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(……重いな)
 それが、第一印象だった。
 膝の上に座っているスイの事ではない。彼女は精神を集中させ、必死にシャルラッハ
ロートを操るための歌を口ずさんでくれている。
 重いのはシャルラッハロート本体だ。
 一打目は跳躍の加速を加えた打撃という事もあり、何とか一撃で奇声蟲を仕留める事が
出来た。
 だが、2撃目以降はそうはいかない。
 重量のある斧を何とか構え直し、相手の攻撃をかわしつつ叩き込む。斧の使い方は昔格
闘技の修行で教わっていたが、自分で使うのと自分の操る機体に使わせるのでは雲泥の差
があった。
 3撃ほど加えて何とか相手の頭を粉砕。蜘蛛に似た異形の怪物はガクリと脚を折り、そ
の場に崩れ落ちる。
「一龍さん! 後ですっ!」
「……む」
 振り返ったと同時に衝撃がかかった。
 さして重装甲とは言えないシャルラッハロートの装甲がきしみ、悲鳴を上げる……。


「……苦戦しておりますね」
 下位の奇声蟲『衛兵』の体当たりを受けて吹っ飛ばされたシャルラッハロートを見下ろ
し、丘の上の女性はそう呟いた。
 先程まで歌術で『衛兵』と戦っていた女性の一人だ。戦っていた4人のうち、1人は軽
いケガをし、1人は『衛兵』に押し潰されて既にこの世にない。そこにようやく援軍が来
れば……この苦戦ぶり。
「仕方あるまいて。初陣であれだけやれれば大した物よ」
 神殿長もそうは言うが、表情は曇り気味だ。
「せめて、スイではなく私が歌姫となれば……。あの子は優しすぎます」
「だが、英雄はスイを選んだ」
 『衛兵』の打撃に肩の装甲が飛び、内部の機構が露わになる。根本から腕を引きちぎら
れなかったのは、ひとえに一龍の制御によるものだ。
 しかし、それも時間の問題。
 辺りを蹂躙し尽くした残りの奇声蟲たちも、一龍の方へと歩み始めている。2対1でも
苦戦しているのに、それがさらに増えるとなれば。そして、衛兵をはるかに凌ぐ『貴族』
が相手になれば……。
「……2人を信じるしかあるまい。それが成らなければ……」
「はい」
 奇声蟲はアーカイアの女を捕らえ、犯し、その躯を苗床に増える。
「我ら諸共、自害して果てるまでです」
 頼みの綱は……
 さらなる猛攻に地に倒れ、未だ起きあがらぬまま……。


「……ごめんなさい」
 スイは操縦席の中、一龍にしがみついていた。
 大きめの瞳には涙が浮かび、既に堤を破って頬に流れ出している。
「……気にするな」
 対する一龍はいつもの無表情のまま。
 ただ、あちこちから流れ出している血の量が彼の状況を物語っていた。
「私がもっと上手く歌えたら……」
 起動させた時の高揚感は既に失せていた。
 歌姫になれた。一龍の力になれる。
 ずっと一緒にいられる。
 そんな想いが過ぎ去った後に残されたのは……
 死ぬかもしれない恐怖。
 そしてそれを凌駕する、村の、一龍の命全てを預かったという、重い……重すぎる責。
 既に、半身の機奏英雄である一龍にはこれだけの怪我をさせてしまった。
「そんなことはない」
 一龍はぽつりとそう言い、きしむ機体を無理矢理に立ち上がらせた。腕に力を込め、ろ
くに動かぬ右腕に斧を構えさせる。
 目の前の敵は僅かに3体。本来の絶対奏甲であれば、苦もなく倒せる数だ。
 しかし今はその3体ですら、絶望的な数に見えた。
「スイ」
「…………」
 声が出ない。
 恐怖に震え、舌が回らないのだ。
「……スイ」
 一龍は小さくため息。
(一龍……さん)
 髪にかかる息に、がくりと肩を落とす。
 一龍に愛想を尽かされてしまった。
 せっかく歌姫にしてもらったのに。
 一緒に戦おうって言ってもらえたのに。
 やっぱり、私みたいな半人前じゃ……。
(……ごめんなさい)
 だが、一龍の取った行動はスイの予想を越えるものだった。

──風は吹いて 土は抱いて 水は育てるよ──

(……え?)
 不思議そうに見上げるスイに、一龍は相変わらずの仏頂面で
「この歌しか知らんのだ」
 そう言い、また歌い始める。
 声量も声も申し分ないが、ちょっぴり音程がズレているのがおかしい。
「……ふふっ。その歌、ただの草刈りの歌ですよ」
 それでも歌う一龍に笑みをこぼし、スイも声を重ねて歌い始める。

──さあ草を刈ろう 歌を歌おう みんなと声を合わせて──

 今度は自然と声が出た。
 それと同時に、周囲に白い輝きが舞う。
(幻……糸?)
 伸ばした手に絡みつく優しい光は、幻糸の輝き。
 この世の根幹を成す力の流れ。歌術の力の源たるもの。
 歌姫は歌術を用いてその輝きを御し、絶対奏甲の力として英雄に捧げる。
 今までどれだけ歌っても見えなかったものが、見えた。

 いける。

 多分、今度はきっと。
 みんなの力になれる。
「一龍さん……ちょっとこれから、失礼なことしますね」
「行けそうか?」
 短く頷くと、スイは息を吸い込んで。
「ええ。一龍は機体を跳躍! とにかく相手の前方に回り込んで! 村のみんなを……護
りたいの!」
「む」
 小さくも強いその声に、一龍は自らの絶対奏甲を再び跳躍させた。
続劇
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