27.帰還 華が丘
嵐のような六日間が終わり。
一同はゲート管理人の先導を受け、再び白い世界を歩いていた。
本来なら最終日にも王都を見学する予定があったのだが、ゲートの移動時間の予測が付かないため、朝からそのまま華が丘に戻ることになったのだ。
「ルーニ先生、今回何の役にも立たってなかったねー」
「……そんな事言われてもなぁ」
ルーニが宿に着いたのは、冬奈の騒ぎが終わった後のこと。
レムの父にはこっぴどく注意されるし、大クレリックにも雷を落とされるし、学校に戻れば校長の叱責が待っているのは間違いない。
今回の彼女は良いとこナシだ。
「そういえば先生、明後日からの臨海学校って来るんですか?」
今日は地上時間で言えば八月九日。
一年生達は一日の休憩を挟み、すぐに三日間の臨海学校に向かうこととなる。
「臨海学校は一年だけだろ。行くのは引率のはいり達だけだぞ」
ルーニは二年の担任だ。そちらの引率は、今回のメガ・ラニカ行に加わらなかった一年の担任達が行うはずだった。
「そうなんですか? せっかくみんなで水着買いに行こうって思ったのに」
「残念だったな。わたしは夏に海とかプールとか行かない派なんだ」
偉そうに無い胸を張ってみせるが、要するにただ引きこもっていたいだけだ。
「そうだ。キッスちゃんは行かない? 水着買いに」
そんな中、百音が声を掛けたのは傍らを歩いていたキースリン。
普段はこの手の買い物に加わることのない彼女だが……。
「よろしいんですの?」
見せてくれたのは、華の咲くような可憐な笑顔。
「もちろんだよ! 行こっ!」
「はい、ぜひお願いしますわ!」
夏休み前までのキースリンであれば、まずなかった反応だ。メガ・ラニカへの旅で、そんな態度を変えるに足りる、何か良いことでもあったのだろう。
「他に誰か誘えるような人…………」
買い物は大人数で行った方が楽しいに決まっている。
百音は辺りを見回して……。
「あ………」
向こうでセイル達と歩いていた悟司と目が合い。
(うぅ、気まずいよぅ……)
つい、互いに視線を逸らしてしまう。
白い霧の世界を抜ければ、そこに広がるのは緑の森と、合間から覗く青い空。
「あれ? まだお昼だ……」
足元に落ちる影は短く、見上げる太陽もまだ高い位置にある。
「時計じゃ十二時だから、体感時間はやっぱ二時間くれえだな……」
ゲートに入ったのは、来たときと同じ十時頃。移動時間そのものは、来たときと変わっていないが……。
「今何時だろ……?」
携帯の電源を入れれば、立つアンテナは三本だ。
早速自動時刻調整をオンにして、携帯の時計を合わせ直す。
「まだ二時か……やっぱり、ズレがあるのは、あるんだな」
移動時間に比べて二時間の誤差だ。メガ・ラニカに行ったときの八時間より少ないとはいえ、空間が不安定というのは本当のようだった。
「じゃあお前ら! 家に帰るまでが旅行だからなー」
「ルーニ先生、先生みたい……」
「だから、先生だって言ってるだろ! 話聞けー!」
引率責任者がそんな話を始めるが、回りは既に帰る気満々だ。ちびっ子先生の怒る姿を面白がっている輩はいるものの、真面目に話を聞こうとしている者は数えるほどもいない。
前者の筆頭である晶も、当然のように帰ってからするゲームの算段をしていたが……。
「……あれ?」
腹の辺りに感じた違和感に、小さな声を上げる。
「どうしたの、晶ちゃん」
お腹ではない。何か動いているような感覚は……。
腰からぶら下げられた、ポーチの中だ。
内で蠢く謎のそれは、やがてポーチの口を弾けさせ。
「あ、やだ、ちょっと!」
晶が慌ててそれを放り投げた瞬間。
ゲートの前にいた一同全てを包む、小爆発を巻き起こす。
幸か不幸か爆発とはいえ、撒き散らされたのは煙ばかり。周囲にダメージらしきものはないようだった。
「ちょ、ちょっと……何、今の………」
だが、騒ぎはそこで終わらない。
「ひゃああっ!」
立ちこめる煙を一瞬で吹き飛ばしたのは、上方から叩きつけられた強い突風だ。
煙を切り裂き天を舞うのは、全長二十メートルを超える巨大な影。
それは、メガ・ラニカにいる同種よりもはるかに確実で、巨大な躯を持っていた。
天候竜。今の姿は、晴天の気に応じた晴天竜だ。
「あっ! あたしのポーチ!」
その口元に引っかかる小さな袋をめざとく見上げ、晶は思わず悲鳴を上げた。
もちろん天候竜が小さな少女の叫びなど聞き届けようはずもない。悠々と翼を打ち、空の彼方へと消えていくだけ。
だが。
「え…………?」
晶は、もう一度言葉を口にし。
「またお前か! 水つ………」
「え……? ルーニ……先生?」
駆け寄ってきたルーニの姿に、その言葉さえ失った。
「ろりっこが、しょたっこに………?」
ルーニの薄い胸元は、さらに薄く。
肩のラインも、少女のそれから少年のそれへと変わっていた。
そして、言われたルーニは無言で股間に手を伸ばし。
「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
声にならない、悲鳴を上げた。
続劇
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