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「どう思う? 繊丸」
 豪奢な応接室らしき部屋に響いたのは、老人の声だった。間違いなく老爺の声なのだが、齢を感じさせる弱々しさなどどこにもなく、経験と意志を積み重ねた重みだけが、そこにはあった。
「テラダイバーですか……」
 答えたのは少年の声だ。重厚な老爺の声とは対照的な、若い声。
「まだ、早いのでは?」
「そうだ。まだ早い」
 2人は互いを見ていない。見ているのは、ディスプレイに映し出された蒼い巨人……力王の姿。
「故に、儂が出る。音印も来ている事だしな」
「音印はともかく……お爺様が?」
「ああ。これを使えば、儂でも何とかなろう」
 そう言って老人は机の前に置かれたファイルを無造作に取り上げた。電話帳ほどもあるそれは結構な重さがあるはずだが、老爺は重さなど感じさせない動きで取り、開く。
「そうですか。お気を付けて……」


テラダイバーリキオウ
第03話
『鋼鉄の蠍ゲンオウ』


「なぁ……」
 延々と続く廊下をモップがけしながら、セイキチは隣の力王に小さな声で声を掛けた。
「ん……?」
 気乗りした風もなく、力王は答える。
「あれって、何なんだ?」
 あれ。
 言うまでもなく、『アレ』である。
 山肌に穿たれたクレーターから姿を見せた、蒼い巨人。力王が変化した『それ』が学園都市に出現した巨大怪物を倒したと知ったのは、避難騒ぎが落ち着いてからの事だ。
「分かんねえ」
 騒ぎが落ち着き、夜が明けて。行方不明になっていた彼らは、こうして罰掃除をやらされている。
「分かんねえって……」
「なんか、気が付いたら、ああなってた」
 何かに呼ばれるかのように市街地に向かい、片腕を落とされた警備兵と会話したあたりまでは、何となく記憶がある。だが、その後の事は……ぼんやりとしか覚えていないのだ。
 夢の中か、寝ぼけている程度のイメージしか残っていない。自分がした事のほとんどは、今ほとんどのチャンネルを占領している緊急報道で知らされたのだから。
「でも、あの怪物をやっつけたの、お前だろ?」
「ああ。多分、そうなんだと思う」
 おぼろげに記憶が戻り始めたのは、怪物と、防衛軍の戦車隊を倒してから。ぼんやりと『逃げなければ』、と思い、文字通りの一跳びでその場を逃げ出した。
 はっきりと覚えているのは、その後からだ。
 クレーターの中に立っている異形の自分。それを見下ろす友人達。そして、鞠那静の小さな手の平の冷たさ……。
「いいじゃんかよ、ンな事!」
 そんな事を思い出していると、後から思い切りぶっ叩かれた。
「ハル……」
 モップの柄で殴られた理不尽な痛みに、力王は思わずしゃがみ込んで頭を押さえる。角付きの怪物や戦車と戦っていた時は痛みなど全く感じなかったのに、ハルに殴られた頭はひたすらに痛い。
「あの怪物をぶっ倒して、街の平和を守ったんだろ? カッコイイじゃねえか。防衛軍のは……なぁ……あれは事故だよ、事故」
 と、そう言ってヘラリと笑うハルの頭にも柄が落とされた。ただしこれはモップではなく、ホウキの竹の柄だ。
 ホウキ担当は、源河冬絵である。
「……ガキねぇ、あんた」
「うっせー。つか、ミナも似たようなもんだろ? 何だかんだでリキの事、黙ってたんだし」
 そう。教師に行方不明になっていた理由を問われた時、5人の誰1人として力王の事を話さなかったのだ。もっとも、その時についた嘘が全員バラバラで、担当教師にこっぴどく叱られるハメになったのだが……。
「別に話す事でもないじゃない。力王だって好きでなったわけじゃないみたいだし。結局はあたし達も力王のおかげで助かったんだしさ」
「ま、そういうコトだ。で……」
 相変わらずしゃがみ込んだままの力王の肩を笑顔でポンポンと叩き、ふと、口調を変えるハル。
「一つ、重大な問題があるんだが……」
「……何だ?」
 ハルの口調の深刻さに、立っていた2人はおろか、頭を抱えていた力王すら顔を上げた。
「あの蒼いヤツの名前、なんつーんだ?」
 一同こけた。
「そ、それこそどうでもいいじゃねえか……」
「ンだと! 学園都市を守った蒼い戦士。その名は……まだない。じゃ、カッコつかねーだろうが!」
 誰にカッコつけんだか……とは誰も言わなかった。ハルが隠れヒーローマニアなのはこの場にいた3人とも知っていたからだ。
「名前……ねぇ」
 別にどうでもいいじゃん、とも思っていた一同だったが、あまりのハルの真剣さに、決めなければならないかな……という気になってしまう。
 その回答が出てきたのは、意外な所からだった。
「……テラダイバー」
 一人黙々と窓を拭いていた、線の細い少女である。
 静という名前と、その雰囲気に相応しい静かな声で、ぽつりと呟く。
「テラ……何だって?」
「テラダイバー」
 再び繰り返す静。
「テラダイバー? あんま、カッコよくないような……」
「テラダイバー」
 ハルのぼやきにも、静の言葉は変わらない。必要最低限な言葉を、必要最低限な音量で、必要最低限な数だけ繰り返す。
 まるで、それが自分の任務だというかのように。
「ま、いいんじゃね? それで」
 その名に、まず力王が折れた。
「だな」
「ねぇ」
 続いてセイキチとミナが折れる。
 折れたというか、そこまで真剣に名前を決めるのがめんどくさかったのだ。
「何ー! 名前ってなぁ、一生モノなんだぞー!」
「お前らぁ! 真面目に掃除せんかぁっ!」
 結局、教師の乱入により、蒼い闘士の名を決める話はお流れになった。そのまま、なし崩し的にテラダイバーと呼ばれる事になる。
「……」
 名付け親である少女だけはただ一人、黙々と窓を拭き続けていた。


 広い格納庫。そこに朝早く運び込まれた異形の姿を見上げ、男は呆然と呟いた。台場重工の学園都市研究所テストパイロット隊のリーダーで、名を魚沼成生という。
「これが……強襲装兵」
 強襲装兵。その名を知らない者はこの業界……いや、日本にはいないだろう。
 正式名称を、対戦車用強襲装甲歩兵という。
 全長8mほどの人型兵器。91年の湾岸戦争に初めて実戦投入された彼らは、たった10機という戦力にも関わらず、中東軍の戦車部隊に壊滅的な打撃を与えたのだ。パイロットや運用コストなど、問題が山積みだったため7年が経った今でもほとんど普及はしていないが、間違いなく地上最強の陸戦兵器と言っていい。
 それが、目の前に3機も並んでいる。世界最大の経済大国である合衆国の軍事予算でさえ、10機の装兵を維持するのでやっとだというのに。
「すげえな……」
 形状やスペック、操縦法まで、全てが終わった昨夜からぶっ通しで行われたレクチャーとシミュレーターで知り尽くしているつもりだった。
 だが、目の前の『それ』らは……。
 湾岸戦争の時に見た人型らしい物体とは明らかに違う、洗練された獰猛さと精悍さ。そしてそこに『ある』という、確実な存在感を兼ね備えている。
「そうだ」
 と、突然かけられた重々しい声に、成生は慌てて振り返った。
 そこに立っているのは老人と少年だった。老爺の方は老人とは思えぬほどに大きい。170はある成生よりも、二回りは大きかった。
「……何だ、爺さん。お孫さんとの見学なら、ここは立ち入り禁止だぜ?」
 威圧感を感じながらも、そこはもと職業傭兵。圧された様子など見せる風もなく、軽口を叩いてみせる。
「儂の顔も知らんか。傭兵風情ではまあ、仕方あるまいが……」
「……冗談だよ。台場元応老にネイン・ムラサメ、だろ?」
 少年の顔は補充パイロットの資料で十分に見知っていた。老人に至っては、日本の重工業界を裏で仕切る重鎮の一人。この業界で知らない方がモグリというモノだ。
「秘蔵っ子たぁ言え、新人パイロットをスポンサー様直々とは……えらい可愛がりようだな」
 初めて見る機体が珍しいのか、少年は3機ある『ゲンオウ』の周りをしきりに調べて回っていた。
「……どうだね、メガダイバー『ゲンオウ』は」
 重鎮の方も、思ったよりも気さくな様子で『ゲンオウ』の分厚い装甲を叩きながら問いかけてくる。とは言え、生来の威圧感は気さくな様子を圧倒して男に吹き寄せていたが……。
「スペックは悪くないな。シミュレーターの動作もまあまあだ。それ以上は……乗ってみねえと何とも言えねえ」
 成生はその威圧感に耐えるため、軽口を叩くのが精一杯だ。
 ふと、整備班にも聞いてみた質問を思い出した。
「そうだ。火器はないのか?」
 そう。この『ゲンオウ』は格闘用に特化しているのか、火器がない。もともと強襲装兵は近接戦で戦車を制圧するのが目的であるため、重火器を搭載しない風潮ではあるのだが……。
 それでも、近接防御火器すら付いていない装兵を見るのは初めてだった。
「開発中だ。この3機ですら、実験機を無理に回させたのだぞ」
「なるほどな。対『蒼いヤツ』用の秘密兵器……ってトコか」
 考えれば、あの蒼の闘士には近距離からの戦車砲すら通じなかったのだ。少々の火器を載せた所で、誘爆の危険性を増やすだけだろう。
「3機あれば、テラダイバーとて何とかなろう」
「……テラダイバー……ね」
 テラダイバー。それが例の蒼い闘士を指すのだと気付くまで、少しだけ時間がかかった。
 どうやら一晩にしてコードネームが決められたらしい。お世辞にもセンスがいいとは言えないが、いつまでも『蒼いヤツ』のままよりはマシだ。
「では、行くとするか」
「……何?」
 瞬間、シュッという軽い音が響き、『ゲンオウ』のハッチが開いた。
 そこで成生は全てを理解した。
 少年は、物珍しさで機体を見回っていたのではない事に。
 老人も、何の意味もなく装甲を叩いて回っていたのではない事に。
 少年が見ていたのは、機体の整備状況をチェックするため。
 老人が装甲を叩いていたのは、ハッチを開くメンテナンスパネルを開くため。
「これに乗るのは儂と、音印と、お主だ。実働テストは『ギガダイバー』の回収で行う。仮眠は移動中にでも取れ」
 そうこうするうちに、外からはメガダイバーを運ぶためのキャリアーのエンジン音が聞こえてきた。よく見れば、少年のシャツと老人のコートの下は、既に『ゲンオウ』用のパイロットスーツが着込まれているではないか。
「異存はあるまいな? 魚沼成生」
 既に出撃準備が完了している以上、成生に選択肢などありはしなかった。


「回収作業?」
 掃除が終わって一息ついた所に出てきた唐突な単語に、セイキチは不審げな声を上げた。
「ああ。親父からの電話でさ、今からあの怪物を回収する作業があるんだってよ!」
 PHSをポケットにしまいながら、例によってハルは一同にぽそぽそと囁く。既に放課後で教室にも廊下にも彼ら以外誰もいないのだが、気分を優先させる彼には小声で囁くのが重要なポイントらしい。
「回収……ねぇ。そんなの見て面白いの?」
 教科書をカバンに片付けていたミナが首を傾げた。クレーンでつり下げる作業のどこが面白いのか分からない、といった顔だ。
「面白いって。何しろアレだぜ? 台場の新型強襲装兵が、実働試験を兼ねて回収するんだからよ」
 その言葉に、セイキチはへぇ、と呟き、ミナですらそうなの? と聞き返した。強襲装兵という単語には、それだけのインパクトがあるのだ。
「あー。俺、行かね……」
「何ぃっ! 我らがテラダイバーが最初に倒した敵の末路、せめて見届けてやるのが筋ってもんだろー!?」
 一人カバンを取り上げて去り欠ける力王だったが、ハルに後から飛び付かれて動きを止めた。
「……いいよ、ンなの。鞠那もほら、行かねえよな?」
「……別に、いいけど」
 ……沈黙。
 まさか、人付合いの少ない静が行きたいと言うなど誰も思っていなかったのだ。裏切られた形の力王はおろか、残る3人すらも意外なセリフに言葉を失っていた。
「な、なら決まりだな。連行決定ー」
 そして、一同はその場所へと向かう。
 行きたくないと叫ぶ力王を無理矢理に引きずって。



−次回予告−

 彼は唐突に現れた。
「やあ、兄さん」
 穏やかな笑顔と、礼節を守った態度と共に。

 彼は唐突に現れた。
「やあ、兄さん」
 内に秘めた憎悪と、圧倒の狂気を身につけて。

 次回 テラダイバーリキオウ
 第04話『彼は御曹司』
続劇
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