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 それから、三日が過ぎた。
「で、これからどうするね? 一龍殿は」
 神殿の朝食の席である。
 長い席に着いているのは神殿長を筆頭に、一番下のスイと客である一龍まであわせて7
人ほど。空席が多いのは、この神殿に所属する歌姫候補のほぼ全てが神殿の総本山『評議
会』のあるポザネオ島に集まっているからだ。
「ポザネオに行く。それが俺の役目なら」
 世界中の歌姫が評議会に集められたのは、今度の戦いで召喚された機奏英雄と出逢うた
め。半身となる英雄に出会った段階で、歌姫候補たる娘達は正式な歌姫となる。
 それだけの歌姫が集まっているのだから、一龍と対になる歌姫がいる可能性も高い。
「そうか。で、いつ立たれる?」
「明日にでも」
 どくん。
 その言葉に、スイの胸がきしんだ。
「一龍さん。あの……」
「何だ?」
「もう少しゆっくりしていったらどうですか? まだポザネオまでの道も分からないだろ
うし……」
「明日、黄金の工房の輸送団が近くを通る。それに合流させてもらおうと思う。問題な
い」
 黄金の工房は対奇声蟲用に作られた巨大兵器『絶対奏甲』を開発する組織で、もちろん
ポザネオ島にある。事情さえ話せば、機奏英雄の一龍をポザネオに連れて行く事を拒みは
しないだろう。
 けれど……。
「もう少しで、牧草刈りが終わるんです」
「そうだったな。今日中に片づけておこう」
 一龍の力と作業量なら、一日、いや半日で終える事も出来るだろう。
 けれど。
 けれど……。
「……スイ」
「……はい」
 神殿長の言葉に、うなだれる。
 そう。
 何事にも動じぬ強い意志と、揺るぎない強さ。
 一龍を止める事など、出来はしない。
 ましてや、歌姫候補ですらない、スイなどでは……ついていく事も……。
「神殿長さまっ!」
 村の少女が慌てて飛び込んできたのは、まさにその時だった。

 村が砕かれていた。  砕いたのは巨大な顎。  縦横に振るわれる8本の脚。  朝食の終わった直後が幸いしてか、立ち上る炎はない。  だが、その事がより一層、相手の姿を陽光の下にさらしていた。 「あれが……奇声蟲?」 「そう」  神殿のある小高い丘の上から、一龍は呆然と呟く。  奇声蟲。  強固な外骨格に覆われた蜘蛛というのが一番イメージが近いか。  6mほどのそれが30匹ほどと、ひときわ巨大な異形が1匹。眼下に広がる小さな村を 縦横に荒らし回っている。 「避難が終わっておるのが、せめてもの救いか……」  神殿長と一龍の背後に集まっている50人ほどの女性が、この村の住人の全てなのだと いう。少ないが故に避難が速くすすみ、結果的に難を逃れることができた。 「俺は……あれと戦うのか」 「怖いかの?」  老婆の言葉に、素直に首を縦に振る。  一龍とて世界中を旅した経験がある身だ。その中ではトラブルに巻き込まれる事も幾度 となくあったし、修めた格闘技の技を振るう機会も、猛獣を相手に拳銃を撃つ機会もな かったとは言わない。  ここだけの話、人に拳銃を向け、撃った事もある。  だが、6mの怪物と戦うという経験だけはなかった。 「安心せい。歌姫も奏甲もないお主に、戦えとは言わぬ」  老婆が杖で指す方を見れば、数人の女性が村の方へ走っていくのが見える。いずれもこ の神殿に住んで、先程まで一緒に食事をしていた女性達だ。  家の破壊に勤しんでいた蟲の一匹を全員で取り囲み……。 「……歌?」  そう。歌だった。  各人のパートが違うのだろう。複数の歌声が複雑に絡み合い、時に重なり、時に離れ あって、一つの大きなうねりを創り上げていく。  イメージではない。  『現実』として。  女性達の周囲から放たれはじめた光のような物が、うねり、重なり合って、大きな螺旋 を形作っていくのだ。 「世界を形作る力を操る術……『歌術』という」  そして、奇声蟲は内側から砕け散った。 「しかし、効率が悪い」  砕け散る奇声蟲の断末魔を見届けるよりも早く、女性達は散り散りになって走り出す。 新たにこちらに向かってきた奇声蟲から逃げるために。 「ああ」  歌っている間。そして、その後。どうやら歌姫達は完全に無防備になるらしかった。こ れではいかに『歌術』とやらが威力を持とうとも、大量の奇声蟲の群れと戦うことはでき まい。 「だが、英雄は違う」 「……」  一龍の言葉に、神殿長は口をつぐんだ。 「あの神像を使い、奇声蟲を蹴散らす。違うか?」  答えはない。  沈黙の中、歌術詠唱の歌声と、奇声蟲の破砕音だけが響き渡る。 「……さすがは英雄、か」  老婆はあきらめたようにそう言うと、首に下げていた首飾りを取り出し、一龍に手渡し た。 「シャルラッハロート、という。強い奏甲ではないが、かつてこの村を護った英雄殿の 駆った絶対奏甲だ。使い方は……」 「あの!」  老婆の言葉を遮る小さな声。 「一龍……さん」  見上げる視線はか細く、弱い。  拒まれるであろう不安と僅かな期待に、小さな肩が震えている。 「私……」  答えはなかった。  一龍はも無言のまま、神像の安置されている神殿へと向き直る。 「……頼む」  一言だけを残して。 「はい!」  小さな手が差し込まれた鍵を軽く回すと、扉は音もなく、それこそ呆気ないほど簡単に 開いた。 「これが操縦席です。操縦の方法は……」  スイの言葉を聞きながら操縦席に身を沈め、一龍は周囲を見回す。  思っていたより広い操縦席には、計器板の類はない。レバーも、スイッチの類もない。 「スイ」 「あ、はい……きゃっ!」  だから、スイの手を引き、操縦席の中に引き込んだ。  軽く転がると、スイの小さな身体は一龍のひざの上にすとんと収まった。まるであつら えたかのように、ぴったりと。 「どうすればいい?」  頭上から聞こえてくる低い声にスイも納得した。  時間がないのだ。  自分達には。  奇声蟲たちが村を滅ぼせば、次の目標はここに決まっている。  でも、それは……。 「一龍……さん」  自分を歌姫として迎え入れるという事で……。 「すまん」  言い淀み、言葉を継いだのはスイではなく一龍のほう。 「え……?」 「半人前の半身で」  それは…… 「そんなこと、ないです」  そう。 「私も、半人前の歌姫だから」  そんな事は、ない。  目尻に浮かんだ涙を拭ってくれたのは、優しい指だった。 「それじゃ、起動させましょう。私たちの絶対奏甲を!」 「うむ」
 そして数分の後、巨大な斧を片手に蘇った絶対奏甲……シャルラッハロートは神殿から 軽快に駆けだしていく。  丘を踏んで跳躍すると、現代に再び舞い降りた鋼鉄の騎士は、村を蹂躙する奇声蟲へと 持っていた斧を叩き付けた。
続劇
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