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11.すれ違うコトバ

 木々の合間を駆けるのは、月光を弾く白と、暗闇に潜む黒い影。黒竜の口から放たれた黒い雷に怯むことなく、鋭く迅く地を駆ける。
「はぁぁっ!」
 黒竜の反応が追いついたときには、既に遅い。
 眼前に放たれた魔法が、容赦なく竜を打ち砕き、その構成をもとの闇へと引き戻していく。
「これで、四匹目……っ!」
「冬奈、大丈夫ですかね?」
 呟く黒猫に問うのは、白猫が転じた少女。
 彼女たちは召喚獣だ。こちらに出現している間に消費する力は、術者たる冬奈から供給される事になる。
 斥候に向かった晶やハークとも別行動を取っている今、冬奈の体力が切れる事は即ち黒猫のメガ・ラニカへの帰還と、ファファの危険を意味しているのだ。
「大丈夫っしょ。気にしないで戦ってろ、とかなんか格好いい事言ってたし」
 そんな軽い調子で答えた黒猫の背後に聞こえるのは、枝を踏み砕くぱきりという音。
「あら……?」
 現われたのは、二人の少女だった。
 年格好からして、冬奈達と同じ華が丘の生徒だろうが……。
「何だおめーら。………人間じゃ、ねーよな?」
 一瞬で人ならぬ存在と見抜かれた事に、少女に転じた猫たちはわずかに眼を細め。
「こいつらも、蚩尤とやらの眷属……?」
「……聞き捨てなりませんね。この我々を魔物風情と同列に扱うなんて」
 大鎌を提げたもう一人の少女の言葉に、白猫の娘が露わにするのは露骨な嫌悪の表情だ。
「……やるか?」
 無論、黒猫の娘も戦意を隠す気配もない。敵ではないようだが、かといって仲良くする理由もないのだ。
「別にやんねーよ。……まあ、お前らがあの黒い竜の味方だってんなら……」
「だとしたら……?」
「消えてもらうしかねーだろ」
 めんどくさいけどな、と呟き、事実少女はめんどくさそうにあくびを一つしてみせる。


 放たれたサッカーボールが叩き付けられたのは、巨大な竜の下顎だった。ブレスを放つ瞬間にアッパー気味に打ち上げられて、大地を焼き払うはずの雷光が黒い夜空を明るく照らす。
「テンガイオー!」
 続いて戦場に響き渡るのは少女の声と、四つに分離した閃光だ。さながら光は巨大な四叉戟の如く、黒竜の周囲を駆け抜け、貫き徹す。
 そして最後に竜を灼くのは、風の刃と雷の突き込み。
「よし! 見たかロベルタ!」
 さすがに乱れた息を整えながらの美輪の言葉に、ロベルタは軽く手を振ってみせるだけ。
「あーはいはい。真紀乃とあの新人が良い仕事したわね」
「いや……その前のオレの華麗なアシストをだな……」
 そもそもレムは助っ人で、現時点では錬金術部のメンバーではないのだが。
「はいはい。………それより」
「それよ………わぁぁっ!」
 そんな美輪の足元をしたたかに打ち据えるのは、先ほどの竜にトドメを刺した雷光の一撃だ。
「こらレム! 危ないだろうがっ!」
 ロベルタの声がなければ、足の一本くらいはやられていたはずだ。治癒魔法も回復の薬もあるとはいえ、それで済む問題ではない。
「すいませんっ! けど、何か……ちぃ……っ。治まれ、治まれっつの……!」
 そう言ったレムが巻き上げるのは、辺りに散らばる崩れかけた落ち葉。どうやら魔法の制御が効かなくなり始めているらしい。
「ふむ。先ほどからその気はあったが……ついに、暴走が始まったようだな」
 今のところは力だけで、精神的なところまでは暴走していないようだが……。
「京本先輩! 冷静に分析してないで、何とかならないんですか!」
 真紀乃の言葉に白衣の男はわずかに首を捻り、やがて双の刃を必死で押さえているレムの名を呼んでみせる。
「新人君。それだけ強い力なんだ。無理矢理押さえたりせずに、有効に使ってみてはどうかね?」
「有効にって…………な、なん………すか……っ! くぅぅっ! 味方に当たっちまう……っ!」
 放たれた雷が撃つのは、同じく二本の剣を構えた刀磨の足元。もし刀磨の刃が竹刀ではなく鋼のそれだったなら、間違いなく直撃のコースを辿っていたはずだ。
「大丈夫な方法があるだろう」
「があああああっ! ………っ! そういうこと……かっ!」
 崇至の言葉に気付くものがあったのか、レムは荒ぶる風をまとい、そのまま全力の飛翔。
「ちょっと、レムレム!?」
 あっという間に森の彼方に消え去ったレムに、真紀乃も自身の武装錬金を起動させ、慌ててその後を追い掛ける。
「あ、真紀乃ちゃんっ! 危ないよっ!」
 さらにその後を刀磨が追って走り出し……。
「先輩。あれで良かったんすか……?」
「ふむ。私は、『もし当たったらごめんね。てへっ☆』とでも言っておけば万事解決だと思ったのだが……。あれは良くない例だな」
 他人事のように呟く崇至の手に握られているのは、ポケットサイズのボンベだった。もちろん、作り声の所を可愛らしい声に変える、ただそれだけのために取り出したものだ。
「だから冷静に分析してないで!」
「そうよ、崇至」
「ロベルタも何とか言ってやれ!」
 珍しくツッコミに乗ってきたロベルタに、美輪も元気よくけしかけてみるが……。
「今どき『てへっ☆』は無いでしょう。今ならどう言うのかしらね……『キラッ☆』?」
「キラッ☆ じゃなくて!」
「あの、先輩がた……。皆さん、行っちゃいましたけど……」
 撫子の声にようやく他のメンバーがみんなレムを追い掛けてしまった事に気付き、美輪達もその後を追って走り出す。
(だが、なかなかの破壊力だな。ああいうのが我が組織に一人くらいいても、面白いかもしれん……)


 上空から降ってきた少女が放つのは、指された一点に磁力を生む魔法。反発力で少女の体を打ち返すほどではなく、かといって加速力に押し切られるほどでもない辺りに調整されたそれは、少女の体を音もなく石畳の上に着地させる。
 石畳の向こうに見える拝殿では、はいり達が儀式を行っているはずだ。けれど、彼女の目的はそこではない。
 もちろん、冬奈達と行動を別にする理由として使った、斥候任務でもなかった。
「確か、この辺りに……」
 手水舎の向こう。参道沿いの木の陰に……。
「……………あった」
 幸い近くに戦いの音はなく、人の姿も見当たらない。彼女の目的を果たすには最高のタイミングと言えるだろう。
「さて、どうやって消したもんかな……」
 自らの運の良さに感謝しつつも、口の中で転がすのはそんなひと言。
 削り取るような刃物はないし、切断の属性を持つ魔法も持ち合わせがない。木の幹に付けられた傷だから、治癒魔法で治るだろうかとも思ってみるが……そもそも植物に人体向けの治癒魔法が効果があるのかなど、試した事もなかった。
「こういう時は、風の魔法なら便利なんだけどなぁ……」
 呟き、思わず浮かんだ姿に慌てて頭を振り、思考の中から追い払う。
 頬がわずかに熱いのは目の前の文言のせいにしておいて、携帯のメニューから着スペルを選択。
(とりあえず、試してみるか……)
 流れ出すメロディに精神を集中。子供の頃に図鑑で見た植物の構造を思い出しながら、治癒のイメージを組み立てていく。
「晶ちゃん! やっと見つけた!」
 そんな少女の直上から掛けられたのは、撒いたはずのパートナーの声だ。
 もちろん来るだろう事は予測済み。
 けれど、そのタイミングはあまりにも悪すぎた。
「っ!?」
 発動の瞬間に集中を失った晶の体を駆け抜けるのは、練り切れなかった魔力の欠片。大きなダメージがあるわけではないが、そのショックに一瞬声も、動きも封じられてしまう。
「何して………………え?」
 止める事も出来ないまま。
 ハークがかがみ込んだまま硬直している晶の肩口から覗き込んだのは……彼女の手元と、その先の木の幹に刻まれた…………。
「……………」
 そこに刻まれたものに、動きを止めたのはハークも同じ。
「………………見た?」
 ようやく硬直が解けたのだろう。ゆらりと立ち上がる晶の表情は、何の色も伺わせないもの。
「み………見てない………よ………?」
 いつものように怒っているわけではない。いや、むしろ通常の怒りが一周回って、感情に顕わす事も出来なくなっているのか。
「……何を?」
「ちょっとその誘導尋問は酷くない!?」
「誘導尋問って分かってるんなら見てるんじゃない……」
 目の前から漂う威圧の言葉に、ハークは無意識のうちに一歩、二歩と下がり気味に。
「…………うぅ、見たけどさ……」
 次の瞬間。
「………ひっく」
 晶の目に浮かぶのは、信じられないものだった。
「え……? いや、ちょっと、晶ちゃん……!?」
 怒りがさらに一周回って、そんなところまで来てしまったのか。いずれにしても、今の状況での定番のリアクションは、殴るか蹴るか吹き飛ばすか脅すか……要はバイオレンス行為のいずれかのはず。
 それが………。
「………ぐすっ」
 パートナーのこんな態度は、ハークの想像を絶していた。
「ほ、ほら、これでもう見えなくなった! これでいいだろ!?」
 涙を拭う晶に慌てて風の刃の魔法を唱え、幹に刻まれていた文言を見えないように削り取る。これでこの幹を誰かが見ても、書かれていた内容までを特定する事は出来ないはずだ。
「まだ…………ひっく、ハークくん、忘れてない……よね?」
 すっと伸ばされた震える手に、ハークは抗う事が出来ないままで。
「忘れた! 忘れたから! 晶ちゃんがこんな所に……」
 ハークも小柄だが、晶も決して大柄なわけではない。
 肩を掴む手が思ったよりも小さく華奢な事に、ハークはごくりと息を呑む。
「ハークくん………」
「晶ちゃん………」
 手の力に抗うことなく任せれば、ハークの体は晶にそっと抱き寄せられていた。汗の匂いに混じってほのかに漂う甘い香りが、彼女が年頃の女の子である事を少年に強烈に意識させる。
「確か……強い衝撃を与えたら、人の記憶って飛ぶって……」
 抱きしめられた腕の中。
 嗚咽に混じって唱えられるのは、途切れ途切れの魔法の言葉。
「え、いや、ちょ………」
 その言葉に、ハークの体は淡く輝き。
 地面とハークの間に瞬間的に生まれた強力な磁力は、どちらも同じ極性だ。
 それは即ち………。


続劇

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