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読者参加型プライベート・リアクション
ユノス=クラウディア
第4話 越えるもの・残るもの(その3)



Act2:たどりつく、それぞれ

「あの…クローネさん。ちょっと、お話があるんですが…」
 ベルディスの娘は、カウンターの隣で洗い物をしている女性に小さく声を掛けた。
「ん、何かしら? ラミュエルさん」
 がちゃがちゃと洗い物を続けながら、クローネはラミュエルの言葉に応じる。酒場
は昼間は営業していないから洗い物の量自体は少ないのだが、これから夜の営業の為
の仕込みをしなければならない。
 膨大な量の夜の仕込みはかなりの時間がかかるから、出来るだけ早めに始めなけれ
ばならないのだ。
「えっと、例の事件の事なんですけど……」
 例の事件。
 すなわち、『氷の大地亭の酒場に客が大量に押し掛ける異変』の事である。店の許
容量以上に客が押し掛けてしまうこの異変は、数日経った今でも解決する気配すら見
せていない。
「そうよねぇ。お客さんが入るのはいい事なんだけど、ちょっとね……。仕入れも仕
込みも大変だし……」
 ふぅ……とため息をつき、クローネは小さくぼやく。
 儲かるのは確かに悪いことではない。だが、膨大な量の仕込みや仕入れをするのは
骨が折れた。買い出しは市場の人達やナイラが手伝ってくれているが、繊細な仕事の
要求される仕込み作業は、どうしても料理人であるクローネとラミュエルが中心にな
って行わなければならないのだ。
「あれって……」
 と、ラミュエルがそこまで言った時、大地亭の入り口から誰かが入ってきた。
「ごめんくださーい。ラーミィって人にお届け物なんだけど……いるかしら?」
 入ってきたのは、腰までの銀髪を伸ばした小柄な女性。様子からすれば、荷物運び
でも依頼された冒険者なのだろう。
「あ、ちょっと待ってて頂戴ね」
 呼ばれたラーミィを探しに、クローネは階上へと上がっていった。


 「あったかいねぇ、ご主人さまぁ」
 洗い立てのシーツをぱんぱんっ……っと引っ張って竿に掛け、ルゥは嬉しそうな笑
顔を浮かべた。
「ええ……」
 対するユノスは、今一つノリが悪い。
「こんな日は、どこかの野原でお昼寝したら気持ちいいだろうね、ご主人さまぁ」
「ええ……」
 ルゥの話など上の空といった感じで、気のない相槌を打つ。
「ご主人さまぁ。『ぎゅっ』って、してもいい?」
「ええ……って、きゃっ!」
 ユノスの手から、抱えていたシーツがはらりと滑り落ちた。ルゥにとってはキチン
と了解を取った行動なのであるが、上の空だったユノスにとっては奇襲攻撃もいい所
だったのだ。
「ルゥちゃん……」
 慣れない締め技まで駆使して抱きついているルゥを、ユノスは振り解くことが出来
ない。だが、仮にユノスにルゥを振り解くだけの力があったとしても……彼女が少女
を振り解く事はなかっただろうが……。
「ご主人さまぁ。ルゥと一緒にいて、楽しくない?」
 両の腕での戒めを解かぬまま、少女はぽつりと呟く。
「そうじゃないけど……」
「嘘」
 刹那の、否定。
「ご主人さま、ルゥとお話ししてくれないもん。ずーっと恐い顔してる……」
 ユウマが去ってから、ユノスはずっと何かを考え込んでいた。無論、ユノスだって
考え事をしたい時があると言う事くらい、ルゥにも分かる。だが、彼女が無意識に放
つ『負』の雰囲気が、少女の心に言い様のない不安感をかき立ててしまうのだ。
 あの、雨の日のように。
「ゴメンね。けど、私がここにいる以上、またディルハム達が来て、戦いになっちゃ
う。ユウマ君が感じたのも、そういう気配なのかもしれない……って思ったら……」
 本当の所ユウマが感じたのは、そういう『イヤな予感』とは全く異質の、彼以外に
とっては本当にどーでも良い気配だったのだが。とは言え、そんな内輪の事情をユノ
スが気付こうはずもない。
「おかしいね、昔はそんな事、全然思わなかったのに……」
 この街に来て最初の戦いの時は、兄達から賜った『任務』とこの街での生活に慣れ
ることにかかりっきりだった。だから、他の事……それこそ、人が死ぬという事態が
起こっても……などに気を回す余裕など無かったのだ。
 しかし、今は違う。任務も終わり、生活にも慣れて余裕の出来た今は……
「ご主人さまはどうか知らないけど……ルゥね、ご主人さまとずうっと一緒に暮らす
のが夢なんだ」
 ふと、ゆっくりと口を開くルゥ。
「だからさ、ご主人さまのやらなきゃいけないこと、ぱーっと済ませちゃおうよ。そ
したらご主人さま、ずっとルゥ達と一緒にいられるでしょ? 困ったりもしないでし
ょ?」
 ユノスを解放し、ルゥはにっこりと笑う。
 あまりにも単純で幼稚な……けれどそれ故に、ユノスの堂々巡りの悩みを一気に打
ち破れるほどの力を秘めた、ルゥの言葉。
「そう……そうだね」
 そんなルゥを見て、ユノスは小さく微笑んでいた。


「着きましたね、母上」
 少年は歩みを止めると、目の前の大きな看板を見上げた。そこには『温泉の街 ユ
ノス=クラウディアへようこそ』と、妙に安っぽい文字が描かれている。所々にいか
にも付け足しっぽい補強が施されているが、この無駄に大きな看板が倒れるような事
でもあったのだろうか。
「それで、これから先にはどう行けばいいのです? キリュシエル」
 そんな看板には目もくれず、母上と呼ばれた女性は小さく傍らの少年に尋ねる。
「それが……ヴァートが混乱していて、よく分からないのです。これまでは大まかな
方向だけだったので何とか追跡できましたが、これ以上は無理かと……」
 要するに、川に入られて追跡できなくなった猟犬と同じ調子だ。いくらキリュシエ
ル少年に高い魔術の才があろうとも、無数の強いヴァートが混ざり合った中からたっ
た一つのヴァートを追い求めるのは至難の業であった。
「この街に居るのは間違いないのでしょう?」
「多分……いえ、この街にいるのは間違いないと思います」
 頷いた少年に、少年の母親は笑みを浮かべる。
「なら、そう難しい事ではないでしょう。探せば、すぐに見つかるはずです」
続劇
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