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獣甲ビーファイター
エピローグプロローグ1
“『赤』の後継者”

「ウシャス。大丈夫か?」
 細い体を縛した糸を切りながら、男は腕の中の少女に問い掛けた。
 コートの女は倒れたまま動く気配がない。鎧の上から殴ったような手応えだったが、呼吸もしていないあたり、運良く死んでしまったのかもしれない。
「マスター。まだ、戦えますか?」
 自由になった腕で濡れた唇を拭いながら、それでも少女は問い掛ける。
「大丈夫だが……まさか」
「ええ。まだ、あいつは……」
 その背後に、もう別の声が来た。
「いきなりグサリとはね。私じゃなかったら……」
 女の声。
「生きてます」
「死んでるわよ」
 少女の声と女の声が、対照的な内容の言葉を発現した。
「……バカな」
 だが、男の耳に二つの言葉は届いていない。女が死んでいなかったから、ではない。
 立ち上がった女の姿に目を奪われていたから。
「全く、少しは遠慮したらどうなのかしら?」
 落ちた仮面を両の手で直しつつ、とっさの斬撃に乱れたコートの襟を正しつつ。女の声のそいつは、両の手で肩をすくめるジェスチャーを繰り出している。
 全てを同時に。
 六対の腕で。
 聖痕ではありえない。六本の腕を持つ生物など、並のビーワナはもちろん幻獣族の中にも存在しないから。もちろん、フェアベルケンのどんな生物も六本腕などという特性を持ってはいない。
 そうか?
 糸を繰り出し、八本の手足を自在に操る生物は本当にいないのか?
「……いや、そんな、バカな」
 ふと浮かんだ考えを、男は慌てて否定した。
 ビーワナ種にはあり得ないはずの特性だったからだ。
「やっと気付いたみたいね」
 だが、その表情を女はあっさりと肯定した。
「……あり得ないだろう」
「いえ。それが正解です」
 男の味方であるはずの少女でさえ、肯定した。
「バカな! この世界のビーワナに、そんな奴がいるはず……」
「この世界の、ね」
 そう。
「まさか……」
 まだ、生きているのだ。
「少し喋りすぎたかしらね。まあ、殺すから関係ないけどさ」
 驚愕に凍る男にもう一度肩をすくめ、残る四本の腕をすいと構える。硬質な外殻を持ち、鋭角に伸びる指先は、武器など使わずとも十分な殺傷力を持っているだろう。
「させません」
 女のその言葉を、男に抱かれたままの少女が否定した。
「ウシャス?」
「マスター、私の本当の力をお貸しします。完全なティア・ハーツと並ぶ、あの者達に対抗出来る、古代よりの遙かな希望を」
「そう。あの力を使うのね」
 それが何か分かったのだろう。女は婉然と微笑んだまま、ゆっくりと三対の腕を組んだ。ウシャスの言う『力』が完成するのを見届ける気なのだろう。
「来なさい。相手になってあげる!」
「ならば、行きます」
 愛しい主を強く強く抱きしめたまま、赤銅鉱の銘を持つ少女は高らかに声を上げた。
「超獣甲!」

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