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 そこは戦場だった。
 兵士ではなく、整備士達の。
 彼らに調整された鋼の塊達はエンジンを暖められ、人を越える力を持つ鋼鉄の戦友として覚醒する。格納庫はにわかに沸き立ち、出撃前の喧噪が戦友達にさらなる目覚めを促していく。
「出撃します!」
「おう!」
 防衛軍地上戦車部隊。
 出撃。


テラダイバーリキオウ
第02話
『リスクファクター殲滅指令』


 そこに立つのは、ただ一つの姿だった。
 蒼い、鋼の如き筋肉に身を包んだ、一人の闘士。
 2mの屈強な体躯も、崩れ落ちたビルや戦闘ヘリの残骸、そして、10mはあろうかという巨大な獣の中では、意外に小さく見える。
 その周りを警戒しつつ飛ぶのは、生き残った戦闘ヘリの群れだ。闘士がいかなる攻撃を仕掛けてくるか分からないため、はるか高みを円を描くようにホバリングしている。
 街を廃墟に変えたのは闘士ではない。彼に倒された10mの獣だ。
 だが、その獣を倒したのは、素手であるはずの闘士だった。


「防衛軍が出ただと? 今ごろ!?」
 ヘリの上。半分に減った小隊を指揮するリーダーは、オペレーターからの通信に怒鳴り返した。
「え、あ、はい。だから、我々には標的を警戒しておいてほしいそう……なですけど」
 怒鳴っておいて、泣きそうな声で返してくるオペレーターの娘が入ったばかりの新人だった事を思い出す。
「……ああ。分かった。すまんな、怒鳴ったりして。今度メシでも食いに行くか。警戒の件はオーケーだ」
 ここは戦場ではない。娘としてもこんな実戦まがいの出来事は初めてなのだから、怒鳴るほどの事ではないと反省。
 それに、声の可愛い娘に辞められて、その辺の野郎にオペレーターに入られるのだけは勘弁だ。
「はい。それと、全ての戦闘記録は取っておくようにとの事です」
「非公式に? どっからの指示だ?」
「えっ……と、よく分かりません。すいません」
 上層部の上の方か……と、思う。台場は軍需企業なのだから、実戦記録を欲しがるのは当然だろう。末端のオペレーターの小娘程度には伝えられない情報だし、自分達も本来なら知らなくていい事だ。
「了解した」
 軽く流し、通信受領の返事を寄越す。
「じゃ、また連絡します」
 少女の方も落ち着いたらしく、そんな声だけを残して通信は切れた。
「というワケだ、野郎ども。俺達は引き続き、軍のお偉方が来るまでヤツの警戒と監視を行う。記録はこっそりとな。オーヴァー?」
 オーヴァーまで言うと、ヘッドセットに残った2機分の部下達の了解の声が聞こえてくる。そのダミ声を聞いて、やっぱりオペレーターくらいは女の子の声がいいな……と、思うでなしに思ってしまう。
(さて。防衛軍の皆様、あのバケモノ相手に、どう戦うものやら……)
 機体各所に偽装された観測機器の動作をチェックしつつ、リーダーは再び蒼き闘士に視線を注いだ。


「3班、避難終わりました!」
「2班、全員います!」
 学校の裏にある災害用のシェルターの中、全ての生徒の点呼が終わった中年教師は、小さくため息をついた。
 学校教師になって15年。この街の『学園』に転属になって10年。地震や火事で避難の誘導をした事は何度かあるが、戦争で避難誘導をしたのはさすがに初めてだった。パニックを治め、怒鳴りながら誘導し、シェルターに押し込むまでに30分。火事なら間違いなく死んでるな……と胃炎気味の腹を押さえて失笑。
 もう一度名簿を確認し、怪我人や行方不明者の確認を行う。
 クラス30人中、重傷が2人、軽傷が6人いた。
 そして、行方不明が5人。
 重傷の2人は骨を折った程度だからさして心配はしていない。問題は、5人の行方不明者だ。
「台場、鞠那、小飼に荒柴、源河か……」
 無事でいてくれよ。
 教師の責任以前に子供を預かる者として、教師は真剣にそう願った。


 そこに立つのは、ただ一つの姿だった。
 瓦礫の上。周囲を眺めるわけでもなく、ただ、立つ。気配を感じているのか、何かを考えているのか、はたまた何も考えていないのか……。表情のない闘士の顔からは、何をうかがい知る事も出来ない。
 空を舞う戦闘ヘリ達も、何をするわけでもなく。
 変化なく、いくらかの時間が過ぎる。
 やがて道の向こうから重厚な音が聞こえてきた。
 無限軌道の駆動音。自重数十トンに及ぶ重戦車の群れが歩み来る、鋼鉄の足音。
 蒼き闘士は、その音にすら関心を払う事もなく。ただ、立っている。
 そして、闘士といくらかの間を空け、間合を計るかのように戦車隊は停止。
 キャタピラの駆動音が治まった世界に響くのは、上空を舞うローターの重奏のみだ。
 バタバタという音だけを残し、世界は沈黙。
 ただし、この場に電波を聞き取る事の出来る人間がいれば、世界が沈黙などしてない事が分かるだろう。事実、瓦礫の下にある半壊したタクシーの無線機からは、ひっきりなしに怒鳴り声や情報通信の奇怪な音が流れ出している。民間のヘリからの情報交換もあるため、タクシーの一般回線まで使われているらしい。
 民間からの情報提供はいい気分ではないが、何しろ未知の敵だ。不明な情報が多い中、最も有効と思われる作戦が立案されていく。
 やがて、電気の波すら途切れ、本当の沈黙が訪れる。

 て、という声は聞こえなかった。


「やった!」
 戦車の中で、兵士達は歓声を上げた。
 何しろ標的までは100mもない。身長2mの相手とは言え、動かない目標に砲弾を叩き込む事など簡単な事だった。
 数秒のタイムラグをおいて、6両ぶんの戦車砲弾は全弾直撃。
 硝煙の中、標的の形など、残ってもいない
 ……はずだった。
 ギシギシという、百張の弓を一斉に引き絞るような異音がスピーカーに届くまでは。


 上空。
「……ダメだな、ありゃ」
 硝煙に包まれた闘士ではなく、手元の小さなディスプレイを眺めながら、男はぽつりと呟いた。ディスプレイの中には、可視光線、赤外線、電磁波、その他諸々のデータによって硝煙を取り除かれた足元の世界が映し出されている。
 最初の着弾は、頭だった。さすがの闘士も着弾の衝撃を吸収しきれなかったのか、殴られた時のように頭がやや傾いでいた。
 だが、それだけだ。
 男の乗っている戦闘ヘリすら軽く吹き飛ばす戦車砲の直撃を受けて、たったそれだけ。
 以降の弾着は気にも留めぬ。
 やがて、全ての着弾が終わった後、闘士はゆっくりと片手を胸元まで上げ……。


 闘士が、片手を振った。
 胸元から地面を通り、そこから真横まで振り上げる。
 そこから巻き起こった音速の衝撃波の直撃を受け、重装を誇る戦車が吹き飛んだ。そのたった、蝿を払うような一動作で。
 舞い上がった戦車の方を向き、軽くダッシュ。次の瞬間には100mを踏破し、戦車隊の眼前へと到達。戦車隊はパニックに陥り対歩兵用の機銃を乱射してくるが、戦車砲が通用しない相手だ。そんなものが通用するはずもない。
 闘士が近寄り、腕を一振りするごとに戦車が吹き飛び、そのあおりを受けて近くにあった戦車も激しく揺さぶられる。
 縦横に力を振るう闘士に対し、戦車すら全くの無力。
 陸戦最強と言われる兵器群が全て破壊され、戦闘不能に陥るまで、ほんの数秒もかからない。


 わずかに呻き声の聞こえる戦車隊の残骸の中にぽつりと立ち、蒼の闘士は再び動きを止めた。
 いや。
 ゆっくりと膝を曲げ始めたではないか。
 筋肉が軋む、あのギシギシという異様な音が響き、闘士の下半身に凄まじいまでの力が溜め込まれているのが分かる。
 そして弾かれた。
 大地を、大気を震わせ、穿つ、砲弾の如き跳躍。
 闘士は飛翔する術を持たないのだろう。だから、それの代わりに跳躍した。跳躍の衝撃を受け止めきれなかった大地には大きな孔を残し、大気には音速超過の衝撃波を残して。


「……ははは」
 突如巻き起こった大気の渦に機体を舞わせ、男は笑った。
 乱気流から機体を立て直す事は造作もない。追跡するにも、一瞬で音速に到達して戦域を離脱した相手を追うなど、スパイ衛星でもない限り不可能だろう。
 ただ、おかしかったから、笑った。
「だ、大丈夫ですか?」
「……ははは。大丈夫だ。ただちょっと、可笑しくてな」
 オペレーターの娘の心配そうな声をよそに、男は観測機器のスイッチを切り、延々と笑い続けた。


 それは、あまりに唐突だった。
 天空から飛来した、ひとすじの流星。いや、大気圏内から打ち上げられ、衛星高度ギリギリまで上がって再び地表に落ちてきたのだから、砲弾か弾道弾とでも呼んだ方が正しいのかも知れない。
 とにかく、そいつが落ちてきたのは唐突だった。
 着弾と同時に山肌を揺さぶる衝撃。もうもうと立ちこめる土煙が晴れる頃には、大地には巨大な落下痕……クレーターらしきものまでできていた。
 その真ん中に立つのは、件の蒼き闘士。
 ほぼ垂直に飛び上がったため、移動距離は思ったほどなかった。戦闘のあった市街地まで、ほんの数キロ程だろう。
 ゆっくりとした動きで辺りを見回す事、二度、三度。動きは重厚だが、どこか困っているような、迷っているような、そんな気配がある。少なくとも、怪物を相手にしていた時のような闘気や、戦車部隊を相手にしていた時のような余裕は感じられない。
 ふと気付き、顔を上げる。無表情な顔の中に、わずかに喜色が浮かんだ。
 そこにいたのは4人の学生だった。
 うち2人の少年と1人の少女は、蛇に睨まれたカエルのようにその場に立ちすくんでいる。
 闘士は彼らの名を知っていた。背の高い男は荒柴誠一。小さい方の男は小飼春人。そして、少女の名は源河冬絵。
 軽く手を上げようとして、動きを止めた。手を上げた瞬間、3人の体がビクッと反応したのが分かったからだ。彼らを恐れさせるのは、闘士の望む所ではなかった。
 体を動かすのはやめ、もう1人の少女に視線だけを移す。
 腰まである長い髪に、日本人形のような整った顔立ち。手足は細いというより、肉が付いていないと言った方が良いほどだ。全身を重厚さで包んだ闘士とは全くの対称。躯の全てが細いラインで構成されている、表情なき少女。
 名前はそう、鞠那静。
 少女は闘士を見下ろし、闘士は少女を見上げる。
 音はなく。
 ただ、少女の薄い唇が、わずかに動いた。
 だいじょうぶ。
 声はないが、そう動いたように、見えた。
 そして、闘士は動き出した。足元を踏みしめ、大地を掴み、深く穿たれたクレーターをゆっくりと這い上がっていく。全身の筋肉が軋んであのギシギシという奇怪な音を響かせるが、少女はそれを恐れる様子もない。3人の少年達は怯えて逃げようとするが、静が軽く手を上げ、無言でそれを制した。
 長い時間をかけ、闘士はクレーターの縁にようやく手を掛けた。
 両腕に力を込め、上半身をクレーターの外に引き上げる。
 その時、静がゆっくりと歩み寄ってきた。否、気付けばそこにいた、と言った方が良いかも知れない。
 少女が立つのは闘士の目の前。闘士はクレーターから這い上がる途中で両手を使えないが、片手一つで戦車を砕く力を持つ彼の事だ。息一つでも少女など軽く吹き飛ばしてしまえるだろう。
 だが、闘士はそれをしなかった。
 少女もそれが分かっているのか、恐れる様子もない。
 それどころか、自ら細い腕を伸ばし、表情のない闘士の頬にそっと小さな手を添えたではないか。
 危ない、と冬絵が叫んだ。
 だいじょうぶ。
 それに答えるためか、怯える巨人を諭すためか、再び、静の唇が幽かに動く。音はない。だが、確実に相手に伝わっている、不思議な声。
 2mを越える巨人は、150に満たない少女に従うように、されるがまま。3人はその異様な光景を無言で見守っている。否、飲み込まれている。
 だいじょうぶ。
 そして、三度少女の唇が動いた時。そこにいたのは2mの蒼き異形ではなく、学校から姿を消した台場力王だった。



−次回予告−

 テラダイバー。自らの不思議な力を受け入れる力王。そして、それを見守ると誓う静や春人達。
 しかし、そんな彼らの想いとは裏腹に、防衛軍は次なる一手を繰り出してくる。戦車を一蹴する鋼の怪物を前に、力王に打つ手はあるのか?

 次回 テラダイバーリキオウ
 第03話『鋼鉄の蠍ゲンオウ』
続劇
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