しりとり(じゃないけど)小説 #13 後編

 空を覆うのは黒い翼の竜の群れ。

「ブロッサムさん。わたし達に……何か出来る事って、ないんでしょうか?」
 そいつらが目指す一点……華が丘八幡宮の頂上を見上げ、ボロボロのドレスの少女はぽつりと呟いた。
 そこでは今、妹とその友達が戦っているのだ。
「特にはないわねぇ。その人工精霊……キュウキだっけ? すぐに修復するというのは難しいでしょうし」
 傍らで呟くのは、長いドレスの女。
 石畳に沿って置かれた石灯籠に腰掛けて、やはり少女たちの戦いを眺めているだけだ。
「そうですか……」
 胸元にある砕けたペンダントに触れ、リタリナは小さくため息を一つ。
 彼女のまとっていた戦衣は、本来なら頂上で戦うソニア達と互角の力を持つ。それがあれば、激戦を繰り広げる少女たちの助けともなれるのだろうが……。
 ただ、その力を失う代わりに今の彼女があるのだから、両方を求めるのは無茶というものだろう。
「……それよりニャウ。あなた大丈夫なの?」
 むしろブロッサムが気にしたのは、少女たちの戦いではなく、彼女たちの傍らに立つ猫に似た獣のほう。
「大丈夫じゃないが、何とかするしかないだろう」
 石畳の上、四本の足を踏みしめる小さな姿は、時折ゆらりと体勢を崩しかける。
 この切り取られた世界を保ち、リタリナやブロッサムたちを上空を舞う魔物に気取られぬよう守っているのは、全て彼の力に因るものだ。
 即ち、彼の体力の限界が……頂上で戦う少女たちの、戦闘時間の限界に等しい。
「あいつらも頑張ってるんだ。もう一息くらい、頑張ってみせるさ」
 爆光の咲く頂上を見上げ、結界獣も小さく、そう呟くのだ。

「はああああああっ!」
 大太刀の軌跡から巻き起こるのは、ただひたすらに純粋な破壊の力。触れれば砕ける衝撃波を無害な風へと書き換える事で、はいりはその攻撃をようやくいなす。
 歴史を書き換える桁外れの力も、はいりのイメージが追いつかなければ何の意味も持たない。そして……。
「っ!」
 蚩尤の背後に絡みつくように抱き合う黒い女が解き放つのは、近距離からの雷撃だ。流石にそれの無効化までは反応が追いつかず、はいりの小さな体は雷撃に圧されるままに吹き飛ばされる。
 バランスを整え、大剣を掴み直せば、眼前に落ちてくるのは四メートルの鋼の刃。
 本来ならば間に合わぬそれは『受け止められた』ことにするものの、続く蹴打と雷撃までは間に合わない。
「………っ!」
 今の所、じわりとした痛みこそあるが、その程度。
 無論、マイスの防御があってこその結果だ。他の四人が先ほどの斬撃や雷撃を食らえば、無事では……。
 そう思った瞬間、響き渡るのは四つの悲鳴。
「みんな……っ!」
 次弾の雷撃が狙ったのは目の前のはいりではなく、蚩尤の封印の準備をしていた葵と柚に向けて。
 そしてその二人を援護し、迫る竜と獣を迎撃していたローリと菫に向けて。
「この…………っ!」
 かっと頭に血が上り、思わず大剣を振りかざしたところで…………。
 ぎり、と柄を握りしめ、その斬撃で相手を両断しようとする意思をギリギリのところで押さえ込む。
 相手は蚩尤ではない。
 ローリの父と、母なのだ。
 断ち切るイメージは簡単だが、それが出来ないからこそ、はいりはこうして戦っているのだ。
「みんな………頑張って!」

「当たり前……でしょ……っ!」
 叫びに答えるその声は、剣戟に紛れて聞こえはしないだろう。けれど葵は、はいりの声にそれでも叫び返し、無理矢理にその身を引き起こす。
 魔術書が壊れている様子はない。意識を集中させれば、続く呪文が浮かんでくる。
「柚、行ける?」
「うん!」
 痺れの抜けない指をしっかりと繋ぎ合い、浅黄の戦衣を引き起こす。
 今の状態で普通に封印の魔法を完成させれば、蚩尤だけではなくローリの両親もろとも封印してしまう。そんな事態を防ぐため、普段なら葵が一括して行う術式の制御を、柚子に任せているのだ。
「柚……」
 繋がった手からは、優しい柚子の思考に乗せて術式の制御情報が伝わってくる。そして耳に届くはいりの剣戟の音が、葵に呪文を紡ぐ力を与えてくれる。
「菫さん、はいりの所に行って」
 その傍らでやはり立ち上がったのは、長杖を構える赤い戦衣の少女と、銃剣を手にした黒髪の娘。
 はいりが押えきれているのは、蚩尤の斬撃だけ。同時に雷撃を放たれれば、こちらに対して防ぐ術はない。
 そしてはいりの動きの隙を突いて蚩尤を攻められるのは、時の狭間から一撃を加えられる菫を置いて他にない。
「………いいのね?」
 しかしそれは、魔法の準備で動けない葵たちの守りが手薄になる事も示している。
 周囲の魔物は倒す端から新たに生まれ、その数はいくらも減じていないのだ。
「いいわよね」
 だが、呟くローリに、問われた相手は不敵な笑み。
「……ええ。もうバカ猫も限界でしょ? ここで終わらせなきゃ、どっちにしてもおしまいよ」
「来たよ!」
 柚の言葉に上方を向けば、そこからダイブを仕掛けてくるのは黒い翼の巨竜の群れだ。開いた顎は少女たちより遙かに大きく、黒光りする牙の列はソニアの結界装甲でさえ容易く引き裂けるように見える。
「なら、あの竜だけは……」
 銃剣を構え、ルナーの精霊武装……時を圧縮する力を解放しようとした刹那。
「………何とかするから、行って!」
 それより早く巨竜の前に現れるのは、紅の花弁の嵐。
 数億、数兆の小さな刃が迫る巨竜を触れる端から引き裂いて、数億、数兆の欠片へと変えていく。
「だから、あなた達も何とかしなさいよ、葵! 柚!」
 三人になった戦場。起動させた膨大な力に肩で息をしながら、銀髪の娘は守るべき二人の少女にそう言い放つ。
「…………誰に言ってるのよ」
 だが、返ってきたのは不敵な言葉。
「準備出来たわよ! みんな!」

 黒いドレスの女がかざした手を弾いたのは、はいりの刃ではない。
「菫さん!」
 数百に及ぶ銃弾の連射と、それに続く峰での打ち上げだ。
「ええ!」
 超加速した世界から戻った瞬間、耳に届くのは葵の声と、それに応じるはいりの叫び。
 相手もこちらの策略に気付いたのだろう。
 呪文の詠唱を始めたカオスの動きを押えるべく、菫は再び時間圧縮の世界に飛び込んでいく。こちらの作戦は分かるから、はいりの動きに合わせさえすれば、声は聞こえなくても問題ない。
 四メートルのかざされた刃を、はいりの大剣が打ち払い。
「今っ!」
 がら空きになった蚩尤の胴に穿たれるのは、発動した葵の魔術陣。柚のサポートによってリアルタイムで変化を続けるその魔術は、蚩尤の防御の力ごとその動きを呪縛する。
 神に等しき魔神の手から四メートルの大太刀がこぼれ落ち、男のコートと女のドレスが、ゆっくりと崩れだしていく。
 その崩れた闇が、再びその形を成し始め……。
「今だよ、ローリちゃん!」
 ひとの姿を取り戻しつつある男と女に飛びついたのは、銀の髪をした赤い戦衣の娘。その衝撃で、崩れかけていたコートとドレスはそのまま一気に四散する。
「パパ………ママ……………っ!」
「はいり!」
 飛び散った闇が取るのは、三対の腕を持つ異形のシルエット。額に浮かぶ黄金の円盤の下、殺意を秘めた四つの瞳が強く輝いている。
 そいつは周囲の竜や獣を取り込み、山さえ覆う巨躯となって少女たちの前に立ち上がり。
「任せて!」
 相手は人にあらざる力を持つ、破壊の神。
 かつて古代の神とも戦ったと言われる、滅びの化身。
 全ての武器を生み出したという、戦の神。
 けれど、それだけだ。
 怯える理由など、どこにもない。
 剣を向けられぬ理由も、ありはしない。
 そして神に等しき力なら、はいりでさえも持っている。
「でええええええええええええええええええいっ!」
 歴史を書き換える力を持った斬撃が、巨大な影を一刀のもとに叩き斬り。
「柚!」
 柚の情報を元に葵が発動させた結界が、山全体を覆い尽くす。
「こんな……に……っ!?」
 だが、相手は神とも呼ばれた一柱。封印を拒絶する意思は、ソニアの力を弾こうと魔術を通じて少女たちに牙を剥く。
 そんな弾かれ掛けた葵と柚の手に重なるのは、ローリの手。
 菫の手。
 そして、はいりの手。
「葵ちゃん!」
「わかった!」
 歴史さえ書き換えるその力が、世界に滅びを撒き散らす戦の神を、再び一枚の円盤の中へと押し込んで…………。

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