抜粋

「誰だッ!」
 中央に立つジンカの叫びに、『そいつ』は塔の上から不敵に微笑んだ。
「……誰?」
 そのシルエットから少女というのは分かる。だが、ゴーグルを掛けた顔の表情までは伺えない。
「あー」
「な、何でこんな所に……!?」
 この場にいる者達の中で、クワトロとマチタタだけはそれが誰か分かっていた。
「償いを与える機会もなく罪人を断ずるなど、言語道断!」
 突然の乱入者に騒然となる会場を切り裂くように。高らかな怒声と共に組んでいた腕を振り解き、双角を持つ将軍を鋭く指差す。
「そんな悪党に名乗る名前など……」
 曇り始めた天空に、雷光が閃いた。
 鋭い言葉と轟く閃光に会場は一転、怖れの沈黙が支配する。グルーヴェ王国の最高権力者を、少女は悪の一言で断じたのだ。
 刹那の無音に、勇気ある少女の叫びだけが響き渡った。
「このシューパーガールは持ち合わせていないッ!」
 こいつ、バカだ。
 この場にいた誰もがそう思った。
「とうっ!」
 なんだかどうでも良くなっただんまりの中、堂々と名乗った無名のヒーローは大きく跳躍。着地点はもちろん、闘技場のど真ん中だ。
 空中でくるくると回って勢いを調整、いかに身軽なビーワナでも到達不可能な距離を軽々と跳び越え、着地する。
「……で?」
 問い掛けるのはフェーラジンカ。少女に悪と呼ばれた、グルヴェアの主。
 少女の着地した先には既に護衛の兵が展開を終えている。退くか負けるか、一対百では選択肢など二つしかない。
「……言わないと解らないの?」
 だが、周囲を囲む紅い刃の林に眉一つ動かさず、シューパーガールは拳を構え直す。
「解らないなら教えてあげる」
 戦力差は圧倒的。
 だが。
「アタシは正義を貫くのみ!」
 少女の選ぶ道は、前にしかない!
 黒雲に覆われた空に雷鳴が響き渡る。
 一直線に落ちるのは、血の色をした稲妻と。
 闇色の、嵐。

 闘技場は混乱の渦の直中に在った。
「よくぞ申した、少女!」
 渦の中心は文字通りの渦。
 螺旋を描く、黒羽の嵐。
「来たな……黒い獣機使い!」
 処刑台から飛び降りたジンカは、中央に渦巻く闇を前に苦々しげに呟いた。
 ラーゼニア会戦で議会側にいた、黒い獣機使い。単騎で圧倒的な力を持ち、並み居るジンカの兵達をことごとく打ち倒して回ったという。
 しかし、その黒い獣機使いは戦いの後消息を完全に絶っており、倒されたとも、投降したとの報告も受けていなかった。
 その敵が、やはり来た。
「ブラディ・ハート部隊! 展開せよ!」
 無論、彼この処刑場に訪れる事は予想してある。だからこその護衛兵であり、彼らに持たせた紅い石を持つ刃なのだ。
 だがそんなジンカをせせら笑うよう、黒い嵐は処刑台の中央で轟と渦巻いたまま。
「どうした! 早く結界を展開せよ!」
 議会派が王城に残していたブラディ・ハートはまだ使える品だったはず。その全てが、会戦の時と同じく途中で砕けたとでもいうのか。
 怪訝に思うジンカの元に駆け寄ってきたのは、警備を任せていた男の一人だ。
「ジンカ様。ブラディ・ハートが」
 彼の言葉に周囲を見れば、紅い宝石をはめた武具が端から砕かれているではないか。これではブラディ・ハートの獣機結界を張る事は出来ない。
 渦巻く合間にこんな芸当までこなしたというのか、あの黒い嵐は。
「イシェ。お前の獣機結界は?」
「無茶ですよ。俺の結界だけじゃ、奴を止められやしない」
 そう言って、イシェはポケットから紅い輝石を取り出した。淡い輝きを放つティア・ハートは起動状態にあるが、黒い嵐を止めるには今一つ効果が薄いらしい。
「……ッ!?」
 ふと気配を感じ、イシェファゾはティア・ハートを持っていた左手をポケットに戻した。
 半歩下がると同時に左脇を駆け抜けたのは、なにか紐状の……
(……鎖?)
 感知した時には既にその影はない。気のせいか、渦巻く闘気に幻でも見たか。
「イシェ、どうした!」
「いや、何でも……」
 ジンカの問いに思考を切り替え、再び渦へと向き直る。
「……来ぬのか?」
 嵐の中、男の声が嗤うように響く。
「ならば、老人達の命、この場で貰い受ける」
 渦巻く闇が一際大きくなり、中の処刑台ごと押し潰そうとうねりをさらに強くする。
(くそっ!)
 勢いを加速する獣機相手に、獣機結界一つではどうにもならない。
 それを砕けるのは、やはり
「させるかぁぁっ!」
 獣機しかない。
 重矛をふりかざし、天空より刑場へ駆け下りる巨大な影一つ。
「ロゥ・スピアード!」
 その巨大な斬撃が渦巻く嵐を真っ二つに断ち切り。
 炸裂する閃光と衝撃の後に残るのは、完全に砕かれた刑場と、鮮血の沼地に立つ白い重装獣機の姿のみ。


 蝶ネタ切れなので、Nats2第3話前半のヤマ場をちょっとだけ抜粋。
 ぼちぼちと進んではいるのですよ。完成にはまだ遠いですが。

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