-Back-

 次の日。
「ちーっす」
 平穏が帝都都役所特殊部地域万能物件処理課実働係第一班のオフィスに顔を出すと、死
体が転がっていた。
「あ、死んでら」
 とりあえず蹴打。
 へんじがない。やっぱりしかばねのようだ。
「あ、死んでるの?」
「うす。そうみたい」
 別段驚いた様子もなく、コマチもやれやれ、といった表情。
「じゃ、無駄になっちゃったかぁ」
 だが。
 コマチがそう言って通勤用リュックから弁当箱を取り出した瞬間。
 死体が動いた。
 コマチの手からファンシーな弁当箱をかっさらい、デスクの向こう側へと姿を消す。能
力者(推定)の動きに一般人が追いつけるはずもないが、そんな事はいつものこととばか
りに誰も気にしない。
「あー。生きてたんか」
 まあせいぜい、その程度、という扱いだ。
「お茶もあるわよー」
 コマチがひょいと放り投げたそれを能力者(推定)はダイビングキャッチ。能力者とい
うより、まるっきり野生の動きだ。
「ついでにミカンも」
 またも飛びつき、空中でキャッチ。
「ははは。面白い面白い」
 再び何か投げ、能力者(推定)が飛翔。
 次の瞬間、叫び声が響く。
「……何投げたの」
「あたしのお昼」
「お昼で叫ぶモンなのか……?」
「人外堂の1500倍カレーだから……」
 人外堂。風の噂に聞く限りでは、人に在らぬ者に食を提供する店だという。そもそもそ
んな人外のものをコマチが食べているのが疑問だが、いずれにせよそこのカレーなど……
カレーにしてカレーに非ず、といったところか。
「……鬼か」


「おはよう。彼は起きたかね」
 そして、始業時間ちょうど。ようやくやってきた係長が最初に言ったのは、そんな一言
だった。
「起きたけど……また死にました」
「そ」
 淡々と流す。
「ま、調査部から報告が来て、博士が来るまでに生き返らせといてね。それまでは片付け
でもしてましょう」
「うーす」
「はーい」
 それでいいのか、と突っ込む者は誰一人としてなく、一同は淡々と終わらない片付けを
再開した。


 結局、博士ことプロフェッサー・多久が帝都都役所(中略)第一班を訪れたのは、それ
からしばらくしての事だった。
「お早うございます」
 声に力がないところをみると、どうやら上層部への申告は失敗に終わったらしい。
「お早うじゃねえよ」
 時計は既に11時。さすがにこの時間だといい加減に片付けも終わりそうで、後は例の
死体の復活を待つだけとなっていたりする。
「上層部はどうだったの?」
「もうこの名前で色々発注したから、このまま行けだそうです。軽くあしらわれましたよ。
飯機攻人……なんて名前だ……」
 まあ、当然だろう。そこまで無駄な予算を割けるほど、このプロジェクトに予算がある
わけではないのだ。
「……おや。死んでるじゃないですか。これは、差し入れも無駄になりましたかね……」
 だが。
 博士がそう言って怪しげなカバンから弁当箱を取り出した瞬間。
 死体が動いた。
 博士の手からコンビニ弁当っぽい『何か』をかっさらい、デスクの向こう側へと姿を消
す。能力者(推定)の動きに一般人が追いつけるはずもないが、そんな事はいつものこと
とばかりに誰も気にしない。
 でも絶叫はいきなりきた。
「プロタク。何食わせた」
「おかしいですね。食材は食べられるものを使ったはずなんですが……」
 はず、という所に引っかかりを感じる平穏だったが、そこはあえて突っ込むのをやめた。
「調味料は?」
「ああ。それは盲点でしたね」
 代わりのツッコミに返ってきた言葉に、やっぱりか……と嘆息。
「で、いつ蘇る予定なんだい? そろそろ僕たちも仕事をしないといけないんだけど
ねぇ」
「えーっと……」
 少し記憶の中から何事かを呼び起こし、博士は答えた。
「そうマズいものは使ってありませんから、たぶん昼時には生き返るんじゃないかと」
「……そ。じゃあ、お昼までに片付け終わらしちゃいましょう。終わったら、本部の立ち
上がり祝いにウナギでも頼みましょうかね。3人ともお弁当持ってきてないでしょ」
「おお。いいっすねぇ」
「わーい。うなぎ〜」
 そして、時間は昼へと移る。


「で」
 そしてお昼。
「君の名前は『さとうあきお』で間違いありませんね」
「違う!」
 ようやく復活した簀巻きは、報告書片手に鰻重を食べている博士の言葉を速攻で否定し
た。
「俺の名前は正義ヒイロ。ただ、熱い炎の漢と呼んでもらうぶんには何ら差し支えない!」
「本名詐称……と。職業はラーメン屋のバイト。で、住所は外縁南の巴荘……ああ、都内
ですか。このへんは間違いありませんか?」
「おう」
 ちなみにヒイロ(自称)に与えられているのは鰻重ではなく、社員食堂の特安カツ丼だ。
デフォルトでつくはずのみそ汁とおしんこがオミットされている辺りが、特安の名前の由
来である。
 ヒイロとしてもカツ丼に不満はないのか、何か言う様子はない。
「で、何でしたっけ。君は僕の雷守を無断使用して、何をしようと思ったんですか?」
「正義の実践だ」
「正義の実践……と」
 自分で仕掛けておいて無断使用したことにするのもいかがなモノかと周囲は思ったが、
まあ、別に困るわけではないので放っておくことにする。
 とりあえず、目の前の温かい鰻重(肝吸いとおしんこ付き)の方が優先順位ははるかに
高い。
「それじゃ、その正義の実践とやらを続ける気は、あるんですね?」
「無論!」
 ヒイロは一部の迷いもなく、速攻断言。
 さすがにその迅さには、一同の箸も一瞬だけ止まった。
「じゃ、これからも『雷守』をよろしく頼みますよ」
 返答は勿論、『応』。
「後はこの契約書にサインしてもらっていいですか?」
「うむ。任せておけ」
「まず、扱いは嘱託……バイトとなります」
「それで?」
 マルを大きく記入。
「それから、本契約条件については全て守秘義務の範囲内となります。一言でも外部に漏
らした場合、相応の処分が課されますから、注意して下さい」
「正義の活動とは本来極秘であるべきものだ。今さら確認するまでもなくな」
 続いてマルを大きく記入。
「任務のない空き時間は、都役所に出入りしている掃除業者のバイト扱いとなります。な
お、その間は手当も雷守の運用手当ではなく、そちらに準じられます」
「正義の味方は普段は身を隠しているものだ」
 さらに、マルを大きく記入。
 次いでいくつかの質問に次々とマルを記入していく。
 最後に。
「そうそう。能力者相手の戦闘に関しては命の危険がありますが、もし何かあっても当方
は一切感知しません。嘱託なので保険・労災も適用外となります」
「命の危険など当然だな」
 トドメとばかりにマルを大きく記入。
「はい。これで貴方は正式な雷守の遂汎者です。印鑑か何かはありますか?」
「ない」
「免許証は? 保険証でもいいですが……」
「ない。そういえば着用戦車の免許も持ってないが、いいのか?」
「非常時だからいいです。何だったらこっちで偽造しますから、持ってることにしといて
下さい」
 博士はさらりとそう言ったが、幸いというか不幸というか、他の3人は鰻重に夢中で誰
も聞いちゃいなかった。
「とりあえず印鑑は拇印か血判状でいいです。お願いできますか?」
「うむ」
 親指の腹を軽く噛み、ぐりぐりと書類になすりつけるヒイロ。さすがに拇印でいいと踏
んだのか、血判状を書く気はないようだ。
「はい。これで全ての手続きは終了です。これからもよろしく。勤務は明日からでいいで
すよ」
「うむ。では、さらばだ!」
 そして、さとうあきお(自称『正義ヒイロ』)は一度も怒ることなく、自分の家へと帰っ
ていった。


「うっわ……鬼だな、これ」
 退社時間の帰り際、ヒイロが書いていった契約書をちらりと目を通した平穏は思わず息
を飲んだ。
「なになに、どしたのー」
「……これ」
 渡された書類をコマチも一読。
「……人身売買?」
 最低賃金で保障の一切ない命がけのバトル。しかもその内容を外部に漏らすことは禁じ
られているのだから……
 まあ、コマチがそう思うのも無理はあるまい。
「能力者で着戦の免許がありゃ、もっと割のいい仕事もあるだろうになぁ……」
 2人で苦笑というか呆れていると、ちょうど厠から帰ってきた係長がやってきた。もう
帰る雰囲気満々だ。
「あー。かかりちょー」
「何? みんな帰らないの?」
「これ、いいんスか?」
 渡された書類を係長も一読。
「……人身売買かい?」
 ……。
 ……。
 ……。
 沈黙が辺りを支配する。
 みんな鰻重(肝吸い付き)に夢中で、博士が何をやっていたか気が付いていなかったの
だ。
 9割が飯機攻人の腹いせだな。
 誰もがそう思った。
 思ったが……。
「……ま、いいんじゃない? 本人は納得してたみたいだし」
「ですね。拇印も押してあるし」
「ねー」
 軽くそうまとめるのもまた、この一同であった。


 そして次の日。
 真剣に掃除をするヒイロの姿が、帝都都役所(中略)第一班にはあった。
 激しい戦いの日々の始まり。
 その第一日目は、こうして始まるのだった。


続く!

次回予告!
 帝都都役所(中略)第一班の技術担当、多久カズヱです。ああ、諸君らはプロフェッサー・ 多久と呼ぶように。いいですね?  それにしても、我が汎機攻人が飯機攻人とはね……はぁ。  おっと、話が逸れましたね。失礼。  『雷守』の遂汎者として第一班の正式な前線担当となったヒイロくんですが、どうも上 層部は彼に不満がある様子。まあ、雷守そのものには不満がないらしいのでどうでもいい ですが。  上層部の主催で開かれる飯機攻人の一般公募に、彼は勝ち残れるのでしょうかね?  次回。  飯機攻人キャプテンライス  『完全なる汎機攻人』  次回もこのサイトに、遂汎!  汎機攻人の募集枠は2人……? 僕は『雷守』しか開発していませんよ!? 登場人物 高月平穏  帝都都役所(中略)第一班の事務員兼雑用係。ツッコミ役。  通称『タカちゃん』。 魚沼係長  帝都都役所(中略)第一班の係長。細かいことを気にしないおおらかな性格。  通称『かかりちょー』 秋田コマチ  帝都都役所(中略)第一班の事務員兼オペレーター。ツッコミ役というわけでもなく、 わりと傍観者。 多久カズヱ  能力者用着用戦車『飯機攻人・雷守』を造り上げた天才科学者。性格は良くも悪くも『天 才』。  ちなみに帝都都役所の職員ではなく、外部の研究者である。 正義ヒイロ(さとうあきお)  成り行き上『雷守』の遂汎者となった、ラーメン屋の出前。バカだがどうやら強いらし い。 Dr.アンブレッド  悪の天才科学者。今回出番なし。
< Before Story /Next Story >



-Back-
C-na's 5th Dimentional Labyrinth! "labcom.info"
Presented by C-na.Arai