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ネコミミ冒険活劇びーわな!
〜Excite NaTS-Extra〜
『連なる、断章』

「……申し訳ない。王宮にはどう行ったら良いだろうか?」
「え……っ!?」
 少女の耳が一瞬ぴんと立ち、やがてふにゃふにゃと崩れ落ちた。
 慌てて振り向こうとした足が地面に取られ、崩れた耳のせいでバランスを完全に消失する。
「と、大丈夫かの? お嬢さん」
 穏やかな低音に意識を戻せば、とす、と男の胸元に背中を預けた自分に気が付いた。耳と同じ運命を辿りそうになった少女の後ろに音もなく回り込み、崩れる体をそっと支えあげたらしい。
「あの……えっと、その……」
 支えられた両腕に、背中に感じる広い胸元に、かっと顔が熱くなる。
「焦ったぞ。思わず、本気で動いてしもうた」
 苦笑しながらそう言うと。男はそれ以上少女の体に触れる事もなく、ハイニの体をテラスの椅子へゆっくりと預け掛けた。
 少女が無事腰を下ろしたのを確認し、影のようにすっと退く。
「いえ……こ、こちらも……びっくりさせて、ごめんなさい」
 頬を淡く染めたまま、こちらを静かに見守っている男と顔を合わせようともしない。借りてきた猫のように縮こまったまま、膝の上で小さな両手を握りしめている。
 イルシャナが見れば、別人かと思うほどのハイニだった。
「いや。こちらも驚かせてすまなんだ」
 紡がれる優しい言葉が、胸を強く打つ。
 彼女の名誉のために言うが、決してハイニは猫を被っているのではなかった。体も心も、ハイニが望む程に働かないのである。異性を恐れるほどの世間知らずでもなく、男に媚びるほどに世間慣れもしていない彼女のからだとこころが、だ。
「あの……人捜し、でしたよね?」
 そんな体に鞭打って、少女は必死で言葉を紡ぐ。
 確か、男は人を捜していたはず。こんな所で時間を潰させては悪い。
「おお。悪い、お嬢さんが落ち着くまでは居ようかと思ったが……この様な厳つい親父がおっては、良くもならんか。邪魔したの」
 気を悪くすることもなくそう笑い、男はゆらりと身を返す。足元まである長いマントを羽織っているはずなのに、長年の熟練か、衣擦れの音一つ立てることもない。
「邪魔だなんて、そんな! 嬉しかったです! すごく!」
 そんな音無きマント故に、少女の声はしっかりと届いた。
「叔父様、人を……探してるんですよね?」
 男が足を止めたのを幸い、ハイニは必死に言葉を紡ぐ。
「うむ。リヴェーダという老人で、王宮に居ると便りを受けたのだが……ちと、迷ってしもうてな」
 水の都は広い。慣れた者が地図を使っても迷うのだから、旅人らしい男が道を見失うのは無理もない話だった。
「あたし、知ってます。その方。案内も……できます。ううん、させてもらえますか?」
 リヴェーダ。
 王宮の占い師にそんな名前のビーワナがいたはずだ。顔までは分からないが、王宮に行けば何とかなるだろう。幸い、貴族のハイニィは王宮へ何かと顔が利く。
「頼むのは此方の方だ。迷惑を掛けてばかりだが、お願い出来るかの? お嬢さん」
 気が付けば、マントの男はハイニの向かいの席にいた。
 フェ・インでもそれなりの実力を誇るハイニに、気付かれもせず。
「……はい!」
 火照る胸をそっと押さえ、幸せそうに答えるハイニ。
 いつもの冷静な彼女なら気付いただろう。
 男の垣間見せる、圧倒的な実力に。
 だが、気が付かなかった。
 並の人間では駆け上がれぬ高みに昇り詰めた、その技量に。
 彼女が最強の傭兵の名を持つ『狂犬』の本質を見通すのは、小さな身体をじんわりと焦がす思慕の想いが治まってからのこと。
 もう半刻ほど、先の話になる。

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