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廃坑探索編
 1.Welcome to dungeon!


 北へ向かう一行の背中を眺めながら。
「琥珀ちゃんを送らなくて良かったのか?」
 カイルが問うたのは、傍らに立つ白衣の青年に向けて。
 琥珀が木こりの護衛メンバーの手によってガディアに運び込まれてから……いや、停止状態に陥る前からその最期まで、ヒューゴは彼女の側にいた。
 けれど、恐らくは彼女の側に最も長くいたであろう、そして最も彼女を見送りたいであろう彼が、その一行に加わっていない。
「ヒューゴ、お前……」
 丸い眼鏡は陽光を弾き、その下にある表情を伺わせる事はない。
 だが……。
「おやカイルさん。どうかしました?」
 青年の方を向いた男の表情は、いつも通りの穏やかなもの。細い眼でへらりと微笑むと、先を行く馬車をいつものしっかりとした足どりで追い掛け始める。
「いーや、何でもねえ」
 あの時見えた涙は、自身の感傷が見せた幻だったのか。
「こういう探索モンはお前の知識が頼りなんだからな。しっかり頼むぜ? 先生」
 そしてカイルも、白衣の学者の後を付いて歩を速めるのだった。

 ガディア北部の山岳地帯には、山岳の国から繋がる多くの鉱脈がある事が知られていた。
 魔術師の時代、文明復興の時代、魔族の時代、戦の時代。
 数世代、数千年の長きに渡り銅を産出し続けてきたそこは、大規模な物になると総延長が千キロを越えるという。
「……そんな所の調査なの?」
 明らかに国家的な規模だ。少なくとも、数人の冒険者を雇ってちょっと探索……といったレベルの話ではない。
「いえ。あんまり大きいと、ワームの管理がしきれませんから」
 セリカの問いに、栗色の髪のルードもさすがに苦笑い。
 目の前に口を開ける坑道は、周辺の銅山の中でも最も規模が小さいものだ。鉱山の権利を買った時に付いてきた古い地図を参考にするなら、三日もあれば全ての調査が終わるはずだった。
「で、誰が先頭に行くの? 言っとくけど、あたしはイヤよ?」
「そもそも何でミスティがいるんだ?」
 イーディスの依頼を受けたのは、カイルとヒューゴ、セリカとフィーヱの四人だけのはず。朝『月の大樹』に顔を出した時も、追加のメンバーがいるという話は聞かなかったのだが……。
「爆弾のテストに良さそうだったから。それに、馬車で楽が出来たからいいでしょ?」
 確かに徒歩で荷物を運ぶより、格段に楽が出来たのは違いない。冒険者の荷物は基本的に最低限だが、それでも身一つ、というワケにはいかないのだ。
「………あ、あの、吹き飛ばさないでくださいね!? ホントに!」
「分かってるわよ」
 凄まじく気持ちの入っていない「分かった」に、誰もが分かっていないと確信していたが、やはり口には出さないままだ。
「誰も行かないなら、私が行く」
 そんな一行の中で坑道に歩を進めたのは、長い銀色の髪を持つエルフである。
「セリカさん。ライト、持ってますか?」
 背中の大きなリュックから取り出したヘッドランプを付けているヒューゴに、小さく首を振ってみせた。
 廃棄された坑道は、入口の光が途切れた先は真の闇に覆われている。いくらエルフが夜目が利くと言っても、かすかな光もない場所では何も見通す事が出来ないはずだ。
「持ってないんだったら俺のライト、貸そうか?」
 だがエルフは、カイルの問いにも首を振り、代わりに小さく指を鳴らしてみせる。
 その先に音もなく灯るのは、魔力の炎だ。
「魔力の炎は空気を汚さないから、安心して」
 ぼんやりと浮かぶ炎を従え、セリカは真の闇の中へと足を踏み入れていく。洞窟探索は慣れているのか、怖がる様子など微塵もない。
「らしいよ。残念でした」
「ちぇ。一緒に歩けるかと思ったのに」
 フィーヱの茶々に、カイルは肩をすくめてみせる。
「……けど、カイル」
 二の腕のコネクタにライトらしき装備を取り付けながら、フィーヱが続けたのは言いにくそうな言葉。
「セリカに、鉱山跡に宝物なんか無いって教えた方が良くないか?」
 誰も足を踏み入れないような山奥ならともかく、ガディアから大して離れてもいない廃坑だ。駆け出し冒険者が腕試しに来る事はあるだろうが、まさかこんな所で返り討ちに遭うような者などいるはずもない。
 移動の間、どの程度の宝物が見つかるかを話していたようだが、金目の物が落ちている可能性は、総じて低い。
「いいだろ。せっかくセリカちゃんが楽しそうにしてるんだし」
「……いつもと一緒だろ」
 表情が乏しいのも、気配がわざと消しているのではないかと勘繰るほどに薄いのも、いつも通り。フィーヱの目には、違うと言われた事の方が分からない。
「あれが分かんないようじゃ、まだまだだなぁ」
 何がまだまだなのかもさっぱり分からなかったが……ライト片手のカイルの肩に乗って、フィーヱも廃坑へと足を踏み入れる。


 坑道がきちんと整備されていたのは最初だけ。少し進めば、あっという間に荒く削られた岩肌へと変わる。
「この辺りの地盤はだいぶ緩くなってますね。セリカさん、お願い出来ますか?」
 ヒューゴの言葉に小さく頷き、セリカは静かに瞳を閉じた。意識を集中させたまま壁に触れれば、岩壁はゆっくりとその形を変え……やがて、周囲を支える梁へと変わる。
「ここは補強完了……っと。一応、警告を書いといた方がいいか?」
「お願い。魔法は一時的なものだから」
 安定した形なら、集中を解いても魔法の壁の形が変わる事はない。梁の形は安定するように務めてはいるが、長く荷重がかかり続ければ、どう変化するかは分からなかった。
 いずれ、きちんとした補強をする必要があるはずだ。
「了解。書き加えとくわ。……つかこの古地図、全然アテにならねえな」
 所々落盤で形が変わっているし、通れる道の形も違っている事が多くあった。最初は修正だけで使えるかとも思ったが、結局新しく書いた方が早いという事で、今は別の紙に新しい地図を書き直している。
「じゃ、次のポイントに移りますよ」
 作業の終わりを確認し、先頭を歩くヒューゴとセリカ(と、見物のミスティ)は次の場所へと移っていく。
「皆さん、慣れてますね……」
 ぽつりと呟いたのは、梁の様子を確かめていたイーディスだ。
「仕切る奴が出来る奴だからな」
 古代の知識を筆頭に、冒険者に必要なあらゆる知識に精通した学者と、地形を操れる術者の組み合わせである。これで作業がスムーズに進まないはずがない。
「そうだ、イーディスちゃん。ちょっと聞きたい事があるんだけど」
 そこでふと思い出し、カイルは地図を書いていた手を止め、栗色の髪のルードの名を呼んでみせる。
「何ですか?」
「魔晶石農場って、いつ頃から魔晶石が作れるようになるんだ?」
 イーディスは少し考えていたが……。
「そうですね。夏の終わりか、秋までには魔晶石が採れるようになると思います」
 ロックワームの成長は早いし、セリカの補強もしばらくは保つだろう。再補強を農場の管理と平行で行えば、早い段階で魔晶石は精製出来るようになる。
「魔晶石農場が上手く行ったらさ……。俺にもちょっと分けて貰えないかな?」
「カイルさん、ライトの他にもレガシィをお持ちなんですか?」
 洞窟内の空気を汚さず油切れも起こさないライトは、冒険者の使うレガシィとしては定番の品だ。魔晶石の消耗も少なく、普通に使うだけなら数年単位で使える事も珍しくない。
「まあな」
 呟き、懐から僅かに引き出してみせるのは、鋼の銃把。
「銃型だと、消費が多いから大変ですよね。もちろんいいですよ!」
「ありがとな。助かる!」
 グリップをホルスターに戻し、カイルはほっとひと息を吐く。供給が安定するまではもうしばらく掛かるだろうが、それでも手に入るアテがあるなら気持ちの面でも随分と違ってくる。
「えへへ。お客さん第一号ですね」
 そんな事を話していると、通路の向こうから二人を呼ぶ声が飛んでくる。
「おう! 次は何て書けばいいんだ!」
 まずは任務の達成だ。
 カイルはイーディスを肩に乗せ、闇の迷宮の奧へとさらなる一歩を踏み出していく。


続劇

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