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−第3話(前編)・Prologue−
 『ユノス=クラウディア』という街がある。  エスタンシアの降下した地・モンド=メルヴェイユのさる街道添いにある宿場街 だ。  周囲を乱気流の吹く険しい火山性山地…ラフィア山地に囲まれており、街道以外に はまともな侵入経路など見当らない。この天然の要害とも言える地形は、コルノやプ テリュクスの侵略を防ぐ絶好の防壁として機能していた。  さらに、今はエスタンシア大陸がある。  敵とも味方とも知れない未知数の力を秘めたこの浮遊大陸が睨みを効かせている以 上、コルノ・プテリュクス両陣営とも、うかつな侵略行動は絶対に不可能なものと なっていた。  すなわち、コルノやプテリュクスから独立している街と言う事になる。歩いて数日 の所にあるエスタンシア大陸から入ってくる冒険者、そして、突如として湧き始めた 温泉を目的とした湯治客など旅人の数は非常に多い。  街は、ざわめいていた。  すぐに来る、激しい嵐から身を護らんが為に。



読者参加型プライベート・リアクション
ユノス=クラウディア
第3話 そして、巻きおこる嵐(その1)



Act1:街道にて(3-days[after] ・4日目)

 騎士服をまとった少年は一人、足を止めた。
 「おかしいなぁ……」
 小さく呟きつつ、ポケットに入れておいた羊皮紙製の地図をがさがさと広げる。す
でに街道の端に寄っているから、道を歩いている人達の邪魔になる事もない。
 「う〜ん……」
 羊皮紙の上に描かれた街道の筋を目で追いつつ、少年は首を傾げる。多少高めの
ボーイソプラノは、ともすれば少女のようにも見える少年に良く似合っていた。
 「マスター。あの……」
 と、思案顔の少年に小さな声が掛けられる。
 ともすれば聞き落としてしまいそうな、小さな声が。
 「ん? どうしたんだい、ザキエル?」
 だが、少年はそれを聞き逃すほど不注意な性格ではなかった。まあ、自らの肩の上
から聞こえてくる声なのだから、聞き逃そうはずもないのだが……。
 「あの……その……」
 少年の肩に腰掛けていた小さな声の主……ザキエルと呼ばれた娘は、少年の問い掛
けに恥ずかしいような、困ったような態度を返した。言いはしたものの、どうしたら
いいのか困っているのだ。
 「いいよ。そんなに困らなくっても」
 「あ…はい」
 少年の優しい声に意を決したらしく、ザキエルは背中の翅を広げ、地図の上へとひ
らりと舞い降りる。その可憐な姿は、さながらお伽話に出てくる妖精を思い起させ
た。
 「あの、道って……」
 細い指先をつぃ…と地図の上に走らせ、ザキエルは街道の一点を示す。さっき通っ
た三叉路の、二人が通らなかった方の道だ。
 「こっちだと……思いますぅ」
 「あれ? そう……だったっけ?」
 ザキエルに指された方を見て、少年は首を傾げた。故郷と違ってまだ慣れてない道
だから、今一つ感覚が掴めない。
 「やっぱり……違い…ますか?」
 もともと少年の方にも確信があるわけではないのだ。ただ、そうじゃないかな……
という気がしただけである。
 「う〜ん……。分かんないけど、とりあえずそっちに行ってみよう。ほら、乗っ
て」
 「あ、はぁい」
 小さな妖精の娘が自らの肩に腰を下ろしたのを確認すると、少年は羊皮氏の地図を
がさがさと仕舞う。
 「それじゃ、行こうか」
 そして、二人は歩き始めた。
 ユノス=クラウディアの街へと向かって。


 「ん? 手紙かい?」
 カウンターに頬杖を突いたまま、シュナイトはカウンターの向こうの美女……クレ
スに声を掛けた。
 「はい。わたくしの劇団からの手紙ですが……ご覧になりますか?」
 次の公演スケジュールについての手紙だ。ただの予定表だから部外秘と言うわけで
もないし、別段プライベートな事でもない。それに、もう一月もすればこの氷の大地
亭にもポスターの一枚も来るだろう。
 クレスから手紙を受け取ったシュナイトは、片方だけの瞳でその予定表にざっと目
を通す。演目自体は割とポピュラーな、シュナイトも知っているものだった。さすが
に役者の方はクレスの名前しか分からなかったが。
 「へぇ……。三ヵ月後か……」
 「けど、練習もありますから、あと二ヵ月くらいで戻らないと……」
 返してもらった手紙を趣味の良い装飾の入った封筒に戻しつつ、クレスは答える。
 「それまでには……」
 それに続くのは、憂いのこもった、少しだけ心配そうな声。
 「そう……だな……」
 シュナイトもその声の意味を察したらしく、解いていた頬杖を再び突きなおした。
 二人が考えているのは、一人の少女の事。おそらくは、向こうの席で遅目の朝食を
取っている男の子達も考えているであろう、一人の少女の事だ。
 その二人の不安を煽りたてるように、板張の床がゆらゆらと揺れた。このユノス=
クラウディアの街に最近起こるようになった、群発地震だ。
 「誰か、さっさと話した方がいいのかもな……」
 そんな事を考えていると、二階の方から何か騒がしいものが降りてきた。

 「さて。今日はどこで働いてもらおうか……。男湯と女湯の間仕切りは昨日のうち
に出来てしまったし……」
 「カ、カイラさーん……。もういいじゃないですか……」
 背の高い少年を引き連れて降りてきたのは、カイラだ。
 だが、少年の発言を聞くや、歩みをぴたりと止める。
 「もういい……だと? アズマ・ルイナー。貴様はまだ分かっていないようだ
な!」
 少年……アズマは直感的に『ヤバい』と思ったが、さすがにもう遅かった。
 「お前がやった事は男として恥じるべき事なのだぞ! それを……(以下略)」
 彼女の説教が始まってしまったのだ。こうなると、最低でも二時間はこの調子なの
をアズマはこの二日間で思い知らされていた。
 「…女性の裸体を見たいのであれば、正々堂々と申し込め! 私は何か間違った事
を言っているか?」
 何だか間違っているような間違っていないような質問だが、そんな些細な事を気に
するカイラではない。とりあえず彼女の問いに合わせて首を振ったアズマに、満足そ
うに首肯き返す。
 「よし。それでは今日は、この宿の屋根の点検と補修を行なう! 最近は屋根の上
をうろつく非常識な輩も増えている事だしな。文句はないな?」
 向こうで朝食を取っている男の子と少女の方をちらりと見遣りつつ、カイラは元気
よく声を上げる。
 「……はいはい」
 さすがにナゲヤリなアズマ。何かしら人の役に立つ仕事ではあるから、特に反論は
ない(あったとしても反論の通じる相手ではないが)。
 「はいは一度!」
 「はい!」
 アズマは半ばヤケ気味に返事を返す。もともと三日くらいは部屋に閉じ篭もってい
たかったのに、こうして連れ出されているのだ。ヤケにもなる。
 「だが、その前に私も朝食を取らねばな。まだ朝食は出して貰えるかな?」
 「あ、はい。大丈夫ですよ」
 今日の朝は料理人のラミュエルが所用とかで、珍しく休みを取っていたのだ。ま
あ、女将のクローネはいつも通り入っていたし、クレスも最近は簡単なものならば見
様見真似で作る事が出来るようになっていたから、忙しいのを除けば特に大きな問題
もなかったのだが。
 「少し待ってて下さいね」
 早速、かまどの火の勢いを強めるクレス。燃料の節約と、強い地震が起こった時に
対処できるように、使わないときのかまどは火を落としているのだ。
 「……大変だな。アズマ君も」
 カイラと別れてカウンターに座ってきたアズマに、シュナイトは苦笑しつつ声を掛
けた。


 「で、追いやられちゃったんですかぁ? ユウマさんもクリオネさんも」
 洗いたてのシーツを干しながら、黒髪の少女は庭の向こうで巨大な剣を素振りして
いる男の子に声をかけた。
 「追いやられたというのは語弊があるな、ユノス=クラウディア」
 何となく不機嫌そうに、男の子…ユウマの方から返事が帰って来る。少女…クリオ
ネの方はどうやら冥想でもしているらしく、返事はない。
 ユウマがいつも通り屋根の上で過ごしていると、例の説教する女性と覗きをした少
年がやって来たのだ。このまま屋根の上にいるのは無駄で不毛な争いになると思い、
男の子はさっさと下に降りてきたのである。
 「そうよのぅ……。まあ、戦術的撤退とでも言ったところかな?」
 洗濯物を干すのを手伝っていた男が、からからと笑いながら口を開いた。口調こそ
やけに年取って聞こえるが、まだ青年とでも言うべき容姿をしている男だ。
 「戦術的撤退か……。うん。そっちの方が良いな」
 ユウマは大剣をずしり…と降ろすと、ふぅ、と一息吐いた。自分の身長よりも巨大
な剣をぶんぶん振り回していたというのに、汗ひとつかいていない。いつもの屋根と
違って地形の安定している平地での運動だったから、普段の倍は大剣を振っていたの
だが。
 「どう違うんですか? ガラさん」
 ユノスがそんな事を聞いていると、大剣を小さな魔獣の姿へ戻したユウマもガラ達
の方へとやってきた。やはり何となく気になるのだろう。
 「そうよのぅ……強いて言えば、考えが有るか無いか…くらいのものかのう?」
 男の子と少女の好奇心に満ちた視線を受けつつ、青年……ガラは平然と答える。
 と、冥想をしていた少女は瞳を閉じたまま、三人に聞こえないような声で小さく呟
いた。
 「何よ。結局一緒って事じゃない……」



 「ふむ……。地震で少しは影響があるかと思っていたが……」
 口にしていたサンドイッチを飲み込んでから、カイラは妙に堂々と呟いた。いい食
材を使っているのだろう。味は悪くない。
 屋根の上でアズマの作業の監督をしていると、一人の少女がアズマにと昼食の差し
入れを持って来たのである。丁度良い時間だったこともあり、そのまま屋根の上で昼
食という事になったのだ。
 ちなみに、屋根の上での食事に関しては、何故かカイラは異議を唱えなかった。
 「いい仕事をしている」
 氷の大地亭はエスタンシアからの冒険者などが定宿としているだけあり、普通の宿
よりも頑丈に作ってあったのだ。さすがに派手な魔法や技などを使えばひとたまりも
ないだろうが、多少屋根の上で暴れたくらいでどうにかなるほど脆弱でも無い。
 「カイラさん。今日はこれで上がっていいスか? 俺も一応、宿の仕事があるもん
で……」
 こちらもサンドイッチを口にしつつ、アズマが口を開いた。が、びしぃっ! っと
カイラに指を指されてしまう。
 「口の中に物を入れたまま喋るんじゃないっ!」
 再び口にしていたサンドイッチをわざわざ飲み込んでから、カイラは叫ぶ。サンド
イッチを飲み込むまでに開いた間が何ともマヌケだったが、そんな些細な事をカイラ
が気にする様子はなかった。
 「まあ、壊れた箇所が無いのなら仕方ないな……」
 カイラのその言葉に、アズマはほっと胸を撫で下ろす。これも一応宿の仕事となっ
ているが、アズマにだって与えられた役目があるのだ。今日は午後から宿の仕事に
なっているからカイラの指示で働いていたが、さすがに昼以降まで付き合う事は出来
ない。
 「ならば、次の箇所に行くとしよう。昨日は私は所用で留守にしていたが、今日は
特にやるべき事はないからな」
 がっくり。
 「あの……そうじゃなくって……」
 カイラはアズマの言葉などどこ吹く風。ラーミィの持って来たサンドイッチを無言
で食べている。
 「カイラさん!」
 と、今まで沈黙を保っていたラーミィが口を開いた。もちろん、アズマと一緒に食
べていたサンドイッチは飲み込んだ後だ。
 「アズマくん、今から大地亭のお仕事なの。他に何かやる事があるんだったら、ボ
クがやるから……アズマくんをお仕事に行かせてあげてくれない?」
 真剣な表情で問い掛けるラーミィ。しかし、その真剣なラーミィにもカイラが押さ
れた気配はない。
 辺りを、言いようもない緊張が包む。
 「ラーミィ……ンな事しなくってもいいって。俺の失敗は俺の失敗だか…」
 「アズマ・ルイナー」
 アズマの言葉を遮り、ようやくカイラが口を開いた。
 「彼女に免じて、お前の事は無かったものとしよう。頑張って大地亭の仕事に励み
たまえ」
 ゆっくりと立ち上がり、屋根の隅にかかっているハシゴの方に歩き始める。
 「それから、仕事がないのならば屋根の上からはさっさと降りる事だな。屋根の上
は人の歩く所では無いぞ」
 屋根の上で働いていたから、その間は屋根で食事をしてもOKだったらしい。何と
も彼女らしい捨て台詞に、アズマとラーミィは思わず顔を見合わせた。
続劇
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