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読者参加型プライベート・リアクション
ユノス=クラウディア
第3話 そして、巻きおこる嵐(その2)



Act2:ささやかな異変

 「ここかぁ……」
 『温泉の街 ユノス=クラウディアへようこそ』とでかでかと書かれている妙に
安っぽい看板を見上げ、少年は思わず声を洩らしていた。夕日の下で見る『温泉の
街』というフレーズは塗料の乾き具合と合わせて見るからに新しく、いかにも後で書
き加えた風だな……と少年は思ったが、だからと言ってどうこうすべき事でもない。
 「ザキエルのおかげで早く着いたよ。ありがとう」
 にっこりと笑顔を浮かべ、少年は肩の上の少女にそう言葉を掛けた。一人だと、こ
こに辿り着くまでにもっと時間が掛かっていたに違いない。少なくとも、今日中にこ
の街に着く事はなかっただろう。
 「……そんなぁ…」
 少年にしがみ付いたまま、小さな娘は顔を真っ赤にして恥ずかしがった。七割は嬉
しさから、残りの三割はまわりの人間からの視線で…と言ったところだろう。ベル
ディスやプテリュクスならともかく、妖精は宿場町のユノス=クラウディアでも割と
珍しい部類の存在に入る。
 「……あ、ありがとうございますぅ」
 ようやく言葉を紡ぎだした少女に優しげな表情を返すと、少年は再び安っぽい看板
を見上げた。
 「さて、と。とりあえず今日は、兄さまよりも止まる所を探さないとね」


 「騒がしい……」
 青年はベッドから起き上がるなり、不機嫌さを顕にそう呟いた。
 彼の時間……夜の始まりを告げる日没までは、もうしばらくの時間がある。青年は
それまでの刹那の時間を、心地よい微睡みの中で過ごしていたのだが……
 「いくら酒場とは言え……」
 彼の部屋の2階下は酒場である。酒場だから騒がしいのは当たり前といえば当たり
前だ。
 だが。
 「限度を知らないのか…」
 やけに、騒がしいのだ。
 確かに今までにも酒場が騒がしい日はあったし、地震でなら安眠を妨害された日も
ある。しかし、下の酒場が騒がしくなるのは仕事が終わった日没以降であり、こんな
時間から騒がしくなった事はなかった。
 「祭日ではなかったはずだけれど……」
 再び寝る気はさすがに失せたのか、青年はベッドから降りてサイドボードに置いて
あった書物を開いた。日が完全に沈むまでは、外に出る気も起こらない。
 「一体、何があったんだ」
 暇潰しの本を適当に斜め読みしながら、青年は再び響いてきた階下の声に形の良い
眉をひそめた。


 「ふにゃぁぁぁ……。ルゥ、疲れたよぉ」
 酒場のカウンターに突っ伏したまま、ルゥは大きなため息を吐いた。頭に生えてい
る猫の耳も、力なくぐったりとしたままだ。
 「本当、何だったんでしょうね」
 いつもはそんな素振りも見せないクレスも、流石に疲労の色を隠せないらしい。流
石にルゥほどぐったりとはしていないが、綺麗に整えられた青い髪が所々乱れてい
る。
 「いつもはこんなにお客さん、来ないんだけどねぇ。普段の三倍は来てた……か
ね?」
 そう。大地亭の酒場の客が、今日はやけに多かったのである。この『氷の大地亭』
の女主人であるクローネの大雑把な勘定で行けば、普段の三倍か、それ以上も。
 「ディルハム絡みでヤケになったんじゃねえの?」
 と、残っていた客の少年が面倒臭そうに口を開いた。かなりのペースで飲んでいる
らしく、今日キープしたての高価そうなボトルはもう半分くらいしか残っていない。
 「あれだけごっついのがちょくちょく襲って来ちゃあ、酒でも飲んで憂さ晴らしす
るしかねえもんな。ま、今はどこ行ってもあんまし変わんねえけどよ……。なぁ、大
将」
 そう言うと、黒髪の少年は向かいに座っている眼帯の青年に同意を求めた。
 そうなのだ。モンド=メルヴェイユの各地ではコルノとプテリュクスという二種族
間の争いが続いていて、エスタンシアが降下してからも終結の気配はまったく見られ
ない。それどころか、エスタンシア人が加わってからは戦いの混乱に拍車がかかって
いるとも言われている。
 極端な話、コルノやプテリュクスの干渉のないユノス=クラウディアは、ディルハ
ムや地震の事を勘定に入れてもまだまだ平和な場所なのだ。さすがに夜出歩く人間は
減っていたが、ディルハムの所為でここから引っ越す…といった人間はそれこそ数え
るほどしかいない。
 そんな事を話していると、厨房の奥から一人の女性が出てきた。料理人のラミュエ
ルだ。
 「すみません。今日はもう上がらせてもらいます……。片付けと仕込みはしておき
ましたので……」
 「ああ、ラミュエルさん。今日はお疲れ様」
 クローネもある程度は手伝ったとは言え、ほとんど彼女一人で今日の膨大な注文を
さばいていたのである。応対していたクレス達も大変だったろうが、その疲労は尋常
なものではないだろう。
 「あ、クローネさん。お仕事、明日も夕方からで構いませんか……? ちょっとお
買い物に行きたいもので」
 「そりゃ構わないけど……今日の買い物で足りないものでもあったのかい?」
 確か、今日の休みの目的も買い物か何かだったはずだ。まあ、普段働き過ぎなくら
い働いてくれているラミュエルだから、特に問題はないのだが。
 「ええ。ちょっと……。それじゃ、失礼します……」
 「今日はお疲れ様。ゆっくり休むと良いよ」
 一本にまとめた三つ編みをゆらゆらと揺らしつつ、ラミュエルは階上の彼女の部屋
へと戻っていった。
 「さて……と。悪いけど、今日は看板にさせてもらえないかな?」
 クローネは今だに残っている二人の客……黒髪の少年と、眼帯の青年に向かって声
を掛ける。
 「ああ。俺達もそろそろ上がろうと思ってた所だから。それじゃ、このボトルは…
…」
 「部屋だろ? 持って行っていいよ」
 「それじゃ。おい、レリエル、行くぞ」
 黒髪の少年と眼帯の青年…レリエルとシュナイトが階上に消えたのを見届けると、
今度は休憩を取っていた残りのスタッフに声を掛け……ようとした。
 「とりあえずユノスはルゥちゃん連れて、先に上がりなさいな。よく寝てるから、
起こすのも可哀相だしさ」
 既にくぅくぅと寝息を立てているルゥを見遣り、クローネは小さく苦笑を浮かべ
る。
 「え、でも……」
 「風邪引かせちゃ可哀相だしね。それに、最近何だか夜おそくまで頑張ってるみた
いだし……」
 何やら意味深なクローネの言葉に首を傾げつつも、結局自分達の部屋へと戻ってい
くユノス。
 「それじゃ、軽く掃除してあたし達も終わりにしようかね。今日はお疲れ様」
続劇
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