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「キャプテェェン・ライスっ!」
 第2話はいきなりバトルだった。
「っていうか何で『雷守』が!?」
「むぅ……。こちらの武器弾薬が尽きた後に新手とは! 卑怯にも程があるぞ!」
 誰もが混乱する中。
「食らえ!」
 キャプテンライスを名乗った謎の男は商店街のアスファルトを蹴り、加速。『着用戦車』
の出力サポートもあってか一瞬のうちにトップスピードへと到達する。
 先程のペットボトルロケットなどのレベルではない。それは純然たる『能力者』の動き。
「は、はええっ!」
 疾走は敵に至るまでの空間を一足飛びに裁断。混乱を一掃し、戦いの意志を相手へと叩
き付ける。
「むぅ! 相手にとって不足なし!」
 対する巨大ザリガニも弾倉の尽きた両の巨大ハサミを構え、疾走する青い着用戦車を迎
え撃つ構え。
「奥義!」
 ザリガニの直前。ライスは片足を地面に叩き付け、それを軸として半回転。直線の運動
エネルギーの全てをその場で猛烈な回転エネルギーへと変換し、
「キャプテン! 超旋回スピンキィィック!」
 放つのは旋回蹴り!
 激突!
 所詮は謎の巨大兵器と純然たる軍事兵器の差か。
 貫くではなく、薙ぎ払う蹴打を打ち込まれた3mの巨大ザリガニは外向きの流れを持つ
円運動に巻き込まれ、吹き飛ばされて地面を数回バウンドし……。
 向かいの酒屋さんをぶっ飛ばして大爆発。
「だぁぁぁぁぁぁっ! なにやってやがるっ!」
「勝利っ!」
「勝利じゃねーーーーーーーーーーーーっ!」
 爆発・炎上する酒屋さんに誰もが呆然とする中。
 決めポーズを取ったライスをド突き倒したのは、平穏のハイスピードなツッコミだけ
だった。


飯機攻人キャプテンライス  第2話 正義の契約書
「でー、さぁ」  帝都都役所特殊部地域万能物件処理課実働係第一班のようやく片づけられつつあるデス クでそう呟いたのは、若い女の子だった。  書類の山に埋もれるようにして頬杖をついている姿はなかなかに可愛らしい。 「アレが、アレ?」  頬杖を突いていない方の手で空になったコーヒーの缶を取り、その尻でひょいと指さす。  少女の名は秋田コマチ。  こう見えてもこのクソ不況下のご時世において、能力者でもないのに高卒で都役所に採 用されてしまったという不可解な経歴を持つ娘だ。ついでにどこをどう間違ったのか、こ んな辺境の部に流れてきている。  趣味はお茶くみとコピー取りと書類整理。いよいよもって、辺境の部に流れてくる理由 が分からない。  ……話が逸れた。 「そ」  答える平穏の声は短いもの。  例の苦情処理がほんの数十分で片付いてしまったため、こうして役所に戻ってきていた のだ。  オマケを一つ連れて。 「なんか、ダサいねぇ」  コマチの缶の先に転がっているのは、簀巻きだった。  着用戦車の暴走を抑えるための緊急停止装置によってあっさりと停止させられた、ほん の1時間ほど前までは『キャプテンライス』だった物体だ。 「まあ、簀巻きだしな」  簀巻きが動く気配はない。  それどころか、高いびきすら聞こえてきていた。 「とりあえずかかりちょーと博士待ちっしょ」 「だな」  既に5時を過ぎているから、暇でも書類やその辺の片付けをしようという気はさらさら ない。本音を言えば5時になった時点で、目の前の簀巻きもほったらかして帰ろうと思っ たくらいだ。 「ていうか、あのオッサン来るのか? 5時過ぎてるってのに……」  5時半になったら簀巻きほったらかして帰ろう、と平穏が思ったその時。 「来てるよー」 「だぁぁっ!」  後から掛けられた声に、平穏は盛大にひっくりこけた。  一通りの報告を聞いて、この隊の責任者である魚沼係長は小さく頷いた。 「……なるほどねぇ。で、事件の方は?」 「これが犯人ぶっとばして、3分で戦闘終了っす。被害は犯人が潰した花屋さんと食堂が 2軒と、こいつがぶっとばした酒屋さんと、音速疾走でふっとんだアスファルトの敷き替 えと……」  他にもペットボトルロケット(本人はミサイルと主張)で街灯やカーブミラーが割れて いた気もするが、その辺はまあ、明日にでも見に行ってくればいいだろう。 「……その他諸々ってトコですか。ちなみに犯人は逃亡、行方不明です。たぶん、被害報 告は消防署あたりから来るんじゃないかと……」  思い出すのがめんどくさくなったので、残りは適当に切り上げておく。うまくいけば、 爆発炎上したザリガニの火を消しにやってきた消防署の人がちゃんとした現場検証をやっ てくれているかもしれないし。 「派手にやったねぇ。また」 「最初は説得しようと思ったんすけどねー。何か、これがいきなり乱入してきやがって」  で、音速超過のダッシュとそれに続く回し蹴りでさらなる被害を巻き起こしたわけだ。 「コンテナは壊れてないみたいだったけど……鍵はかけてなかったの?」 「ちゃんと掛けましたよ。ていうか、開けたのは王虎だけで、雷守のはそもそも開けてな いですし」 「そりゃそうだろう」  ふと、声。 「何せ、開けたのはこの僕ですから」  意味もなく自信のありげな声に、平穏はあからさまに眉をひそめた。  この意味のない自信の持ち主が姿を見せたときは、ろくな事がないと知っているからだ。 「てめ……」 「あ、博士。ちっーす」  軽く手を上げるコマチに、博士と呼ばれた青年も軽く手を上げて答える。 「それと小町くん。僕のことはプロフェッサー・多久と呼んでくれたまえ」 「……で、プロタクが何やったって? ていうかプロフェッサーじゃ教授じゃねえか。博 士ならドクタクだろ」 「そんな銅鐸みたいなけったいな略称で呼ぶのはやめてくれたまえ? 中途採用の一般庶 民」 「……テメ」  言われるのは悔しいが、中途採用も一般庶民も事実なので言い返せないのが辛いところ だ。  無言で悔しがっている平穏はほったらかして、博士と呼ばれた青年・多久は無意味に胸 を反らせた。 「今回のコンテナ解除の件は僕のプログラムに依るものです。いずれにせよ、『雷守』シ ステムの遂汎者は不在だったのでしょう?」 「あー。そういえば、そうだったね」  最初は自衛隊からでも人員をスカウトする予定だったのだが、B級以上の能力者で着用 戦車を使える人材というのは思った以上に貴重らしく、街の雑務処理に割ける人材までは 回してもらえなかったのだ。  そして、決めたからには不要なことでも実行するお役所仕事の常として、主力不在のま まこの帝都都役所特殊部地域万能物件処理課実働係第一班は立ち上がっていたりする。 「まあ、それもこれも僕が『雷守』をハイスペックに造りすぎてしまったが故の失敗だっ たのですが……。いずれにせよ、あれだけの戦果です。彼が継続して遂汎してくれるのな ら問題ないのではないかと……いかがでしょう」 「まあ、ねぇ。いいんじゃないの?」  よっこらしょ、と椅子に腰を下ろし、係長も途中の自販機で買ってきたコーンスープの 缶を開けた。コーヒーや紅茶はカフェインが効きすぎる体質なので、この時間に飲むと夜 が眠れなくなってしまうのだ。 「で、交渉は多久くんがやってくれるのかな? ボクは技術的なことは全然わかんないか ら、やってくれると嬉しいんだけど」 「お任せ下さい」  じゃ、任せるよ、とだけ言い、係長はカバンから時代小説を取り出した。  本気で任せてしまうらしい。 「ねー。でも、本人はやるって言うのかな?」 「だよなぁ……」  ふと呟いたコマチの言葉に、平穏も同調。  いくら貴重な人材だからといっても、普通、簀巻きにされてここまでほったらかされた 挙げ句、多久のような変人に「僕の下で働きたまえ!」なんて言われて「はい、やりましょ う」なんていう奇特なヤツがいるとは思えない。 「たぶん、やる気満々だと思いますよ……」  2人の言葉にふふふ、と意味深な笑みを浮かべると、多久は緊急停止装置のスイッチを 切った。 「おーい」  男は眠っていた。 「おーい、起きたまえ」  やっぱり、眠っていた。 「えいっ」  雷守に仕込まれた電撃装備を通電。  スイッチオンと同時に、ばちばち、という裂音が響く。  通電時間は10秒ほどか。  だが、ヘタしたら二度と目が覚めないんじゃないか……という電撃を食らっても、相変 わらず高いびきだったりするこの男。 「……剛の者ですね」 「俺、王虎着てぶん殴ろうか?」  平穏はまだ王虎のアンダーウェアを付けているから、出力強化をするのはすぐだ。相手 も着用戦車のアンダーウェアを着ているから、ボディに2、3発入れるくらいは問題ない だろう。  ……たぶん。 「ま、それは置いておきましょう。とりあえず……おや?」  ふと持っていた書類に目を留め、博士は動きを止めた。 「とりあえず……?」  続くのは真剣な口調。 「今日は解散にしましょう。汎機攻人に関する重要な問題を発見しましたので」 「何だ?」 「これです」  持っていた『雷守』に関する書類を平穏に見せ、一点を指す。 「飯機攻人、だな」  受け取ってぱらぱらとめくると、全ての字が『飯機攻人』になっている。単純な変換ミ スだ。 「ええ。存在意義に関わるミステイクですよ。失敗でした……」 「で、急ぎの用事っつーのは?」 「飯機攻人などと情けない。直してもらうよう、上層部に抗議しに行かないと」  本気だ。博士はさっきまでどころの騒ぎじゃない、本気と書いてマジと読むくらい真剣 だった。 「……ま、いーんじゃない? あたしもう帰りたいよぅ」  博士の目的はともかく、帰るというただ一点だけにコマチは応じた。 「……だな」  どーせ2、3日メシ食わなくても死にゃしないだろうし。  そして、その日は解散という事になった。
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