる。
「晴れてる内に帰ろうぜ」
「じゃな。あまり長居しても長達に悪い」
 琥珀を看取り、各々の用事も済ませる事が出来た。ここまで早く用件が片付くのは少々予想の範囲外だったが……やがて工連の民が帰ってくれば、律たち人間の居場所もなくなってしまう。
「お店もずっと閉めてばかりもいられないのよね」
 街に戻れば、仕事が待っている者もいる。
「いいよ。また、ゆっくり来るから! まだ見てない所、たくさんあるし」
 ちらりとルービィを見れば、街に戻る事に反対意見のある者はいなくなった。
「……そいや、坑道の連中は上手い事やってるのかね」
 歩き始める一同の間、ふと湧いたのはそんな疑問。
 晴れている内にガディアの街に戻りたいのは確かだが、様子見に寄り道するくらいならそう時間はかからないだろう。
「なら、そっちの様子だけ見て帰る?」
「あたしはいいぜ。フィーヱ姉にも話しときたい事があるし」
 まずは街道に出て南下。しかるべき分岐で街道を外れ、昨日別れた彼等の後を追う事になる。
 そんな時だ。
 当面の進路を決めた彼等の最後尾。集落をちらりと振り返ったルービィが声を上げたのは。
「あ、みんな! うしろ!」
 木の上から手を振るのは、十五センチの小さな機械の少女達。
 長の姿も、番人の娘も、昨晩共に歌った他のルードの姿もある。
 そんな見送りを受け、彼等は山をゆっくりと下っていくのだった。


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