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ユノス=クラウディア
第3話 そして、巻きおこる嵐(その12)



Act13:そして、解き放たれた、力

 「で、戻ってきたのは何でかなぁ……?」
 ディルハムの剣を受け流し、切り返しつつ、シュナイトは戻ってきた夜の天使にミ
ョーな猫なで声でそう問いかける。
 そんな声で語りかけてくる時はシュナイトが怒っている証拠であったが、レリエル
は知っててそれを思いっきり無視した。
 「良いじゃねえかよ。ここだって、大将一人で持ちこたえてるだけみたいじゃんか」
 「俺が持ちこたえてる間にお前が敵の配陣とか、指揮系統とかを調べてくりゃ、こ
んなでも勝ち目はあったかも知れないだろっ!」
 一体や二体ならまだしも、シュナイトが相手をしているのは四体のディルハムだ。
いくらシュナイトが強くとも、技を放つ隙すら貰えないようでは勝ち目は薄い。
 「へっ……。ンな悠長なこと、やってられるか!」
 そう叫んだ瞬間、レリエルの姿がふっ……と闇の中へ消えた。
 シュナイトの操るレリエルの本体、天使剣『シャハリート・封夜』の中へと戻った
のである。
 「大将! 一丁、でかいの行くぜっ!」
 「な……何だ!?」
 黒い光を放ち始めたシャハリートの刀身に、凄まじいまでのヴァートが集まってい
く。レリエルは、シュナイトの知らない、この剣に秘められた力を放つ気なのか……
…。
 「今だ! 思いっきり振り下ろせっ! 味方を巻き込まないように気ィ付けて
な!」
 シュナイトが今のところ最前線にいるから、味方を巻き込む心配はない。
 眼帯の青年は四体のディルハムの一瞬の隙をついて半歩下がると、大上段に構えて
いたシャハリートを思いっきり振り下ろした。
 「な………」
 振り下ろす長剣に絡み付く、異様な手応え。刀身を押し返そうと、強力な負荷が掛
かってくる。
 「負けるかよっ!」
 だが、シュナイトはその凄まじい負荷を強引に押し切り、シャハリートを力任せに
振り切った。
 「ギルティィッ・トランシェッ!」
 その斬撃と同時に、目の前の四体のディルハムはまっぷたつに断ち切られたではな
いか。それどころか、10m以上も先にいた数体のディルハムまで、乗っていた鋼鉄
の蛇ごと見事に両断されていた。
 「これが……お前の力なのか? レリエル……」
 淡い光を放っているシャハリートの刀身を見遣りつつ、シュナイトは呆然と呟く。
 「へっ……まあな。ま、射程内の物は見境なしに斬っちまうから使い勝手は悪いけ
どな」


 「な……貴様……人間の分際でこのグリ……」
 「やかましいっ!」
 げしげし。
 相変わらず名乗りかけのディルハムの言葉を思いっきり無視し、カイラはそいつの
胴体を思いっきりド突き回す。
 「な、人の名乗りを邪魔するのは卑怯とは言わないのかっ!」
 「味方を道具のように使うヤツの名乗りなど聞く必要はないわっ! 耳が腐る!」
 いくら蹴っても所詮は素人の蹴りだ。ディルハムの体自体には大したダメージは通
っていないようだった。
 精神の方にはかなりのダメージが来ているらしいが。
 「せ、せめて名乗らせてくれっ!」
 「うるさいっ! その前に悔い改めろっ! 全く、そこらの傭兵ども相手の弱いも
のいじめしか出来ぬくせに一人前に名乗りを上げようなどと、100年早いっ!」
 辺りで兵卒級ディルハムを相手に死闘を繰り広げていた傭兵のお兄さん達が一瞬も
のすっごくイヤそーな顔をしたが、そんなものを気にするようなカイラではない。
 相変わらずのペースで好き勝手絶頂な説教をぶちかましまくる。
 「カイラ・ヴァルニ、そこをどけっ!」
 そして。
 「貴様は私の技が槍だけと思っているようだったな………確か」
 ゆらりと立ち上がったのは、ベルディスの戦乙女……ジェノサリア・ヴォルク。
 「ならば食らうがいい! ジェノサイド……ストームっ!」
 「お、俺にはグリブナという立派な名前がぁぁぁぁっ!」
 ジェノサリアの放った凄まじい負のエネルギーに全身を打ち砕かれつつ。名乗りか
けのディルハム……いや、指揮官級ディルハム・グリブナは、ようやく名乗りを上げ
ることが出来た。
 合掌。


 (俺……死ぬのかな……)
 振り下ろされる剣を見ながら、アズマはふと、そう思った。
 (ラーミィも護れないで……兄貴も探せないで……。結局、何にもやってねえよな
……)
 振り下ろされてくる剣が、妙にゆっくりと見える。
 その時。
 『力が、欲しいか?』
 アズマの頭の中に、声が響いた。
 (何だ? 死ぬ前の幻聴ってヤツか?)
 『力が、欲しいか?』
 再び響く、声。
 (誰だ? 俺に呼びかけるのは……)
 『力が、欲しいか?』
 三度、響く。
 (誰かは分かんねえけど……)
 『力が、欲しいか?』
 四度目の問いに、アズマは有らん限りの声で答えた。
 「応!」
 『ならば、くれてやる。我が血脈の、力をな……』
 静かに響く、声。
 それと同時に、アズマの体の中を凄まじいまでのヴァートが駆け巡り始める。
 「あんた、誰だ? なあ、誰だよっ!」
 『私は……』
 意識が覚醒するその瞬間、アズマは一人の男の姿を見た気がした。


 「はぁ……はぁ……」
 荒い息を吐き、ティウィンは再びサーベルを構えなおした。
 あれから一分とは言わないほどの時間が経った気がする。だが、ユウマが現れる気
配は全くと言って良いほどに……ない。
 「くっ……」
 これだけの数のディルハムを押さえるのは、正直ティウィンにとっては荷が重すぎ
た。それでも何とか戦えているのは、ザキエルが力を貸してくれていた事とユウマと
の約束を守ろうとする意志の力が強いからに過ぎない。
 (マスター、もう無理ですぅっ!)
 ザキエルの悲鳴じみた声に、足下をふらつかせるティウィン。
 これでは、迫り来るディルハムの剣など、受けられようはずもない。
 だが!
 「よくやってくれた。君はそこで休んでいたまえ」
 迫り来る剣の代わりにティウィンを襲ったのは、一枚のマント。
 疲れた彼の体をいたわるように、ふわりと彼の身を覆う。
 「貴方……は…?」
 そして、ティウィンの目の前でディルハムの剣を受け止めているのは、一人の青年。
 風になびく銀の長い髪が邪魔し、青年の顔は見えない。
 「何………」
 3mはあろうかという凶凶しい大剣の柄に埋め込まれた眼球のようなものが、青年
の代わりにティウィンをぎろりと見遣る。しかし、その異形の眼球にもティウィンは
恐怖感や威圧感を感じなかった。青年と同じく、どこかで見たような気はするのだが
……意識が朦朧としていてどうしても思い出せない。
 「ただの通りすがりさ!」
 涼しげなその声と共に、目の前のディルハムは真っ二つに両断されていた。


 「あ……」
 ディルハムの胸に入った無数の細かい亀裂を見て、ルゥは小さく声を上げた。
 ジェノサリアから習った基礎を元にルゥが生み出した技は、拳や蹴りの先に衝撃波
を発生させる技だったのだ。鋭い衝撃波を発生させる事が出来れば、どんなに硬いデ
ィルハムの装甲でもひびを入れたり、貫いたりする事が出来る。
 「やったぁ!」
 五回に一回しか成功しないその賭に、ルゥは勝ったのだ。そのまま連続で拳打を叩
き込みさえすれば、ディルハムの分厚い装甲を破ることも不可能ではないかも知れな
い。
 だが。
 「きゃぁぁっ!」
 後ろから聞こえてきた、ユノスの声。
 ユウマとティウィンの防衛ラインを突っ切って侵入してきたディルハムは、一体で
はなかったのだ。
 「大人しく我が主の元へ来て頂きましょうか……」
 ディルハムは丁寧な口調とは裏腹に、乱暴な動作でユノスを捕まえようと手を伸ば
そうとした。いや、気絶させて連れ去るために、拳を握っているではないか。
 「ご主人さまぁっ!」
 どうしようか考える必要もない。
 ルゥはユノスを助けるべく、ディルハムに飛びかかったのとは比べものにならない
ほどのダッシュを掛けた。


 「さて……ティウィンには散々迷惑を掛けてしまったからな……」
 気を失ってしまったティウィンを空いた左肩にひょいと担ぎ上げ、青年は3mの魔
剣を軽く構え直す。
 青年はこの状態で圧倒的な数のディルハムの部隊と戦おうというのか。
 「次に頑張るのは僕の仕事だ」
 だが、青年は襲いかかってきたディルハムの剣をあっさりと魔剣で受け止めたかと
思うと………
 ガキィッ!
 魔剣を巨大な顎門へと変化させ、剣ごとディルハムを噛み砕かせたではないか。
 異形の剣の化身した巨大なアゴに噛みつかれたディルハムの鋼鉄の体がギシギシと
いう軋んだ音を立て……
 バキ……ッ
 真っ二つに噛み千切られる。
 「こんなものか……」
 青年はニヤリと好戦的な笑みを浮かべると、ほんの数秒前までディルハムだったも
のの残骸をぽいと放り捨てた。同時に、巨大な顎門となっていた大剣を元の姿へと戻
させる。
 「ならば、今度はこちらから行くぞ!」
 片手だけで剣を構えた青年はそう言うなり、十体を超えるほどのディルハムの部隊
の中に突っ込んでいった。


 キィン!
 金属製の物が破壊されたときの、妙に澄んだ音が響き渡った。
 「な……馬鹿な……」
 砕かれたのは、トゥグリクの剣。
 砕いたのは、アズマの拳。
 「抵抗したな……」
 トゥグリクは、小さく声を放った。どうやらディルハムにもプライド……というか、
それに類する物があるらしい。
 「やれ! お前達っ!」
 その声に応じ、ラーミィの腕を掴んでいたディルハムが、動……こうとはした。
 そう。動こうとは、したのだ。
 しかし、出来なかった。
 トゥグリクの懐にいたアズマが一瞬のうちに二体のディルハムとの間合を詰め、鋭
い回し蹴りを放ったのだ。
 二体のディルハムの頭は指揮官であるトゥグリクの命令を聞く前に、アズマの蹴撃
によってはじき飛ばされてしまう。ディルハムは頭を飛ばされたくらいでは壊れはし
ないが、命令を実行する頭脳を失ったディルハムなど役には立たないだろう。
 「……信じられん……。人間にこれ程のスペックが……」
 無言でトゥグリクの方に顔を向ける、アズマ。
 「くっ……」
 叩き折られた剣を捨て、指揮官級ディルハムは鋼鉄の両腕を構えた。指揮官級のト
ゥグリクには、格闘戦も可能な設計が施されている。重装甲とパワーを生かせる戦い
になれば、人間ごときに勝ち目などない。
 だが、その余裕もそこまでだった。
 「は………」
 最後に見えたのは、目の前一杯に広がったアズマの掌。
 その後に蒸気で動く頭脳に伝わってきたのは、体中に叩き込まれてくる無数のアズ
マの拳の情報と、自らの体のダメージ状況。一瞬で指揮官級ディルハムから、ただの
鉄屑へと変えられていく自分の状況だ。
 ほんの、数秒の間の出来事。
 「化け物……」
 それが、指揮官級ディルハム……トゥグリクの最後の言葉だった。


 「さて……と。お前には随分と借りを作ってしまったようだな」
 「何。気にするな。私は卑怯者が許せないだけだ」
 背中の槍を構え直したジェノサリアの言葉に、全く躊躇せずにそう答えるカイラ。
 「どうやらここの敵ももう少しのようだな。後少しで……勝てる」
 こちらの犠牲もかなりのようだが、ディルハムの数も随分と減っている。この左翼
部分は、何とか勝利を収められそうだった。
 「む………?」
 「どうした?」
 何の前触れもなく走り出したカイラを、ジェノサリアは慌てて追いかける。
 「貴様ぁっ! そんな事をして卑怯だとは思わんのかぁっ!」
 「わぁぁっ! こいつ、俺達は味方だ、味方ぁっ!」
 「うるさい! 卑怯者に敵も味方もあるかっ!」
 ようやく追いついたジェノサリアが見たものは、カイラにドロップキックをぶちか
まされている一人の傭兵の姿だった。こいつも何か卑怯なことをしてしまったらしい。
 「………本当の敵は、あいつかもな」
 何だかどーしようもない脱力感に襲われてしまったジェノサリアは、その脱力感の
原因をジェノサイドストームなどという大技を使ったから……という事にムリヤリ決
めていた。


 「ルゥちゃんっ!」
 ディルハムに吹っ飛ばされたルゥを抱きしめ、ユノスは叫び声を上げる。
 「大丈夫だった? ご主人さまぁ……」
 声を出すのも辛いのだろう。消え入りそうな声で、返事を返すルゥ。
 「うん。大丈夫……」
 「ルゥね、前のご主人さまがルゥをかばって死んじゃった時、何でそんな事したの
かなぁってずっと考えてたんだ……」
 誰かがそれは、「ご主人さまの優しさだよ」と教えてくれた。だが、ルゥはそんな
事は理解できなかったのだ。
 「けどね、今はご主人さまの気持ち、よぉく分かるんだ……。ルゥも、ご主人さま
のこと、大好きだもん」
 「ルゥちゃん、今は無理しないで……。ユノスさんを悲しませるような事、したく
ないでしょう?」
 傍に駆け寄ってきたクレスが急いで治癒術の詠唱を始める。この場はクレスに任せ
ておけば大丈夫だろう。
 「クレスさん、後はお願いします……」
 だから、ユノスは立ち上がった。
 「ユノスさん……一体何を…?」
 「私……あいつを、倒します」


 「さすが伝説の地の民……見事な戦いぶりだな」
 突如舞い降りてきた鋼鉄の竜に、シークは無言でガダルーラを構える。
 「喋るところを見ると、貴公も指揮官級ディルハムの一人ですか?」
 竜の上に乗っていたのは、漆黒の鎧に身を包んだ細身の影。だが、3mが標準のデ
ィルハムと違い、この鎧の騎士は普通の人間と同じくらいの大きさしかない。
 よく考えるとこの男、どこかでシークは見た覚えがある。
 「いや……違いますね。確か…」
 と、向こうで兵卒級ディルハムを狩っていたナイラが戻ってきた。
 「マナト様!」
 戻ってくるなり、思わず大声を上げてしまう。
 「ナイラか。任務ご苦労」
 そこに至って、シークはようやく思い出した。7日前にナイラと会った時に見た、
竜に乗った騎士。
 あいつだ。
 「マナト……と言うことは、ユノスの兄上ですか?」
 シークの言葉に小さく首を傾げ、やがて合点が行ったのか、黒鎧の騎士……マナト
は返事を返した。
 「ああ。奴はユノス……と名乗っているのか。そうか……」
 「はい。ユノス=クラウディアという偽名を使っていたので探索は難航したのです
が、ようやくお会いする事が出来ました。事情は彼らには全て話してあります」
 ナイラの簡潔な報告に頷き、マナトはかぶっていた漆黒の兜をゆっくりと脱いだ。
短い漆黒の髪と黒い瞳がユノスやナイラとよく似ているのに、シークは気付く。血族
間結婚を続けていると、こういうよく似た顔立ちの人間ばかりになってしまうのだろ
うか。
 「初めまして……になるのかな。私が、君たちがユノスと呼んでいる娘の兄の、マ
ナトだ」


 「手加減なんか出来そうにないから、先に聞いておくわね」
 いつもの穏やかな雰囲気とは全く違う鋭い口調で、ユノスは目の前のディルハムに
言葉を投げつけた。
 「貴方の名前は? 指揮官級なのだから、名前くらいあるのでしょう?」
 「マルカ。しかし、いくら偉大なる炎の巫女とは言え、そう簡単に我らディルハム
が倒せるとでも思っているのか……?」
 だが。
 轟ッ!
 次の瞬間、指揮官級ディルハム『マルカ』は突如巻き起こった天を突くほどの巨大
な炎の渦に飲み込まれていた。
 「だから言ったでしょう……『手加減できないって』」
 少しずつダメージを与える戦い方ならば、もっと時間が掛かっていただろう。それ
に、今の攻撃も随分と威力をセーブして放った一撃なのだ。
 もともと彼女の力は桁外れに大きい存在を相手に振るわれる力である。大は小を兼
ねると言うが、あまりにも大きすぎる力は、小を兼ねない。
 「だから、こんな力使いたくないのに……」
 ただの鉄塊と化したマルカだったものを寂しげに見遣り、ユノスは小さく呟いてい
た。
続劇
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