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読者参加型プライベート・リアクション
ユノス=クラウディア
第3話 そして、巻きおこる嵐(その3)



Act3:それぞれ・求めるもの(3-days[after] ・5日目)

 「昨日は変に騒がしかったけど…寝られたかい?」
 「は、はい。おかげさまで」
 少年は宿の女将に礼儀正しい返事を返した。確かに昨日の晩は酒場が騒がしかった
が、少年もお供の妖精の娘も特に寝られなかった……わけではない。ああいった大騒
ぎは故郷ではよくある事だから、慣れていたのである。
 「そうかい。それじゃ、気をつけて出掛けといで。部屋はちゃんと掃除しとくか
ら」
 少年は当分はこのユノス=クラウディアの街にいるらしい。そういうわけで、女将
……クローネは少年から数日分の滞在日をすでに受け取っていた。
 客の扱いは公平に、が原則とは言え、やはり料金先払いの客に対する態度は自然と
良くなってしまう。
 「はい。それでは、よろしくお願いします」
 そして、少年はお供の妖精……ザキエルを連れ、『氷の大地亭』を後にした。
 この街にいるはずの、彼の兄を見付けるために。


 「へぇ……。温泉って、火山活動が原因なんだ……?」
 牛乳瓶の入った箱をがちゃがちゃと運びながら、ラーミィは足元を歩いている珍獣
に声を掛けた。
 「せや。まあ、ちっとはワシも勉強しとんのや。この地震も温泉も全部、火山の活
動が激しくなっとるせいなんやで」
 半分は、嘘である。実際には彼が独力で勉強したのではなく、シュナイトやフォリ
ントから仕入れた情報を適当にまとめたに過ぎない。
 「ふぅん」
 と、ラーミィはそこまで言ってふと、足を止める。
 「ねえ、ポッケ。火山の活動が激しいって、最後はどうなるの?」
 「う〜ん……。そりゃまあ……」
 答えに詰まるポッケ。そこまでの事はシュナイト達に聞いてはいないのだ。
 だが、その質問に答えたのはポッケではなかった。
 「十中八九、『どか〜ん』……じゃろうなぁ。まあ、当分は大丈夫だと思うがの
う」
 ガラ・パゴス。この『氷の大地亭』の庭師の青年である。相変わらず本気とも冗談
ともつかぬ雰囲気を漂わせて、のんびりとそこに立っていた。
 「どか〜ん……って……」
 呆然とその言葉を反芻するラーミィ。その言葉の意味を完全に理解する直前……。
 「安心せい。『どか〜ん』となるのはこの街から随分と離れた所のハズじゃ。少々
爆発したとしても、明日明後日にこの街が滅ぶような事はありゃせんて」
 「そう……なんだ。よかったぁ」
 ガラのフォローに、ほっと胸を撫で下ろす。牛乳瓶の箱を抱えていたから、両手は
塞がっていたが。
 「けど、どうしてガラさんにそんな事が分かるの? 精霊さんにでも聞いたのなら
ともかく……」
 「勘じゃよ」
 あまりに単純なガラの返答に、ラーミィは言葉を失った。
 「じゃが、わしの勘はよく当たるぞ。多分、そこらの占い師よりものう」
 「へ……へぇ……」
 呆気に取られているラーミィを気にしているのかいないのか。カラカラと笑いつ
つ、ガラはそのままどこかへ行ってしまった。


 「何だ、あれは……?」
 目の前の光景を見遣り、女性は流石に呆然と呟いた。
 一人の女性が居る。どうやら女性はアクセサリーだか魔法絡みの品を置いた店だか
を巡っているらしい。女性はベルディスの娘のようだが、たとえそれがコルノの娘
だったとしても、その光景に問題があるわけではない。どこにでもある、ごくごく平
凡な光景だろう。
 異常は娘本人ではなく、まわりにあった。
 娘を取り囲む、大量の人、人、人。
 中央の娘が動けば、まわりの人だかりも動く。娘が何か喋ったり笑ったりすれば、
まわりの人だかりも湧く。
 はっきり言って正常な光景とは思えない。
 「どこかの国家要人か?」
 女性は職業柄、何度かそういう警護の仕事もやった事があった。しかし、そういう
要人クラスの人間がこんな場末の市場にやって来るとは思えないし、仮に来たとして
もここまで人が集まるほどの事はあるまい。
 「あるいは、どこぞの有名女優か……」
 戦いに生きてきた彼女は、そちらの方面の情報には全くといって良いほど疎かっ
た。せいぜい、宿の酒場のカウンターに立っている美女がそういう仕事をしているら
しい…というのが、彼女の知っている芸能関係の話のほぼ全てである。
 「まあ、いいか」
 そうこうしている内にその人だかりはどこかへ行ってしまった。目の前からいなく
なった事で興味を失ったのか、女性は寄ろうと思っていた果物屋の親父に声を掛け
る。
 「親父、そこのレモンを一袋貰おうか」
 「へいっ。おねーさん美人だから、おまけしとくよ」
 「悪いな」
 何やら膨大な量のレモンの入った紙袋を抱え、女性もどこへともなく歩きだす。
 深紅の翼を持った女性が市場の雑踏の中に姿を消すまでに、それほどの時間は掛か
らなかった。


 「お前、強いだろう?」
 「は?」
 新しい物干し竿をひょいと物干台に引っ掛けつつ、ガラは呆れたように返答を返し
た。この掴み所のない青年には珍しく、呆気に取られている。
 「僕と勝負しないか? ちょっと体を動かしたいんだ」
 「そういう事なら、わしに頼むでない、わしに……」
 それでなくても一端の使い手の多いこの大地亭なのだ。この男の子……ユウマ・シ
ドウの稽古の相手を出来る人間など、どこにでもいる。
 「みんな出掛けているんだ。君以外で僕の相手をしてくれそうな人はね」
 シュナイトは例によって図書館だし、熟睡しているシークを起こす事はそれこそ命
に関わる。唯一残っていたアズマは買い出しに出掛けてしまっていた。
 「で、わしというわけか……」
 洗濯カゴの中から今度は長い紐を取り出しつつ、ガラは返事を返す。この紐を植込
みの間に渡して、大きなシーツを乾す為の場所をつくるのだ。
 「悪いが、ほかを当たってくれるかのう? というか、わしはそれほど覚えがある
ワケではないぞ」
 もう少ししたらユノスとルゥが大量の洗濯物を抱えてやってくるだろう。それまで
には、何とか済ませておかなければならない。
 紐を抱えて庭に行ってしまったガラをつまらなそうに見遣り、ユウマは小さく呟い
ていた。
 「誤魔化しても無駄だぞ。あんな物干し竿の持ち方をする連中など、余程の棒術使
いだけなのだからな……」


 「ふぁぁ……」
 小さく欠伸をし、ルゥは乾いた洗濯物の入った洗濯カゴをどんと足元に置いた。
 「眠ぅ……」
 取り込んだばかりの洗濯物はまだ暖かく、お日様のいい匂いを一杯に含んでいる。
 『ここでお昼寝したらどんなにか気持ちいいだろう』
 そんな考えが、頭の八割が眠気で占められている今のルーティアを優しく誘ってく
る。
 昨日の夜は酒場の仕事でくたくただった。そして、今日もろくに眠らずに大地亭の
仕事をしているのだ。
 「ふにゃぁぁ……。ぽかぽかするぅ……」
 また、あくび。
 頭はもう完全に眠っている。後は、この暖かい場所に潜り込んで、疲れ切った体の
方も休ませるだけだ。
 「ルゥちゃん。どうしたの?」
 と、そこに掛けられる、優しい声。
 「ふにゃ? ご主人さまぁ……」
 寝呆けまなこをこすりつつ、声の方を見遣る。
 夕日の逆光になって影だけしか見えない。だが、その声は懐かしい……。
 「あ、ご主人さまだぁ…。ご主人さま、ほんとは生き……て………あ」
 意識の、覚醒。
 「ルゥちゃん、そんなところで寝てると、風邪ひいちゃうよ」
 「…………」
 返事のないルゥに、ユノスは再び声を掛ける。
 「ルゥちゃんってば」
 「……あ、うん」
 ふたつ返事で返事を返すルゥ。
 (ルゥ……やっぱり…………?)
 ルーティアは血のように真っ赤な夕焼けを見遣り、小さくため息を吐いた。
続劇
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