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ネコミミ冒険活劇びーわな!
〜Excite NaTS-Extra〜
『連なる、断章』

「ふぅ……」
 白い肌に薄く浮かんだ汗を拭い、イルシャナはドレスの襟元を僅かに緩めた。
 王立フェインリール学園にほど近い、オープンカフェである。家の侍従長が見れば失神しそうな光景だったが、火照った体には首元から吹き込む涼風が何より心地いい。
 ましてや全力を振り絞った試合の後なのだ。少しくらい目を瞑ってくれても、罰は当たるまい。
「ハイニィ、また上達したんじゃない?」
 そう言われ、隣に座っていた少女はふふ、と静かな笑みを浮かべた。
 さらりと流れる髪を片手でそっと避け、優雅にカップを口へと運ぶ。同性のイルシャナでさえ無意識に見とれるその姿からは、とても黒檀の大剣をパートナーに舞う凛々しい姿など思い浮かばない。
「貴女が今一つだったたけですわ」
 だが、紅茶をこくりと飲み干したその口から出たのは、自らを謙遜する言葉どころか痛烈な批判だった。あまりに遠慮のない物言いに言葉を詰まらせるイルシャナだが……。
「実は、ね」
 素直に、そう認める。
 ハイニ……ハイニィは彼女の愛称だ……の性質を十分に知っているイルシャナだ。好意を抱くことはあっても、気分を悪くすることなどありえない。
 むしろ、見苦しいお世辞とくだらない建前が交錯する宮廷よりも、はるかに気分がいいと思っているほどなのだから。
 だから、隠し事もしなかった。
「スクメギに、行くことになったの」
 ハイニの頭からすいと伸びた長い耳が、思わずぴんと立つ。
「まぁ。何時からですの?」
 けれど、口から流れたのは素っ気ない言葉。
「……」
 傍に控えていたメイドからカップを受け取り、イルシャナは無言で一口。ついでに、緩めていた襟元をきちんと直してもらう。体の火照りさえ治まれば、そうそうはしたない格好などしていられない。
 襟元に指を触れさせ、具合を確かめてから、口を開く。
「来週には出発するわ。フェ・インの卒業は、繰り上げて行うんですって」
「……また、随分と急ですわね」
 さすがの少女も、今度こそ驚きを隠せなかった。
 スクメギと言えばココの辺境。古代遺跡がある街だと学びはしたが、具体的にどういうところなのかは今一つ分からない。
 ただ一つ分かるのは、王都から気軽に会いに行ける距離ではない、という事くらいだ。
「シーラ様もほとんど王宮だし、私も、ね」
 イルシャナにもそれなりの責がある、という事なのだろう。
 プライベートではこうして仲良く話しているが、ハイニがココでもごく中流の貴族の出である反面、イルシャナは王族に名を連ねる位置にある。王位継承権に至っては、王家の三人の姫に継ぐ第四位。
 自由な気風のココ王国とはいえ、公の場では肩を並べるどころの話ではない。
「近衛の研修が終わるまでは、貴女に剣の相手をして貰おうと思っていたのに。当てが外れましたわ」
 ほんの少し恨みがましく、ぽそり、と呟く。
 学園内で、ハイニの本気に太刀打ちできる者はそういない。もちろんいるにはいるが、彼女の言動に気を悪くしない人物という条件を当てはめれば……その数はぐっと少なくなる。さらに彼女自身の好みその他まで付加すれば、人数が片手以下に絞られるのは無理のない話だった。
「ごめんなさい。今度戻ったら、埋め合わせはきっとするから」
「約束ですわよ」
 二人で笑い、軽く指を絡め合わせる。
「あら、イル」
 そこに声が掛けられたのは、半分は偶然で、半分は必然だった。

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