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−第3話(後編)・Prologue−
 『ユノス=クラウディア』という街がある。  エスタンシアの降下した地・モンド=メルヴェイユのさる街道添いにある宿場街 だ。  周囲を乱気流の吹く険しい火山性山地…ラフィア山地に囲まれており、街道以外に はまともな侵入経路など見当らない。この天然の要害とも言える地形は、コルノやプ テリュクスの侵略を防ぐ絶好の防壁として機能していた。  さらに、今はエスタンシア大陸がある。  敵とも味方とも知れない未知数の力を秘めたこの浮遊大陸が睨みを効かせている以 上、コルノ・プテリュクス両陣営とも、うかつな侵略行動は絶対に不可能なものと なっていた。  すなわち、コルノやプテリュクスから独立している街と言う事になる。歩いて数日 の所にあるエスタンシア大陸から入ってくる冒険者、そして、突如として湧き始めた 温泉を目的とした湯治客など旅人の数は非常に多い。  街は、ざわめいていた。  すぐに来る、激しい嵐から身を護らんが為に。



読者参加型プライベート・リアクション
ユノス=クラウディア
第3話 そして、巻きおこる嵐(その9)



Act10:四度目の、襲来 −VS Soldier-Dirham−

 「やれやれ……大将の人使いの荒いったらねえぜ……」
 レリエルは小さく呟きつつ、夜の空を駆ける。
 「あんな怪しげな女を信じてよ……」
 レリエルはあのナイラという女が気にくわなかった。どこがどう気にくわない……
というワケではないのだが、どうもシュナイトのように信用しきれないのだ。
 一応、出発する前にナイラに釘を刺してはおいたが、ナイラはこちらの言っている
言い回しが理解できないのか、首を傾げるだけだったりする。
 「心配してる俺様の身にもなってみろってんだ、ちきしょう」
 ぶちぶち愚痴りつつも、周囲への警戒は怠ってはいない。まあ、夜の天使たるレリ
エルのことだ。油断していたとしても、夜の闇の中で負けるような事はありえないが。
 「………やめた」
 空中に器用にぴたりと止まり、レリエルはくるりと振り向いた。
 シュナイトから命じられていたのは、ディルハムを警戒した長距離の偵察だったの
だが……
 「ンなもん知るかよ」
 価値観の違いである。レリエルは、ハッキリ言ってユノス=クラウディアの街やユ
ノス=クラウディアという小娘がどうなろうと、知ったことではないのだ。
 レリエルにとって大切なのは……。
 「ちきしょうっ! ンな恥ずかしい事言えるかよっ!」
 聞いている者もいないのに、思いっきり大声で叫ぶレリエル。
 夜の闇に紛れた夜の天使は、素晴らしい速度で今来た道を引き返し始めた。


 「レリエル、まさか引き返してきたりしてないよな……」
 夜の天使の消えた闇の向こうを見遣りながら、シュナイトは小さく呟いた。
 「レリエルって、あの黒いお兄さん?」
 その隣にいるのは、クリオネだ。相変わらずのローブ姿に、シュナイトもあまり見
たことのない細目の鞭を持っていた。
 「貴方の所の相方は、働き者で良いわね……」
 小さく呟き、あさっての方向を見遣る。
 シュナイトは知らないが、そこには『何か』が、居た。
 エレンティアの少女にだけ見える、『何か』が。
 「何か言ったか?」
 「別に……。それより、何か作戦でもあるの?」
 彼の手元には、この辺りの地図が握られている。
 「正直言って、ここを守るのは難しいな……」
 軍事都市でもないユノス=クラウディアにはまともな防壁などないから、ディルハ
ムの進入経路は山ほどあるのだ。大まかに言えば、霧の大地とユノス=クラウディア
を結ぶ直線上(正面)、左右を走る街道(右翼、左翼)、そして……正反対の場所にな
る、背後。
 要するに、全方向を警戒する必要があるのだ。
 「今回も傭兵団が出てるか……」
 どこからディルハム襲来の噂を聞きつけたのか、今回もたくさんの傭兵団が出てき
ていた。だが、前回の戦いでは異能力を使えない傭兵団の人間が大量に命を落として
いる。流石に前回の二の舞になるような事は無いだろうが、それでもシュナイトには
嫌な予感が拭えない。
 「まあ、いいか。俺は俺でやれるだけの事をするだけさ」
 そんな事を考えていると、斥候の傭兵が叫び声を上げつつ戻ってきた。
 「『歩くプレートメイル』多数接近中っ! その数、16っ!」


 「貴様らぁっ! 命を無駄にするなっ!」
 鋼鉄の蛇の頭蓋を一気に打ち砕きながら、ジェノサリアは叫び声を上げる。
 シュナイトのいる街道入り口と、反対側の街道。そこにも十数体のディルハムが襲
いかかって来ていた。当然ジェノサリアの所にも傭兵団がいたから、即座に乱戦とな
ったのだが…………。
 旗色は、お世辞にも良いとは言えない。
 十数体のディルハムが、数で言えば数倍の戦力を持っている人間の傭兵団を一方的
に押しているのだ。
 これだけの凄まじい働きを見ていると、世界全部を相手に戦おうというバベジとや
らの気分も分かるような気がする。
 「だが……」
 ジェノサリアにとっては、極端な強敵……というわけでもない。
 特に、前回の戦いで鋼鉄の蛇は頭を少々貫いた程度では死なないと学んでいたから、
今回は容易に蛇の動きを止める事が出来る。
 「フッ……。流石に頭を全て破壊されれば、身動きは取れまい……」
 頭を丸ごと粉砕された蛇は活力を失い、そのままぐったりと動かなくなる。
 その事を知った代償はあまりにも大きかったのだ。二度目の失敗は絶対に許されな
かった。
 だが、倒したのは蛇だけに過ぎない。まだその上に乗っている『歩くプレートメイ
ル』を倒したわけではないのだ。
 「お前も道連れだ……。烈破………」
 巨大な剣を振り上げたディルハムを不敵に見遣り、ジェノサリアは呟く。
 逃げようともせず、こちらをじっと見遣っているだけの相手にも、ディルハムはい
っぺんの容赦もしない。ごくごく機械的な動作で、振り上げた巨大な剣を一気にジェ
ノサリアに向けて叩き付ける!
 しかし、ディルハムは気付いたのだろうか。
 ジェノサリアが凄まじいまでのヴァートを槍の穂先に集めていたことに。
 自分が剣を振り下ろすよりも迅いスピードで、ジェノサリアは槍を繰り出せると言
うことに。
 「貫甲槍!」
 多分、ディルハムは最後まで気が付かなかっただろう。
 胴体の真ん中を凄まじい力で貫かれ、上半身と下半身を別々の方向に吹き飛ばされ
た後ですら。
 「これで……二人目っ!」
 あまり有利な状況とは言えないこちらの状況を苦々しげに見回し、ジェノサリアは
再び夜空へと舞い上がった。


 「違う! こいつでもないっ!」
 ディルハムの間を駆け抜けつつ、銀髪の少年はそんな声を上げた。
 その叫び声がユノス=クラウディアの街並みに反響した瞬間には、少年の隣に立っ
ていたディルハムは崩れ落ちている。
 足の一本を、叩き折られて。
 一瞬で関節を極められ、そのままねじ切られたのだ。重量のあるディルハムは、足
の一本を折られるとほとんど身動きが取れなくなってしまう。
 『黒き雷獣』
 そんな異名で呼ばれた事もある少年の、これがその実力だった。
 その彼が探しているのは、シュケルと名乗った、強力なディルハム。ナイラの話で
は、将軍級と呼ばれる最上級機種の名前らしい。
 「アズマくん! 大丈夫?」
 だが、その黒き雷獣も背後から駆けられた声に、その動きを止める。
 「ラ、ラーミィ!? 何で来たっ!」
 「何でって、アズマくんが心配だからに決まってるじゃない!」
 そうは言うものの、ラーミィの足取りは決して軽快なものではない。一昨日と昨日
で連続して使った精霊召喚の疲労が、まだ完全には取れていないのだ。
 ちなみに、昨日のノームを召喚した時の返答も、サラマンダーと大して変わるもの
ではなかった。
 「ちっ………。無理、すんなよ!」
 迫り来る次のディルハムの足に片手を絡み付かせ……
 一瞬感じた相手からの『殺気』に、咄嗟にその腕を放していた。


 「ちっ……。全方位から攻めてきているのか……」
 ユノス=クラウディアの上空をゆっくりと舞い、ジェノサリアは忌々しそうに舌打
ちをした。
 ジェノサリアが戦っている左翼と、シュナイトがいるはずの右翼はまだ何とかなっ
ているようだ。しかし、正面の部隊は敵の層が厚いのか、随分と傭兵部隊は蹴散らさ
れている。ディルハムどもの狙いは純粋にユノスだけなのか、抜けた正面の部隊はほ
ぼ真っ直ぐに氷の大地亭へと向かっているように見えた。
 「これ程までにあの娘は重要人物なのか……?」
 どう見ても、ただの子供にしか見えない。何か特殊な力を持っているのか、それと
も………。
 「ともかく、早く左翼だけでも何とかしなければな」
 今はそんな事を考えている場合ではない。
 ジェノサリアは持っていた槍を構え直し、再び降下を開始した。


 「流石にここまではまだ来ないか……」
 氷の大地亭の屋根の上に立ち、ユウマはぽつりと呟いた。
 街の入り口辺りでは、既に戦いは始まっているようだ。だが、多少奥に入った所に
ある氷の大地亭の所までは、ディルハムはたどり着いていない。
 「闘気の流れがおかしい……。やはり、所詮はただの鉄の塊か……」
 ヴァートの流れは、傭兵達の物しか感じられないのだ。ヴァートの基準だけで見れ
ば、傭兵達の一人相撲に見えないこともない。
 「ユウマ君! 何か見えますか?」
 下からの声に、返事を返すユウマ。
 「いや、まだディルハムどもは来ていないようだ。何かあったらまた報告する!」
 下にいるのはティウィンと名乗った少年だ。シュナイト達の話ではかなりの腕らし
いが、相手の実力を瞬時に見抜けるほどの経験を積んでいないユウマから見れば、そ
う強いようには見えない。
 「分かりました!」
 「まあ、実力はいずれ見せて貰おう……」
 戦いになれば、嫌でもその実力は分かるのだ。焦ることもあるまい。
 ユウマは相方の眼魔と共に、再び警戒を開始した。
続劇
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