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○解決編

[5/1 AM3:30 帝都極西部・直上都市『箱根』近辺 オバト山荘 食堂]
「……んで、連続見立て殺人なのは分かったけど……犯人は?」
 椅子にだらしなく腰掛けたまま、雅人はため息を吐いた。
「手がかりは全くなし……」
 ヱニシが殺された9時半。
 ナガレが殺された10時前。
 モユが襲われた10時半。
 ヴァイスの殺された時間は不明。
 リーンシェラーの消えた時間も、不明。
「アリバイも十分、ですか」
 実際、手がかりが少なすぎるのだ。何かのデータでも整理しているのか、ノートPCを
ぱしゃぱしゃと打っていたハルキも浮かない様子である。
「AMC? 見たことのないノートだな。それ、自作です?」
 珍しいデザインのハルキのPCを見て、声をかける雅人。ノートPCの自作は極めて難
しいが、やって出来ないわけではない。どこのメーカー品ともつかないから、そう思った
のだ。
「いえ、小さいメーカーの試作機を裏から格安で流してもらいましてね。……内緒です
よ?」
「なるほど……」
 探偵ともなれば活動範囲が広いから、情報だけでなくそういう物を流してもらえる機会
も多い。無論、雅人も何度か世話になった事がある。
 別に悪い事をしているわけではないのだが、あまりおおっぴらに出来るものでもない。
「それにしても」
 キーボードを叩いていた指を止め、ハルキは話題を変えた。ほんの数秒でスクリーンセー
バーが起動し、妙に可愛らしいキャラクターが様々なウィンドウの開いた液晶画面を覆い
隠す。ハルキがこんなアニメキャラクターみたいなツールを使いそうにはないから、多分、
カナンの方の趣味なのだろう。
「ヴァイス氏、リーンシェラー嬢の二人が殺された時のアリバイは全員なし……何しろ正
確な死亡時刻が分からないのですからね」
 リーンシェラーの話からすれば、ヴァイスは8時頃までは一緒だったというが……その
証言の真偽も定かではない。何しろ、肝心のリーンシェラーも11時以降、完全に姿を消
しているのだから。
「手がかりになりそうなのはエニシ氏とナガレ氏の時……あと、モユさんの件か。9時頃
でしたっけ? エニシ氏が殺されたのは」
「ええ。僕はカナンといましたし、雅人君はロビーにいた。研究室のメンバーはそれぞれ
自室にいたらしいですが……まあ、毒を盛るだけならすぐですからね。正直、トイレに行
く時間があれば、誰にでも犯行は可能ですよ」
 動かない相手に剣を突き刺すのは、造作もない事だ。こちらも時間はそうかからない。
「だよなぁ……」
 ナガレが殺された時間に至っては、もっと曖昧である。カナンといたモユ、ハルキ達と
いたカナワを除いては、全員が単独行動をしていたのだから。
 山奥にある山荘という事を考えれば、外部犯とは考えにくい。それに、『叢雲』の件も
ある。台所の包丁ならともかく、わざわざ隠されていたはずの『叢雲』を凶器に使うとな
ると……。
 間違いなく、内部犯。しかも……。
「例の連続殺人犯でもいれば話は別だろうけど……まさか、ね」
 自らの至った恐ろしい考えに、雅人は口をつぐんだ。まさか、帝都を騒がせる連続殺人
犯が犯人と言うことは……。
「まあ、どちらにしてもある程度の犯人の目星はついていますからね。後は証拠……」
 そう。犯人と断定するべく必要な、決定的な証拠が。
「データ不足だよなぁ、そっちは……ん? どしたんだ?」
「そうか、データ……ね」
 雅人の言葉に、静かな笑みを浮かべるハルキ。ノートPCを入れていた鞄から大型の携
帯らしき物を取り出してPCにつなぎ、何事かキーボードを叩くと……その表情はだんだ
んと確信的な物へ変わっていく。
「多分、犯人はあの人です。この事件、今晩のうちに決着を付けますよ」


[5/1 AM3:40 帝都極西部・直上都市『箱根』近辺 オバト山荘 食堂]
「こんな時間に起こしに来たって事は……何かあったんだな、また」
 見るからに不機嫌そうなカナワの態度も無理はないだろう。何せ、既に時計は3時半を
過ぎているのだから。
 食堂に呼び出された他の客達も、お世辞にも上機嫌とは言えない。モユも眠そうにして
いるし、カナンに至ってはモユにもたれかかって寝息を立てている。
「ええ。犯人が分かった……と言えば、目も覚めませんかね?」
「分かったのか!?」
 その声で、カナンが目を覚ました。
「まあ、一応は」
「まさか、俺なんて言うんじゃないだろうな……」
 ハルキの意味ありげな笑みに、カナワは疑わしげな視線を送る。
「カナワさんはナガレ氏の殺された時間、ちゃんとしたアリバイがあったのでは?」
「……ああ。ドラマ見てたぜ。あらすじもちゃんと言えるって……確かめただろ?」
 再放送ではないから、前に見たビデオの内容を覚えておいて何とかなるものではない。
カナワの話の内容はTV局との照合も取れており、疑う余地は……
「ヱニシ氏の部屋に搬入されていたハンディカメラを使えば、録画は不可能ではありませ
んよね」
 調査隊の記録用にビデオカメラが持ち込まれているのはモユから確認済みだ。
 最近のカメラはAV端子一本でTVに繋いで再生させる事が出来る。録画の方も、番組
そのものは録画できないにせよ、画面にレンズを向けておけば番組の撮影は可能だ。
「俺を疑ってるんじゃねえかよ!」
「別に疑っているわけではありませんよ。ただ、貴方はもっと別の事をしていたのではな
いかな……と思っているだけで」
 沈黙。
 そして、カナワは閉ざしていた口を開いた。
「……分かったよ。そうだよ。確かに俺はあの時間、俺の部屋にはいなかったよ。ハンディ
カムで撮って、早送りで見た」
 最近のドラマなど似たり寄ったりだから、早送りで見るだけでもある程度のストーリー
展開は分かる。後は気になる箇所や山場を倍速再生で見ておけば……アリバイを作る分に
は完璧だろう。
「それじゃ……」
「アンタ、俺にこう言わせたいんだろ?」
 息を呑むモユ達に自嘲気味な笑みを向けると、カナワは言葉を続けた。
「『モユ達の入ってる露天風呂を覗いてました』……ってな」


[5/1 AM4:00 帝都極西部・直上都市『箱根』近辺 オバト山荘 食堂]
「確認は取れました?」
「ええ。間違いなくカナンとモユさんでした。二人の確認も取れました」
 カナワのノートPCを抱えて戻ってきた婦警の後には、不機嫌そうなカナンと暗い顔の
モユが続く。カナンの方は単に怒っているだけのようだが、モユの方はそうもいくまい。
 何せ、自分の同僚が盗撮などしていたのだから。
「一応、デジカメとノートPCはこちらで預からせて貰います。彼女達のプライバシーに
関わる問題ですし、参考物件ですので」
「……ああ。そう大したデータは入ってないからな。まあ、用が済んだら返してくれや」
 もう中のデータは帰ってこないだろうな……と思いつつも、返事を返すカナワ。
「だが、皮肉なもんだな。その写真で俺のアリバイが証言されたんだからな……」
 仕事用のデータは大学のメインマシンに入っているから、実際そう困らないのだ。
 だが、彼が白という事は、ある一つの事実を示すことでもあった。
「と言うことは……犯人は、まさか……」
 雅人の言葉に、一同の視線が一点に集中する。
「……僕はあの時間、データの整理をしていたと言ったでしょう? 書類の量とファイル
を保存した時間からもそれは明らかじゃないですか」
「いえ。その程度、誰にでも出来る簡単なトリックですよ。それに……」
 至極当然の反論を始めたキリトの言葉を一蹴し、ハルキはふと思い出したように言葉を
続け始めた。
「言い忘れていましたが……。このオシボリ、鑑識から分けてもらった新種の血液反応薬
が塗ってありましてね……。血が付いていれば、このように」
 そこまで言うと、両の手をひょいと蛍光灯のもとにかざして見せるハルキ。
「こう、反応が出る事になっているんですよ」
 両の掌は検死の時に付いたわずかな血に反応し、異様な輝きを放っている。検死の時に
何かに触れてしまったらしい雅人やカナワも同じ。
 その中で。
「何か御反論は?」
 一際強く光を放っている掌を持つ青年を見、ハルキは最後の言葉を紡いだ。
「渡我……キリトさん?」


[5/1 AM4:15 帝都極西部・直上都市『箱根』近辺 オバト山荘 ロビー]
「……キリトのアリバイトリックだが……良く、分からなかったのだが」
「ふむ。なら、実際に見てもらった方が早いでしょうね」
 サナエの言葉にハルキは苦笑すると、持っていたノートPCの電源を入れた。
「本当に簡単な事なんですよ」
 ハルキがそう言ってから僅かな時間の後、起動が完了。キーボードも見ずに適当な文章
のフォルダを開き、表示させる。
 『WP機関調査報告書』と銘打たれたそのファイルのページ数は、20ページほど。びっ
しりと日本語ではない文字……おそらくは独語だろう……で打ち込まれている文章は、ぱっ
と見た限りでは何が書いてあるのか分からない。
「まず、こういう文章のファイルがあるとしましょう。このファイルが作られたのは、こ
の日付」
 ファイル情報を見ると、作成日時は去年の10月11日 となっていた。
「コレを作るには……そうですね。まあ、早くて三日という所でしょうか。」
「私なら二日……と言いたいが、一週間はかかるだろうな」
 個人レベルでの情報処理能力は高くても、コンピュータに対する処理能力はないと冷徹
に理解している辺り、いかにも彼女らしい。
「ですが、これの作成時間を自由自在に操れる方法があるとしたら……例えば、この書類
をほんの1分で作ったように見せかける方法があるとしたら、どうします?」
「そんなバカな……」
 一笑に否定しかけ、彼女はそこで言葉を止めた。
「……そうか。それがアリバイの」
「方法は非常に簡単。新しいファイルを一つ作って、それにこれを……」
 全選択からコピー、画面を新規ファイルに切り替え、張り付ける。手慣れたもので、行
動には遅滞というものが見られない。
「こうやって全部コピーして、保存。ファイル名は仮に『A』とでもしておきましょうか」
 それだけの操作を済ませると、ハルキは保存されたファイルの置いてある領域を展開さ
せ、ファイル『A』の作成日付を表示させた。
「なるほど。確かに」
 新しいタイトルを付けて保存したデータの作成日時は……今年の5月1日、午前4時1
8分。サナエの時計の差す4時20分から、まだ2分しか経っていない。
 オリジナルの『WP機関調査報告書』をゴミ箱に捨て、そこからさらにゴミ箱で『削除』
する。確かにこの方法を使えば、キリトのアリバイはなくなるだろう。
「こうして旧ファイルを削除して、適当な時間だけファイルを開きっぱなしにしておけば、
アリバイは完璧……なのですが」
 だが、ここでキリトは致命的なミスを犯したのだ。
「例えばこういうツールを使えば、ゴミ箱から削除されたデータを復旧させることも可能
なんですよね」
 実は、削除されてゴミ箱の中から消去されたデータでも、別にハードディスクそのもの
の中からなくなったわけではない。『ファイル』という扱いから『書き込み可能場所』と
いう扱いに移され、以降はその場所のデータは参照されないだけなのだ。
 簡単に言えばゴミ箱からゴミ捨て場に移されたようなもので、やりようによっては復元
させることも不可能ではない。
「これで、このファイルは復元、と」
 専用の復旧ツールを使った簡単な操作で、ゴミ箱の中から失われた『WP機関調査報告
書』は元のフォルダへと戻った。
「……やはり、コンピュータなど触るものではない……という事か」
 もともとコンピュータは得意ではない彼女の事、説明されても相変わらずピンとこない
らしい。不機嫌そうにずれた眼鏡の位置を直すと、警視庁の敏腕女刑事は都市警のパトカー
へと乗り込むため、駐車場へと向かった。



[5/7 AM10:30 帝都極東部・大帝都空港 発着ロビー]
<ウェルド・パシフィック航空、ウィタニア・パナフランシス共和国行き第735便、こ
れより搭乗手続きを開始いたします……>
「雅人さん。今回は貴方のおかげで助かりましたよ」
 GWの帰省客でごった返す発着ロビーで、ハルキは目の前の雅人に軽く頭を下げた。
 ここは大帝都空港の発着ロビー。これから仕事で海外へ飛ぶという雅人を見送るため、
ハルキとカナンはやって来たのだ。
「……結局、犯人はあの渡我って人で決まりみたいですね。しかも手口の凶悪さから、連
続殺人犯ですか? あれっていう話まで……」
 新聞もTVも連日そのニュースで持ちきりである。世間一般は平和なGWを満喫してい
るというのに、殺伐としているというかなんというか……。
「あ、そろそろ時間だけど……いいの?」
「おっと。それじゃ、僕はこのへんで」
 既に搭乗手続きも始まっているようだ。早く手続きを済ませないと、ヘタすれば荷物だ
け海外へ行ってしまう。
「ええ。今度の仕事が成功するよう、影ながら応援させてもらいますよ。それでは」
続劇
< Before Story / Next Story >



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