「なるほど……」 無言の静を除く一同の第一声が、それだった。 片側6車線はある学園都市の幹線道路は全線が通行止めになっている。そこに横たわるのは、剣竜に似た異形の怪物。 そして、それを取り囲む3匹の鋼の異形。 鋼鉄の蠍『ゲンオウ』 8mという巨大な蠍達が10mの巨獣を囲む光景は、息を飲むに相応しい光景だった。ただ普通と違うのは、蠍達は巨獣を捕食しているのではなく、大型トレーラーに捕獲しようとしている点だ。 「凄いでしょう?」 見物人に紛れてそんな非日常を見上げている5人に、穏やかな声が掛けられた。 「……」 振り返る一同の前にいたのは、一人の少年。その美形といっていい少年の瞳が、驚きに軽く見開かれる。 「おや」 「お前か……繊丸」 苦々しげに呟く力王に、少年は穏やかな笑みを浮かべた。 「お久しぶりです。兄さん」 第04話 『彼は御曹司』 「兄さん?」 一同の視線の中にさらされ、力王はぽそりと呟いた。 「……まあな」 そうして再び一同は、繊丸と呼ばれた少年の方を見る。 「台場繊丸と言います。以後、お見知りおきを」 繊丸はそう言って優雅に一礼。 整った顔だちに浮かぶのは、穏やかな笑顔。身長こそ高めだが、全体的に線が細く、華奢に見える。カジュアルだが上質と分かる服装と合わせ、見るからに育ちのいいお坊ちゃん、という雰囲気だ。 一転、力王の方に視線を移す。 「……なんだよ」 ごく普通の顔立ちに、不機嫌そうな顔。がさつで大雑把な性格そのままの、だらしない服装。身長は繊丸と同じく高いが、肩幅は広く、頑丈を絵に描いたような体格だ。 繊細や華奢などとは限りなく縁遠く、ましてや……お坊ちゃんには到底見えない。 「ミナぁ。お前、リキんちの隣なんだろ? 知らなかったのか?」 力王のぼやきを適当にはぐらかしておいて、ハルは話題を切り替えた。 「知らないわよ。だってリキ、一人暮らしだし……」 ミナの家はコンビニをやっていて、力王のアパートは隣にある。その上力王は、ミナのコンビニでバイトをしていた。 が、そんな付き合いの深い彼なのに、実家の話などしてもらった事もない。 「はぁ……。兄さん、全然話をしてないんですね」 力王の周りの3人に続いて、繊丸もため息。 「本家の母様達も心配していますよ。もちろん、お爺様も」 「本家? 台場ぁ?」 台場の本家。 日本でその単語が意味する所はただ一つ。 欧州のWP社、帝都の東条財閥に並ぶ世界的複合企業、台場グループの総本山である。そこの『お爺様』といえば、台場グループの総裁、台場元応ただ一人。 さらに、その元応の孫となれば……。 「……用、ねぇしよ」 ぼやく力王に、一同の視線は再び集中した。 「お前、御曹司か!」 「誰がっ!」 だから言うのが嫌だったんだ。 力王のそんな意を含んだ声が放たれた瞬間。 大地が、揺れた。 力王達6人が感知するよりも相当早く、鋼鉄の蠍『ゲンオウ』は迫り来る何かの存在を感じ取っていた。 「……来たか」 モニターを確認しつつも、一対の巨大なクローを制御する元応の操作は一寸の淀みもなく、一分の隙もない。3番機を操っている成生のようなにわか仕込みの動きではない。訓練と修練を重ねた、熟練者の動きだ。 「村雨音印。魚沼成生。作業を中断し、戦闘用意せよ」 「了解」 「は? 何だ?」 「レーダーを確認せよと言っておるのだ」 そう言って悠然と8mの巨体を回頭させ、機体状態を確認。双のハサミを戦闘状態に構えさせる。それとほぼ同じタイミングで音印の2番機が続き、やや遅れて成生の3番機があたふたと構えを取った。 「トレーラー、退避せよ」 やがて、予想された揺れが大地を襲い、そこから……。 新たな異形が姿を見せた。 新たな怪物の出現に周囲はパニックに陥っていた。 アスファルトを割って現れたのは、二本の異様に長い腕を持った人型の怪物だ。下半身の全てまで姿を見せたわけではないが、全高10mは越えるだろう。 人型の怪物が吼え、地面が揺れた。 悲鳴に悲鳴が重なり、パニックはさらに加速していく。 無理もない。異形の回収作業を見物に来ていたはずの野次馬達も、動く怪物を見るのは初めてなのだ。 この中で動く異形を見た事があるのは……。 「力王!」 「お、おう」 だが、肝心の力王の動きは鈍い。 「……繊丸君?」 「まあ、一応な」 ミナの言葉に、力王は苦笑。4人の前ならいざ知らず、何も知らない繊丸や野次馬の前で変身するには抵抗があるのだろう。どこかの路地に入れば野次馬はどうにかなるが、繊丸はそうもいかない。 ヒーローものの常識を知るハルを筆頭に、ミナも悩んだ。セイキチも悩んだ。静だけは何を考えているのか分からなかった。 「何をやってるんですか、兄さん。早く逃げないと!」 「繊丸君、あの……」 いかにして繊丸をまくか。意を決してセイキチが口を開いたその時。 「僕は台場の警備員と協力して避難の誘導をしてきます。兄さん達も早く逃げてくださいね!」 言うが早いか、繊丸は細身を翻し、雑踏の中へと消えてしまった。 「え、あ、あの……」 後に残されたのは、巨獣を取り囲んで戦いを始めた3機の蠍と、逃げまどう野次馬達と、呆然と立ちすくむ5人。 巨獣が吼え、鋼鉄のハサミが唸りをあげる。 「と、とりあえず力王!」 「お、おう……」 ようやく我に返った5人は、路地に向けて走り出した。 体の力を抜き、意識を集中。 イメージの奥。精神の深くに潜行していくと、『それ』は意外なほど簡単に見つける事が出来た。 圧倒の力を誇る、蒼き闘士の姿。 「テラダイバー……」 少女によって与えられた戦士の名を、小さく呟く。 戦士の姿と己の姿が重なり合い、力のイメージが全身に伝わってくる。 視覚が、聴覚が、そして人にはあらざる超感覚が、己の意識と絡み合い、リンクする。 「……ダイブ!」 意識の内側から昇ってきた言葉。 その合図に全てが合一し、誰かが『応』と答えた気がした。 (……なるほど。確かに最終兵器だな。こりゃ) 振り下ろされた長大な腕を大バサミで受け止め、成生は心の中でそう思った。 今度の敵……ギガダイバーという仮称が与えられていた……は、長い腕を縦横に駆使した攻撃を仕掛けてきていた。前の剣竜ギガダイバーのような不可解な攻撃はないようだが、何しろ直立していても地面に指先が付くほどの長い腕だ。振り回すだけでも物凄いリーチがある。 だが、その長い腕をかいくぐる機動性と、受け止める装甲強度が、成生達の駆るメガダイバーには与えられていた。 片腕で攻撃を受け止め、伸縮する腕部を勢いよく伸ばして相手の体をハサミで切り裂いていく。指揮する元応の指示は的確で、メガダイバー戦には不慣れな成生でも十分戦える指示を与えてくれる。 「トドメだ」 元応は叩き付けられた腕をハサミを開いて受け止めると、ハサミを閉じて人型ギガダイバーの腕を逆に切り裂いた。悲鳴を上げるギガダイバーの残る腕を音印が両のハサミで押さえつける。 「魚沼成生!」 「応!」 その言葉に応じて全力で突き込まれた成生機の両腕が、ギガダイバーの胴体を深く深くえぐり取った。 次の瞬間、負荷の掛かりすぎた成生機の両腕が砕け、それと同時に人型ギガダイバーの10mの巨体がゆっくりと崩れ落ちていく。 「お、終わった……のか?」 戦闘継続不能のシグナルが点滅する中。成生は肩を落とし、脱力したように呟くが…… 「……まだだ」 元応のより重厚感を増した言葉に、元応機の視線が映し出されたディスプレイをゆっくりと見上げた。 それを見た瞬間、ギガダイバーは所詮前座だった事を思い知る。元応が成生にギガダイバーのトドメを刺すよう指示したのは、手柄を与えるためではなく、主力である二人の力を温存するためだったのだと。 そこに立つ、蒼い姿。 忘れようとしても忘れられぬ、その敵の名は……。 「テラダイバー!」 リキオウは困っていた。 (……えーっと) 人型の怪物を倒しに来たら、既にそいつは倒された後。どうしようかと道の真ん中でぼうっとしていたら、敵ではないはずの鉄のサソリがこちらに向かってきたではないか。 「敵じゃ……ねっつの!」 鋭く突き込まれたリキオウの体ほどもあるハサミを軽く避け、その隙をついて振り下ろされた別の機体のハサミを力任せに受け止める。 引きずられないようさっさと手を離し、ハサミが引き戻されるのに任せておく。さして力を込めたつもりはなかったが、超合金製のハサミにクッキリと指の跡が付いているのが目に付いた。 「見逃してくれんか……クソジジイがっ!」 サソリのコックピットに祖父である元応が乗っているのは分かっている。視覚ではなく、気配でも、雰囲気でもなく。口では説明できない『何か』で、力王はそれを感知していた。 同時に、『敵だ』という感覚もある。 「……ちょっと殴っとくか。くそっ!」 だから拳を握った。 再び振り下ろされた大バサミに真下から拳を突き上げ、真っ向勝負で打ち砕く。その隙を狙って薙がれたハサミは正面から膝をぶつけて止め、反発力で弾かれた刹那の隙に反対の脚で鋭い蹴りを叩き込んだ。 ハサミ本体より先に関節が衝撃に砕け、吹っ飛んだハサミは道路沿いの空きビルに砲弾のように突き刺さる。 水平砲撃を受けてガラガラと崩れ落ちるビルを尻目に、リキオウは長い息を吐き、再び拳を構えた。蒼きテラダイバーには声も表情もなく、ただ、片腕となった2匹のサソリを静かに見据えている。 一瞬の攻防。 蒼き闘士は退かず、手負いのサソリもまた退かず。 避難の終わった6車線の幹線は、沈黙に支配され……。 「あーっ! 逃げやがった!」 その沈黙を破ったのは、ひび割れた男のダミ声だった。 「……結局、何だったんだ?」 ガタガタ揺れる大型キャリアーの助手席で、成生は気抜けしたように呟いた。 「さぁ……」 今日の作戦は散々だった。自分は対ギガダイバーの捨て駒に使われた上、せっかくのテラダイバーと戦う事が出来なかったのだから。ただ、老人達もテラダイバーにいいようにあしらわれ、挙げ句の果てにテラダイバーはおろか、半死半生のギガダイバー2匹にも逃げられたのだから、いい気味だ……とも思っていたが。 「ああ、でも、連中を逃がしたのは俺のせいなんかなぁ。外部スピーカー、何で入ってたんだろ……。ヤだなぁ、減俸は……」 シートをリクライニングを一杯に倒すとマニュアルを開いて顔に乗せ、研究所に帰るまでの居眠りを決め込む事にした。ついでに、帰ったら整備班にやつあたりしようと決めて、眠りにつく。 あっさりと意識が飛び…… 「着きましたよ? 隊長」 「何だよオイ、はええな。ちったぁ回り道とか、気の利いた事すりゃいいのによぉ」 気付いた時には既に研究所。角を曲がってゲートをくぐれば、我らが研究所だ。 「ははは。総裁までいるんですよ? それに……」 直線でさえ3車線を占領する大型車両に何を無理言ってんだか……と笑いかけたキャリアのドライバーの声が、唐突に途絶えた。 「……ん? ギガダイバーでもいたか?」 顔を上げた成生は苦笑しながらリクライニングを戻し、前を見る。 「な……っ!」 その瞬間、絶句した。 成生達のハサミに切り裂かれ、引き裂かれた体を引きずり、ここで力尽きたのか。せめて、死ぬ時には日の光の元で死にたいと願ったのか。 あるいは……。 「……俺達、何も見なかったよな?」 「は、はぁ……」 真実味を帯びたその想像に、成生はこの稼業を本気で辞めようと思った。テラダイバーとの決着すらどうでも良かった。 事実、成生はこの日を境に研究所を辞める事となる。 「な!」 なぜなら、そこにあったのは、剣竜と人型、二体のギガダイバーの壮絶な骸だったのだから。 鞠那静。力王達のクラスメイトだ。 だが、彼女の私生活は誰も知らない。 その禁断の領域に、今勇者達が足を踏み入れる。 彼らは、果たして昇る朝日を再び目にする事が出来るのか? 次回 テラダイバーリキオウ 第06話『鞠那静の極めて平穏な一日』 |