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26.蘇る記憶

 大輪の爆光は、無数の薔薇の花びらとなって、風の中に吹き消えていく。
 その中に立つのは……。
「あれでも………効かないってのか……?」
 巨大な影。
 薔薇の花を模した頭部は、わずかに煤けているが……それだけだ。
 そこから伸びる無数の触手は、一切の活力を失った様子がない。
「ウィル!」
 薔薇獅子の向こう。最後の一撃に全ての力を使い果たしたウィルは、立ち上がる気力もない。
 八朔がそれを助けるべく走り出し、背後のハロルドもその道を切り開くべく双銃をコッキング。
 だが。
 薔薇獅子の巨体に阻まれ、その向こうへと回り込むことは出来ないまま。
「ウィル!」
 ウィルの元へ伸ばされた触手が、少年の細身の体を捕らえ……。
「え……?」
 ゆっくりと、立ち上がらせた。
 そのまま薔薇獅子は、何事もなかったかのように地面の底へと戻っていく。
 後に、吹き散らされた大量の花びらを残したまま。
「お爺さま……」
 代わりにその場に姿を見せたのは、ローゼリオン家の当主。
 東部の品評会に出かけていたはずの、エドワード。
「お主の資格、見せてもらったぞ。見事だ」
 少年の前で、誇らしげに呟き。
 次の瞬間、頬を張る音が紅の薔薇園に響き渡った。
「だが、何かあったらどうするつもりだったのだ! 馬鹿者が!」


 目の前に広がるのは、真っ白な天井だった。
「ここ……は……?」
 前後の記憶がはっきりしない。
 確か、宿のロビーで祐希達と話をしていて……。
「もう大丈夫でしょう。薬の効果は一日ほどですが、華が丘に戻れば、本来の状態でも問題はないはずですから」
 聞き覚えのない声がして、続くのは誰かが部屋を出て行ったらしい扉の閉まる音。
「冬奈ちゃん…………」
 真っ白な視界に入ってきたのは、よく知った顔だった。
「もぅ、何で泣いてるのよ」
 そっと手を伸ばし、目元に浮かんだ大粒の涙を拭ってやる。
 その瞬間、胸元に掛かってきたのはわずかな重み。
 耳元を叩くのは、少女の泣き声。
「死んじゃうところだったんだよ、ばかぁ……!」
 ウィルの家から大量の花弁を抱えた晶達が戻ってきたのは、今から半時ほど前のこと。その花びらを使うことで大クレリックの薬は無事に完成し、冬奈はようやく一命を取り留めたのだ。
「ああ……思い出した」
 泣きじゃくるパートナーの頭を軽く撫でながら。まだ淀む記憶の中から浮かび上がるのは、同じように泣きじゃくる小さな娘の姿。
「昔あたし、メガ・ラニカに来たことがあったんだ……」
「そう……なの?」
 胸元にかじりついたまま、こちらを見上げてくるのは少女の顔だ。
 くしゃくしゃの泣き顔に小さく苦笑し、もう一度淡い色の髪に指を滑らせる。
「うん。飛竜に乗ってね。ファファの家に、お世話になってたんだよ?」
 だから、見覚えがあったのだ。
 飛竜の停まる停留所にも。
 森の中にあった、ランドとラピスの離れにも。
 かつて彼女もそこで、療養生活を送ったことがあったのだから。
「そっか。あの時の女の子が、ファファだったんだ……」
「え……? 全然覚えてない……」
 首を傾げる少女に、冬奈は穏やかに微笑んで。
「ちっちゃかったもんねぇ……ファファ」
 確か、あの時も小さかった。
 よく笑って、よく泣いて。
 冬奈が華が丘に帰る時も、確か大泣きをしていたはずだ。
「もぅ」
 けれど。
「わたし、冬奈ちゃんと同い年だよぅ……」
 そんな冬奈の言葉に、ファファは頬をぷぅっと膨らませるだけだ。


続劇

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