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○裏編


[5/7 AM10:50 帝都極東部・大帝都空港 屋上]
「あたし……今回、ハルキのこと見損なったな」
 滑走路へと移動を開始した旅客機をぼんやりと眺めながら、カナンは傍らのハルキにそ
う呟いた。
「? どうしてです?」
「今回の『標的』、ホントは研究室の三人だけだったはずでしょ? それなのに、モユさ
んとか、他の人まで巻き込むなんて……」
 特に許せないのはヴァイスとリーシェの件だ。モユはまあ未遂で終わったから良いとし
ても、余計な死人や火事を出すなんて……。
 そんな事をしては、ただの犯罪者と変わりないではないか。
 だが、カナンの非難の言葉に、ハルキはしれっとした態度で答えた。
「ああ、モユさんの件は話してませんでしたっけね。あれはエイムに頼んで……」
「……ひっどーい!」
 一呼吸置いてその事を理解したのか、ぷうっと頬を膨らませるカナン。いささか古い表
現だが、まあ、似合ってはいる。
「……あれ? それじゃ……後の二人は?」
 モユは狂言だとしても、残りの二人は予想が付かない。火事まで起こして日本武尊伝説
の見立て殺人を偽装するなど、ハルキくらいだと思っていたのだが……。
「……分かりません。エイムに頼んだのはモユさんの件とカナワの追跡、それからお風呂
場での一件だけですからね」
 その時、ハルキが肩から下げていたPCバッグの隅から小さな影が姿を現した。
 比喩ではない。文字通り、小さいのだ。15cmほどであろうか。もし機上の人となった
雅人が彼女を見れば、ハルキのPCに使われているスクリーンセーバーと同じ姿をしてい
る女の子だと分かっただろう。
「あ、エイム! あんた、あたしに内緒でハルキに協力したってホント!?」
 彼女の名はエイム・C。見ての通り、人間ではない。カナンはハルキの知り合いから預
かった人工知能のようなものだと聞いていた。
 当然ながらこの時代、『人工知能』などその辺にあるような技術ではない。学研機関の
巨大フレームにかつがつ収まるような巨大なものならまだしも、ノートPCサイズに収ま
るようなものなど……。もしあるとすれば、それを巡って世界中の諜報部員が血で血を洗
う争いを繰り広げてもおかしくはない程の超技術だ。
「……ホントだよぉ。ただ、ハルキが面白いことだって言ってたから手伝っただけだもん」
 そんな己の立場を知ってか知らずか、エイムは拗ねたように答えを返す。彼女にとって
は、湯煙に少女二人の入浴姿を映し出す事も、それに向けられたデジカメにニセの情報を
送り込む事も、携帯から出される電波を捉えて探知する事も、遊びの一環程度でしかない
のだろう。
「へぇ……。ま、いいわ」
「それにしても一つ気になるのは……最後の一つ」
 どうやら機嫌を直したらしいカナンに、ハルキはようやく口を開いた。
「最後の一つ?」
「日本武尊にはもう一つ、伝説があるんですよ。彼は死んだ後、白鳥に化身して自分の故
郷に戻るというのです。一説には、恋人の元とも言われているのですが……」
 滑走路を快調に滑り出した巨大な白い翼を横目に見遣ると、ハルキは続く言葉を紡ぐこ
とをやめていた。


[5/7 AM10:50  ウェルド・パシフィック航空 ウィタニア行き第735便 機内]
『前略 御角雅人さま
 先日はお世話になりました。あの事件があってからも色々と相談などに乗っていただき、
大変感謝しています。
 でも、一つだけ貴方に謝らなければいけない事があるのです。

 私が大学に入学した年、私には結婚したばかりの夫がいました。いわゆる学生結婚です。
相手の男性もまだ大学生でしたが、私達はお金がないなりに幸せな結婚・大学生活を営ん
でいました。
 ですが、結婚からほんの三ヶ月後、彼は帰らぬ人となりました。彼の研究を妬んだ男達
の手に掛かり、殺されたのです。
 ……勘のいい貴方ならもうお分かりでしょうね。男達とは、先日殺された白鳥ヱニシ、
猪熊ナガレ、渡我キリトの三人です。当然、あの人の研究は3人の物となりました。
 そうです。あの2人を殺したのは、キリトではありません。私と、私に協力してくれた
ある方達が本当の犯人です。私が襲われたのもアリバイ作りの為の自作自演でした(カナ
ンさんはこの事を知らないそうですので、彼女から情報をたどるのは無駄だと思います)。
 本当ならこの事は誰にもしゃべってはならないと言われていたのですが、雅人さんに嘘
を付くのはとても辛く、こうしてお手紙させてもらいました。……ただ、ムシのいい話か
とは存じますが、私以外の人の事はどうか秘密にしておいてくださいませんでしょうか。
 私の事は構いません。必要なら、逮捕してください。私のやりたいと思っていた事は全
て終わりましたので。
 それでは、探偵のお仕事頑張ってください。貴方の成功と安全を、微力ながらお祈りし
ております。
 栗生モユ(旧姓 草原)より。かしこ』
「そうか……ハルキさん、あんたが『冤罪探偵』だったのか……」
 雅人も探偵の端くれ。裏社会の住人ではないから事情も詳しいとは言えないが、『冤罪
探偵』の伝説くらいは知っている。
 真実をねじ曲げられ、虐げられた者達に代わって標的を社会的に、そして合法的に葬り
去る、闇の名探偵『冤罪探偵』。
 黒逸ハルキとその助手である千海カナン。この二人がモユの協力者だと考えれば、不可
解だった助教授を殺害した犯行も説明がつく。カナンが付いていたからこそモユにはアリ
バイがあったのであって、証言者であるカナンが協力者だったのなら、アリバイもなにも
あったものではない。ナガレを見つけた手段はまあ、何か適当な手段を用いたのだろう。
 だが、いくら『冤罪探偵』を捕まえようとしても、彼らが捕まる事は決してないはずだ。
何せ、証拠を残さないどころか、残された全ての証拠を偽の犯人に押し付けてしまうのだ
から。
「けど、モユさん……」
 雅人は小さくそう呟くと、
「僕達探偵には、逮捕権限なんてないんだよ」
 丁寧な字でしたためられたその手紙をゆっくりと破り捨てた。


[5/7 PM 5:15 帝都外縁南区 格安アパート"巴荘"3F20号室]
 その日の夕方。今日の夕食の紹介をする料理番組の上に、こんなテロップが流された。
『本日午後3時、ウェルド・パシフィック航空 ウィタニア行き第735便が中央アジア
上空で墜落した模様。日本人乗客多数、生存者は不明』
 後30分もすれば、どこのテレビ局も新聞のテレビ欄の予定を全部キャンセルして報道
特別番組を始めることだろう。無論、こんな晩ご飯紹介など放送している余裕はない。
「735!? まさか……雅人さん」
 ハルキがコーヒーの入ったカップを取り落としそうになったその時、目の前の黒電話が
愛想のない音を立てた。
「もしもし、今立て込んでいるので、また明日にでもおかけ下さい。それでは」
 カナンが聞いたら卒倒しそうな事を平気で電話口に呟き、ハルキは受話器を置こうとし
て……
 その手を、止めた。
「……何ですって?」
 流れてきた声に、再び受話器を耳元に当てるハルキ。
「白鳥は永遠に故郷には帰れナい。『猪熊ナガレ』はそう言っていまス、と言ったのでス
よ」
 英語系の訛のある日本語だ。少なくとも、日本人ではない。
「その声は……知っていますよ。『セカンド』……強化前の個体名は確か、シグマ・ウィ
ンチェスター。3年ほど前に廃棄されたと聞いていましたが……まさか再就役していたと
はね」
 夕食の買い出しに出かけているカナンすら聞いた事のないような冷たい声だ。裏の住人
たる『冤罪探偵』とて、これほどに冷たい声を持つ必要はないだろう。
 それほどに冷たい、声。
「ククク……。まあ、そのうち分かるさ。ウィンチェスター大佐……チチの敵。冤罪探偵
……」
 声の調子が変わった。ハルキが予想とは違うか? といぶかしむ間もなく……
「いや、『ゼロ』」
 その電話は、一方的に切れた。
第2話 終劇
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