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 パトライトを派手に回した軽トラが道交法を無視して道の真ん中を逆送していた。
 派手なライトイエローと黒に塗り分けられている上に、荷台には明らかに重量オーバー
なバカでっかいコンテナ。ナンバーが公用車の8系でサイドに『都役所』と書かれていな
ければ、間違いなく暴走族扱いで白バイに追っかけられてしまうだろう。
「はぁ……何で俺、こんな事やってんだろ……」
 そんな改造軽トラのハンドルを片手で握ったまま、平穏はやれやれとぼやく。
 ハッキリ言って憂鬱だった。
 天井の上から聞こえてくるけたたましいサイレンの音が原因というわけではない。どち
らかといえば、警察のようなパトライトの付いた軽トラで道交法を無視して突っ走るとい
うのは気持ちいいモノがあったからだ。
 それよりも、現場が着々と近づいてくる方が憂鬱だった。
 平穏は間違いなく平凡な社会人だった。目からビームは撃てないし、炎を操ったり素手
でトラクターを粉砕するような事も出来ない(そう事が出来るヤツは、この帝都外縁では
珍しくないが)。まあ着用重機を着られるのが珍しいと言えばそうだが、それだってその
辺のガテン系兄ちゃんは誰だって着ているから、際だって珍しいわけではない。 その平
凡な社会人が、何が悲しくて悪の科学者と戦わなければならないのだ。
「ま、しゃーないかぁ……」
 軽トラでドリフトしながら路地に入り込み、商店街までのショートカットエリアに突っ
込む。何だか角のラーメン屋から出てきた出前の兄ちゃんがニアミスし掛けてすっ転んで
いるように見えたが、颯爽と無視し、アクセルをさらに踏み込んだ。
 薄い全身服と関節部を覆う機械部品で構成された『着用重機』は既に作業服の下に着込
んである。無理なドリフトや加速でも体にかかる衝撃は驚くほど少ない。
 送風機しか付いてない空調を取っ払ったスペースにムリヤリ押し込んであるカーナビで
確認するまでもなく、商店街が見えてきた。
「さて。適当に片づけたら、直帰してえな……」
 相変わらず面倒そうにぼやきつつも、青年はイヤイヤ覚悟を決め……
 やっぱこの軽トラじゃ帰りたくないな、と本気で思いなおした。


「えと、お待たせしました。都役所のモンです」
 電話で約束した場所で待っていたのは、一人の女の人だった。
 よく見れば、何度か会った記憶がある。確か、ここの商店街の商工会議所に勤めている
人のはずだ。残念ながら、名前までは忘れてしまったが……。
「あ、待ってました」
 ぺこりと頭を下げ、女性。
「でー、えっと、悪の科学者ってのは……あれですね」
 平穏が指さしているのは5mはある巨大なカニだった。か○道楽の看板が両手のハサ
ミぃぶんまわして暴れているのだ。これだけ分かりやすいのだから、本当なら確かめるま
でもないのだが……。
「はい。あのザリガニです」
 暴れているのは隣のエビ……もとい、3mくらいの巨大ザリガニだった。
「はぁ……まあ、善処してみます」
 間違えたことなどハナっから知らん顔で青年はザリガニの方に歩き始める。素人くさい
警戒のない動きだが、半分は作業服の下に装備している『着重』の防護性能を計算に入れ
てのことだ。『着用重機』は一見ただの全身タイツだが、数十トンの鉄骨の下敷きになっ
ても保証付きという強度を誇る。いかにザリガニの攻撃力が高かろうと、ミサイルでも飛
んでこない限り心配はない。
 ……もっとも、残りの半分は素人ゆえの油断なのであるが。
「おっさーん。アンタ、悪いんだけどさ。ご近所の方々に迷惑かかるんで、その辺を片し
て引き上げてもらえねえかなぁ。後は俺らがやっからよぅ」
「何じゃと?」
 下の方から掛けられた声に、ザリガニの頭の上に乗っていたグラサンの老人は律儀に返
事を返した。
「地方官憲の許可は貰っておるぞ。それでも不服かの?」
 そう言って胸ポケットから取り出したのは、先程地方官憲を屈服させた『本物の』路上
活動許可証。申請したとおり『悪のひみつ活動』を行っているのだから、地味な作業服を
着ている地方公務員にどうこう言われる筋合いはない。
「あー。なんつーか、ウチ地方官憲じゃねえんだよなぁ。役所なんだよ」
 役所の中でも、青年達にあたえられた部署の仕事は都民の苦情にこたえること。法に従っ
ていようと従っていまいと、苦情が出ればそれなりの対処法を提示しなければならない。
 多少理不尽な苦情であろうとも何とかする(今回は至極正当な気がするが)。役所勤め
のツラい所だ。
「そうか……なら、しょうがないのぅ」
 そう言うと老人はよっこいしょ、とザリガニの中に引っ込み……
 ガシャッ!
 ザリガニの両手のハサミの内側から姿を見せたのは、無数の小型ミサイル! ハサミの
ロケットランチャーどころか、足の先の小さなハサミまで小口径ミサイルの弾頭を見せて
いるではないか!
「だぁぁぁぁっ! 実力行使で来るかジジイっ!」
 いくら頑丈とはいえ、ただの作業機械がミサイルをあれだけ食らって無事に済むはずが
ない。でも後には都民がいる。いくら平穏が戦闘訓練を受けていないずぶの素人でも、こ
こで逃げるわけには行かなかった……既に膝が笑っていて逃げられない、というのはさり
げにヒミツだ。
「受けてみよ! 我が拡散式高初速酸化水素ロケットランチャーの、愚民どもを逃げまど
わすぶったまげ破壊力!!!」
 シュパパパパパパパパパパパパァッ!
 圧縮空気で発射されるタイプなのか、ミサイルの射出音は異様に軽かった。とはいえ、
射出音の軽さと破壊力は決してイコールではない。
「は、はええっ!」
 とっさに両腕をクロスさせて顔をガードするが、微妙なホーミングで全方位から襲いか
かってくるロケット弾をどこまで防ぎきれるか。
 そして、着弾!
「…………あれ?」
 爆発! ……は、しなかった。
 ベコンベコンという何やら情けない音を立てて平穏を小突き回すのは、水の充満した細
長いPET樹脂製のタンクだったのだ。相変わらずばかすか飛んでくるミサイル(っぽい
もの)を食らいながら転がっているそれを拾い上げてよく見ると……
「ペットボトルロケットか……」
 水の入ったペットボトルに高圧の空気を入れて打ち上げる科学グッズだ。最大射程は垂
直上昇で100mを越えるというオモチャとバカに出来ないシロモノだが、着重の特殊装
甲にとってはピンポン玉の直撃よりも痛くなかったりする。
 平穏の後では空飛ぶペットボトルがまき散らす水にギャラリーがひゃあひゃあ言って逃
げ回っているが、ほっといて大丈夫だろう。
「うわははは。あまりの恐ろしさに逃げまどうがいい! 愚民どもめ〜〜〜!」
 外部スピーカーから聞こえる老人の高笑いに「本気で帰りてえな……」と青年が思った
その時!
「待てぇぃっ!」
 しらけるムードのかわりに商店街に響いたのは高らかなる男の声。
「何者じゃ!」
 そいつは、商店街の入り口に立っていた。
 鋭角的なフォルムで構成された着重をまとい、夕日の逆光をバックにすっくと立つその
姿。
 1点パースで取られた構図の最も奥。消失点の中心に腕組みをして立つその姿は……
 まごう事なき本物のヒーローの姿。
 ギャラリー達は動きを止め、白けきっていた平穏ですら驚きの声を隠せない。
「な……あれは……雷守!?」
 そう。
 『そいつ』がまとっている着重の名は、『雷守』。
 王虎のような作業用の着用重機ではない。平穏の所属する、能力者によるトラブルを処
理する特殊チーム『帝都都役所外縁南支所特殊部地域万能物件処理課実働係第一班』。そ
の中核となるべく開発された、能力者専用の戦闘用着用重機……『着用戦車』だったのだ
から。
 『雷守』も『王虎』と共に持ってきてはいたが、軽トラのコンテナには厳重なセキュリ
ティが幾重にも掛けられている。仮に平穏が鍵をかけ忘れたとしても、無数のオートロッ
クが自動に働いて『雷守』を守るはずなのに。
「馬鹿な……誰が雷守を……」
 平穏の驚きをよそに、
「初めちょろちょろ中ぱっぱ、赤子泣いても蓋取るな! 蟹の穴から即参上!」
 最新鋭型の着戦をまとった男は拳を握りしめ……
「飯機攻人・キャプテェェン……ライスッ!」
 天を衝き、叫ぶ!
 衝き上げた拳の先に『外南商店街で楽しいお買い物を』と書かれた商店街の電飾看板が
なければ。そしてもうちょっとセリフがまともであれば。
 完璧に決まった構図であった。
「うわださっ!」


続く!

次回予告!
 帝都都役所(中略)第一班のオペレーター、秋田コマチです。今回は出番がなくって寂 しいです。何であたしを置いて出動しちゃうのかしらね。ったく。  さて、気を取り直して次回のお話。  何とか悪の科学者Dr.アンブレッドを退けたタカちゃん達だけど、問題は山積み。ウチ の切り札『雷守』を勝手に遂汎してるのは誰なのか? 能力者に奪われた雷守を、能力者 じゃないタカちゃんは取り返せるのか? いきなり登場しちゃう『博士』って誰? そし て悪の科学者Dr.アンブレッドはリベンジしてくるの?  そして一番大事なのは、このあたし。秋田コマチの出番があるかどうか! え? ある?  しかも出ずっぱり? やったぁ☆  じゃ、次回。  飯機攻人キャプテンライス  『正義の契約書』  次回もこのサイトに……遂汎よっ☆ 登場人物 高月平穏(たかつき・ひろお)  帝都都役所外縁南支所特殊部地域万能物件処理課実働係第一班の、事務員兼雑用係。雑 用係なので今回は予備の着重『王虎I』を着装した。  常識人だが、いわれのないトラブルに巻き込まれる『体質』。  なお、彼がこんな体質になった経緯は、同コンテンツ「とらぶる・さもなぁ」を参照し ていただけるとありがたいかも。  通称『タカちゃん』。 魚沼係長  帝都都役所外縁南支所特殊部地域万能物件処理課実働係第一班の係長。おやぢ。本名は 魚沼ナウム。  細かいことを気にしないおおらかな性格。  通称『かかりちょー』 Dr.アンブレッド  悪の天才科学者。
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