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読者参加型プライベート・リアクション
ユノス=クラウディア
第3話 そして、巻きおこる嵐(その8)



Act7:炎統べるもの(3-days[after] ・7日目)

 「さて……と」
 ラーミィは持っていた木の枝を足下に軽く置いた。
 その足下の土には、複雑な記号が幾重にも描かれ、不思議な図形を形作っている。
 いわゆる、魔法陣というヤツだ。
 「ラーミィ、あんま無理すんなよ」
 邪魔にならないように少し後ろに座っているアズマが、小さく声を掛けてくる。
 今日の大地亭の酒場は、夕方だけの営業なのだ。連日のハードワークで従業員の大
半が体調を崩しそうになっている事と、明後日起こるであろう激しい戦いに備えて、
クローネが特別に計らってくれたのである。
 「うん。大丈夫だよ」
 昨日のユノスの話では、火山の爆発は当分起こることはなさそうだった。
 しかし、万が一と言うこともある。
 それに、折角アズマが一緒にいてくれるのだ。その機会を逃す事もない。
 「それじゃ、ちょっと集中するから、静かにしててね」
 「おう」
 ラーミィは握っていた両手をぱっと開くと、ゆっくりと呪文の詠唱を始めた。


 「ねぇ………クレスさん、ラミュエルさん」
 「何でしょう?」
 「何か?」
 夜の酒場の仕込みをしながら、ユノスは少し申し訳なさそうに二人の女性に声を掛
けた。
 「私達……みんなにすごく迷惑な事してますよね」
 勝手に下界に押し掛け、勝手にかき回している。そんな身勝手な闖入者が都合良く
助けを求めたとして、それが許される行為なのだろうか……。
 ユノスとしては、申し訳ない気持ちで一杯なのだ。
 「困った時はお互い様ですよ」
 ラミュエルの言葉に、クレスも小さく頷く。
 「それに、ユノスさん達も好きで私達に迷惑を掛けに来たわけではないでしょ
う?」
 「それはそうだけど……」
 そんな事を話していると、酒場をモップ掛けしていたルゥがやって来た。
 「ルゥ、ご主人様と会えて幸せだよ。それじゃ、ダメなの?」
 真摯な瞳でこちらを見つめてくるルゥ。その瞳は嘘を付いている瞳ではない。少な
くとも、秘密を明かす以前のルゥよりも、輝いた瞳をしている。
 「そうだね……。私もルゥちゃんと会えて、嬉しい」
 包丁を握っていた手を止め、涙を拭うユノス。涙が出ているのは、何も玉ねぎを切
っているから……というわけでもないだろう。
 「なら、いいじゃないですか」
 にっこりと笑うラミュエル。
 そこに至って、ユノスはラミュエルが普段の二本三つ編みではなく、一本の三つ編
みに変えている事に気が付いた。例の髪留めも、二つあったのが一つになっている。
 「あれ? ラミュエルさん、髪型変えたんですね」
 「ええ。確か……三日か四日前から変えてましたよ」
 ここ数日は目が回るように忙しかったから、そんな事に気が付く余裕はなかったの
だ。クローネの休日政策も、なかなか良い効果を及ぼしていると言えよう。
 「おい、モップ掛けは終わったぞ。他に何かする事はないか?」
 ナイラもいつの間にかこの大地亭で働く事に何の違和感も感じていないらしい。
 ユノスを含めたこの場の四人は「あんた、適応早すぎ……」と思ったが、流石に口
には出さなかった。


 「上手く行かないなぁ……」
 三つ目の魔法陣を描きつつ、ラーミィはひとりごちる。
 「やっぱさ、まだ難しいんじゃないのか? もう少し勉強してからやった方が…
…」
 アズマは魔術の練習に付き合うというのが嫌なわけではない。ただ、ムキになって
無駄にヴァートを消耗するよりは、もう少しレベルを上げてからやった方が良いので
はないか……と思っただけだ。
 「何じゃ。魔術の練習か?」
 「あ、ガラさん」
 今日はいつもの洗濯籠を持っていない。本来の仕事である庭師の必須アイテム、剪
定用具一式を担いだガラが、そう声を掛けてきた。朝の膨大な酒場の仕事が無い分、
庭の剪定などの毎日必要でない仕事に時間を回せる余裕が出来ているのだ。
 「魔術は技量より心の持ちようじゃぞ。あんまり無理せず、落ち着いてやるのが良
いと思うが……?」
 よっこらしょ、と木製の脚立を担ぎ直し、ガラは再び歩き始めた。今日は庭の奥の
方の植木の剪定をしなければならないのだ。
 「まあ、素人の言う事じゃ。あんまり気にせんようにな」


 「ラーミィ、行けそうか?」
 「うん。大丈夫みたい。何だか凄く落ち着いている……」
 アズマの手をそっと握ったまま、ラーミィは小さな声で呟く。
 自分でも意外なほど、精神が集中できていた。ほんの僅かなヴァートの流れさえ、
正確に感じられる程に。
 流れるような声で呪文を唱え、空いている右手だけを動かして印を描いていく。先
程までの声とは全く違う、声。神聖さすら帯びたその詠唱音が、氷の大地亭の庭にゆ
っくりと響き渡っていく。
 「……サラマンダー……」
 刹那。
 魔法陣の中央に、炎の塊が拭き上がった。
 「へぇ………」
 そこに現れたのは、まさに炎の蜥蜴。小さな舌をちろちろと動かし、炎の中からじ
っとこちらの様子を伺っている。
 (俺に、何の用?)
 響く、声。
 「この街の近くに火山があるでしょ? その火山の様子が知りたいの」
 (火山…………ある。死んだ、炎の山。俺らの根元の力が吸い上げられてる)
 もともとサラマンダーは知能の高い精霊ではない。今一つ的を得ない回答に、ラー
ミィは眉をひそめる。
 「その山、爆発しそう?」
 (爆発……わからない。けど、力の解放は、される)
 「もしその力の解放がされたら、この街はどうなるの?」
 (街……わからない。解放される力大きいから、どうなるかわからない)
 「キミ達の力で、どうにかならない?」
 (俺らの力、あの力と違う。あの力押さえるの、俺らじゃできない)
 「そう……それじゃ、どうやって押さえるの?」
 (炎の巫女でも呼べば。じゃ、俺、帰る)
 「炎の巫女って? ねえ、ちょっと!」
 (炎の巫女は炎の巫女。炎の巫女、すぐそこにいる)
 そして、炎の蜥蜴は一瞬噴き上がった炎と共に、消えてしまった。


 「さて、と……。次はノームさんを呼ばなきゃ……」
 サラマンダーが消えて少しして。腰を下ろしていたラーミィは、ゆっくりと立ち上
がった。
 「バカ。今そんなもん呼べるわけないだろ。ラーミィ、フラフラじゃないか」
 アズマの言うとおり。ラーミィは今にも崩れそうな体勢なのだ。
 ほとんどぶっつけ本番での精霊の召喚で、予想以上に精神力を消耗していたのであ
る。
 「でも、早くしないと……」
 火山は今日明日に爆発するものではないようだったが、情報を手に入れるのは早い
に越したことはない。
 だが、アズマはラーミィのその言葉を無視し、ひょいと彼女を担ぎ上げた。
 「また後で付き合ってやるから。とりあえず今日は休め。な?」
 本当のところは抵抗する気力も無かったのか、ラーミィからの抵抗はない。
 「ア、アズマくんってばぁ〜」
 そのまま、アズマは彼女の部屋へラーミィを連れて行ってしまった。


Act8:新たなる、力

 「ふにゃぁぁ……」
 ルーティアは細い体をしなやかに折り曲げ、ゆっくりと身構えた。
 跳躍。
 「にゃぁぁっ!」
 そのまま、虚空に向かって何発もの拳を放つ。
 軽く、着地。
 その動きは屋根の上だというのに、全くの乱れがない。
 だが。
 「にゃぁ〜……。ダメだぁ」
 ルゥはぺたんとその場に座り込み、そんな声を上げた。
 確かに、運動性能は先日ディルハムと戦ったときに比べても随分と上がっている。
これなら前よりも容易くディルハムの攻撃を避けることが出来るだろう。
 しかし……それだけだ。
 いくら避けても、ダメージを与えられなければ、勝てないのだから。
 「う〜ん……」
 どうしたらディルハムにダメージを与えられるのか。ディルハムと戦った日から、
連日ほとんど欠かさなかった深夜の特訓でも、その答えを得ることは出来なかった。
だが、ディルハムが次に襲ってくるのは明後日に迫っている。
 ディルハムと勝てること……せめて、互角に戦えるようでないと、ユノスを守るこ
となど夢のまた夢だ。
 「にゃ?」
 ふと、屋根の下の気配に気が付いた。
 「あ、ジェノサリアさん……」
 ジェノサリア・ヴォルク。ルゥは彼女が戦っている所を実際に見てはいないが、人
から聞いた話では凄まじいまでの強さを誇るという。
 その彼女が、何かの特訓を行っているではないか。
 「はぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 真紅の翼を持った彼女の放つ凄まじいまでの闘気が、剪定で落とされた青葉をひら
ひらと巻き上げていく。
 「あ、消えた!」
 一瞬の出来事。
 ひゅぅんっ!
 そして響く、空気の裂かれる鋭い音。
 次にジェノサリアが姿を現した時には、舞い上がった青葉は全て粉塵へとその姿を
変えていた。
 「すごいすごい!」
 のぞき見をしていたという状況を忘れ、思わずルゥは手なんか叩いてしまう。
 あの威力……いや、その半分の威力の技があれば、ディルハムとも互角に戦う事が
出来るかもしれない。
 「ほぅ……。私の鍛錬を覗き見するとは良い度胸だな」
 「ほえ?」
 唐突に後ろから聞こえてきた声に、ルゥは思わず間抜けな声を漏らしていた。


 「……なるほど。ユノスを守りたいと」
 カティスの娘の話を聞いたジェノサリアは長い銀髪の先をもてあそびつつ、そう答
えた。
 「うん。今のルゥじゃ、ご主人さまを守りきれないと思うから……。ジェノサリア
さんのその技、ルゥに教えて欲しいの」
 ルゥの瞳は真剣なものだ。あまりにもまっすぐで透き通ったその瞳に、ジェノサリ
アは軽い羨望感すら覚えてしまう。
 「ふむ…………」
 「ダメ……だよね?」
 いくら何でも、人の奥義をそのまま教えてもらおうなどというのは、確かにムシの
良すぎる話だ。
 ルゥはひょいと立ち上がると、再び特訓を開始しようと屋根の向こうへと歩き始め
る。
 「いや……そうでもないぞ」
 だが、ジェノサリアのそんな呟きに、ルゥは足を止めた。
 「非常事態だ。基礎の基礎だけで良ければ、何とかなるかもしれん」


Act9:そして、決戦前日(3-days[after] ・8日目)

 『知り合いに会いに行ってきます。ディルハムの解析は、シュナイト君とティウィ
ン君で適当に進めておいて下さい。2、3日中には戻ります。フォリントより』
 「ありゃ。フォルさん、出掛けちゃったのか……」
 手紙を見るなり、シュナイトは苦笑を浮かべた。
 今日はティウィンの言い出した『ディルハムの弱点探し』作業を進めようと思った
のだ。その為には、ディルハムの構造に最も詳しいフォリントがいてくれた方がよか
ったのだが……。
 「ナイラさんもユノスちゃんも、ディルハムの構造についちゃ全然知らないみたい
だしなぁ……」
 「しょうがないですよ。フォリントさんだって用事があるんでしょうし……」
 普段の自身のなさそうな態度はどこへやら。キビキビとした動作でディルハムの事
を調べた書き付けの束をめくっていくティウィン。
 「僕たちだけで始めましょう、兄様」
 「だな」
 そして、二人はディルハムの構造を調べ始めた。



 そして、日が沈み、また日が昇り、その日がやってきた。
 霧の大地の『カガク』により生み出された鋼鉄の人間……ディルハムが、このユノ
ス=クラウディアに4度現れる、その日が。
続劇
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