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10.激戦、極まる

 崩れ落ちた衝撃に、大地が揺れる。
 全長二十メートルを超える巨躯は、闇に還るのも一瞬のことではない。
「はぁ、はぁ、はぁ………」
 サイズは大きくとも、倒した黒竜はまだ二匹目。肩で息をしているのは良宇だけでなく、辺りの他の騎士団員も同じ事だ。
「良宇さん……大丈夫ですか?」
「まだまだじゃ!」
 だが、キースリンの声に良宇はびしりと背を伸ばし、力一杯そう答えてみせる。
「だったな、お前は。……レイジ君は?」
「大丈夫でさあ!」
 そして、同じく肩で息をしているレイジの反応も、パートナーと全く同じ。似たもの同士だと苦笑していれば、森の奥から飛行魔法が使える団員が飛んでくる。
「次、来ましたわ!」
 無論その後に続くのは、黒い鎧甲に覆われた黒竜だ。
「レイジ!」
「おう!」
 無数のガルムと二匹の黒竜を相手に、結界の最適な使い方は会得済み。……けれどレイジが目指すイメージは、そのさらに一歩先にある。
「…………ここを、こうやって………」
 描く位置は先ほどと同じ。
 そして、描く形はさらに踏み込む。
 引っ掛けるのは足ではなく、翼。描く結界は、四角や棒状ではなく………より引き絞った円錐状に固定する。
「こうだっ!」
 響き渡るのは、壮絶な咆哮と大地を揺るがす転倒音。
 足を引っ掛けた程度ではない。翼膜を貫かれた状態で、加速を緩める事の無かったそいつは……自身の力で自らの翼膜を引き裂き、そのまま失速。超低空から大地に叩き付けられる。
「レイジ君、良くやった! 行くぞっ!」
 片方の翼を失えば、機動力は無いも同然。もちろんブレスや脚力は健在だが、レイジとしては御の字の成果だ。
「はぁ……はぁ、はぁ………。けどこいつら、どんだけいるんでぃ……」
 空を見上げれば、月光輝く夜空を舞うのは黒い翼を大きく拡げた竜達だ。タチの悪い事に、レイジ達や他の隊が退治するより、竜の生まれるペースの方が早くなっている。
 幸いなことにいきなりブレスを吐くような竜はおらず、竜の全てがこちらを狙ってきているわけでもないが……そんな均衡も、いつ崩れ去るか分からない、危ういものだ。
「ブレス来るぞ! 総員、防御っ!」
 マーヴァの言葉に、騎士達は魔法の防御盾を一斉に展開。近くの騎士と盾を重ね合わせ、繋ぎ合わせて防御力を高めるフォーメーションは、流石に訓練されたものだ。
 だが。
「レイジ!」
 レイジの周囲には、騎士がいない。
 彼が気付いたときには、防御の魔法を展開する暇もない。
「レイジさんっ!」
 黒竜の喉がごぼりという異音を立てて大きく歪み。
 その解放と同時に放たれた黒い雷光が、辺り全てを灼き尽くす。


 振り抜かれた竜尾を受け、上へと弾き流したのは、ふわりと浮かぶひと抱えほどの鉄球だった。
「…………大丈夫!?  セイルくん!」
 鉄球が護る位置にあるのはセイル。
 そしてそのレリックを起動させたのは、リリだ。
「……ありがと、リリさん」
 竜の尻尾が届かない位置に下がりつつ、セイルは傍らのパートナーにぺこりと頭を下げてみせる。
「えへへ……。セイルくんからもらったこれ、役に立ったね」
 誕生日プレゼントにしては少々色気がないが、防御を司るそのレリックは、彼がリリを案じて調整してくれたものだ。花や洒落た小物などより、彼らしいと言えば、らしい。
「リリ! イチャイチャすんのは後にしろっ!」
 だがそんな二人に飛んでくるのは、身ほどもある大剣を担いだ男の声だ。
「………んもぅ、パパのバカ! 空気読んでよ!」
「読んでねえのはお前らだろうが! 死にたいのか!」
 なにせ目の前にいるのは凶暴化した竜である。人相手なら呆れて小芝居が終わるのを待ってくれる事もあるだろうが、竜にそれを期待するのはさすがに酷と言うものだろう。
「リリさん」
 故に、セイルも戦う術を選ぶ。
 自身の身ほどもある巨大なハンマーを構え、掛ける声はパートナーに。
「うんっ!」
 リリの制御に応じ、セイルを守った鉄球が戦鎚のヘッドに接続される。二つのレリックを繋ぐのは、鉄球から生み出された魔力の鎖だ。
 新たに付け加えられた機能ではない。二つのレリックは、もともと一つだったもの。それが元の形に戻ろうとしただけの事だ。
「…………何発、行ける?」
 一斉攻撃の様子に、やや後方にいた白衣の青年が掛けるのは、傍らの少年に向けて。
「四発なら」
 そのひと言で、悟司も男の指示を十分に理解する。
 短い集中と携帯から流れ出すメロディに乗って、少年の周囲に浮かぶのは四発の銀の弾丸だ。
「……………五発」
「…………ご、五発ですか……」
 五発の同時制御は、四発に比べて精度が落ちる。出来ないわけではないが………。
「…………五発」
 周囲に十発の碧く輝く弾丸を浮かべた月瀬の様子に、まだ買って間もない携帯を握り直し、もう一発の銀弾を起動させる。
「行っけぇぇぇぇぇぇっ!」
 放たれた銀光が描く軌道は直線ではない。時折不規則な回避運動を加えながら、十発の碧弾と共に黒竜の四方から一斉に殺到する。
「…………力みすぎ」
「いや、このくらい気合入れないと、制御しきれなくて……」
 その気合を撃鉄代わりに制御をしているようなものだ。月瀬ほどになれば、この程度の魔法は呼吸をするように発動させる事が出来るのだろうが……。
「セイル!」
 そんな弾丸の牽制に続くのは、やはりミスリルの戦鎚を構えた小柄な女性の疾走だ。
「……分かった」
 一直線に駆け抜けるセイルと、魔法を併用した空中跳躍からのルーナの一撃。
「うおおおおおおおおおおおおっ!」
 戦鎚に繋がる巨大鉄球を先行で叩き付けて、そこからさらに本命の一撃を力任せに打ち付ける。それが上下からの二段構えとなれば、いかな竜でも身をよじり、痛みに咆哮を上げるしかない。
「……………あれが、見本」
「いや奥さん思いっきり気合入れまくってるじゃないですか」
 リリの父親の大剣で闇に還されていく黒竜を眺めながら、悟司はそう呟くしかないのだった。


「晶ちゃん! そこの切り株!」
 その言葉にちらりと視線を動かし、晶がしたのは唇をわずかに歪ませる事だ。
「良いところ見てるじゃない、ハークくん!」
 ハークから指された切り株は、迫る黒竜の数歩前。手元の携帯から既にメロディは流れ出し、魔力も組み立ててある。
 竜が一歩踏み出し、さらにもう一歩………切り株を踏みつぶそうとした所で、魔法を解放する。
「Sと……Nなら……っと!」
 瞬間、竜の足が普段の倍速で切り株へと振り下ろされて。
 バランスを半ば崩した竜が異変を感じたときには、既に遅い。S極の磁力を与えられた竜の爪とN極の磁力を与えられた切り株はガッチリと組み合って、竜が次の一歩を踏み出す事を許さない。
「…………やるな」
「まあ、これでもうちょっと長続きすればいいんでしょうけどね」
 実際、効果は一瞬だ。いかに力を収束させ、効果を増しているとは言っても……竜の力に完全に競り勝てるわけもない。
 だがそれでも、隙を作り、バランスを崩すには十分なもの。
「十分でしょう。総員、射撃魔法! 撃………」
 て、の声は続かない。
 宮之内の射撃指示より早く、山の一角と黒竜を一直線に繋ぐのは、強力な魔力の砲撃だ。
「何、今の!?」
 動きを封じられた竜に、その砲撃を避ける術はない。砲撃のエネルギー光が途切れたときには、正確に頭を貫かれ、闇へと還っていく黒い竜だったものが残されているだけ。
「魔法庁の誰かじゃないの?」
「あんな強力な魔法の使い手なんていたかしら……?」
 少なくとも宮之内の知る限り、そこまでの使い手が加わっているという覚えはない。作戦への飛び入り参加は認められているから、もしかしたらそんな職員の攻撃なのかもしれなかったが……。
(飛び入りは労災降りないって言ったのに……)
 ともあれ、強力な援護射撃である事には違いない。それはありがたく受け取っておく事にして、代わりに使い手の誰かがこの戦いで怪我をしないようにと願っておく。
「ちょっと、あたしらの出番ないじゃない! 呼ばれ損!? せっかく変身までしたのに!」
 そんな中、竜の消滅に抗議の声を上げているのは二人の小柄な少女だった。いや、正確にはその黒い格好をしている方だけが、長身の少女に向けて文句を叩き付けている。
「次の竜は上でいくらでも生まれてるから、好きに倒してきなさいよ……」
 そしてそんな理不尽な言葉にも慣れているのだろう。少女の側は、はいはいと軽く手を振りながら聞き流しているだけだ。
「今のうちに怪我人を回収します! 歩ける者は、階段の上の本陣へ! ハニエさん、動けない職員の応急処置が終わったら、他の隊の援護に向かってもらえるかしら?」
「はいっ!」
 今の宮之内の目的は、被害を受けた同僚達の保護と回収だ。その目的を果たすため、動ける職員達に手際よく指示を飛ばしていく。


 構えた砲口から立ち上るのは、超高熱と大魔力から生み出された水蒸気の煙。
 ふぅ、と小さく息を吐き、樹上の少女はその白煙を軽く吹き散らしてみせる。
「これで、三匹目……っと」
 竜のまとう悪意は、攻撃魔法を受け止める天然の防御結界だ。しかし攻撃に特化した少女の砲撃魔法は、その結界ごと相手の体を打ち貫く。華が丘でも最硬と言われる雀原葵の黒壁クラスならともかく、黒竜のそれ程度なら狙い次第で十分に痛打を与えることが出来る。
 もちろんその代価は、決して安いものではなかったけれど。
「フルドライブ、残り三発かぁ……。もうちょっともらっとけば良かったかな……?」
 木の枝に引っかかっている排莢されたカートリッジを拾い上げ、桜子は小さくため息を吐く。カートリッジは魔力の充填を行えばまた使えるが、さすがに戦闘中にそんな余裕はない。
「まあいいか。移ど……………っ!」
 その声を掻き消すのは、吹き荒ぶ風の音。
 樹上に腰掛けていた桜子の眼前に広がるのは、黒い翼。
 合ったのは、悪意と破壊衝動に彩られた、竜の瞳。
「ったく、サプライズなんて、されるのは嫌いなんだってば! 永久!」
 カートリッジを装填しての攻撃を放つ余裕はない。防御魔法も竜のブレスにどこまで耐えきれるか未知数だ。
 故に、足元に展開していた小さな翼が光を放ち……。
「――――No problem」
 耳元に『問題ありません』という言葉が囁かれると同時、眼前の黒竜の頭部を彩るのは、銀の薔薇。
「秘剣…………薔薇の、葬送曲」
 音もなく細剣を振り抜けば、描ききられた銀色の薔薇ははらりとその花弁を散らせ。
 桜子と同じ樹の枝に舞い降りた剣士の背後で巻き起こるのは、竜の頭を吹き飛ばす炸裂だ。
「…………」
 無論、薔薇の嵐が桜子を傷付けるような事はない。
 もっとも破壊の衝撃が来たとしても……もう一人の剣士の白いマントで、少女はしっかりと守られていたのだが。
「大丈夫ですか? 美しいお嬢さん」
「………あり……がと」
 伸ばされた手にその身を起こしてもらいつつ、流石の少女もそう答えるのが精一杯。
「今宵は賑やかですが、レディの一人歩きは危ないですよ? 良ければ、ぜひエスコートさせていただきたいのですが……」
「うーん。両手に花も悪くないけど、先約がいるのよねー」
「おや、残念。ですが何か困り事があれば、この老体をぜひお呼び下さい」
「ええ。お願いするわ」
 仮面の下は自分が思うより年なのだろうか……と一瞬思うが、先刻の大魔女の例もあるし、年の事は口に出さないでおく事にする。
「面白い人がいるのねぇ……」
 樹上から跳躍し、森の反対側へと消えていった二人組の背中を見遣りつつ。桜子は今度こそ、足元の小さな翼を倍ほどの大きさに拡げてみせる。
 とりあえず場所は変えるべきだろう。先ほどはわざわざ見える位置まで来てくれたから対処する隙もあったが、遠距離からブレスでも放たれれば回避する事も出来そうにない。
 そんな事を考えながら夜空を見上げれば、夜目にも鮮やかな雷と疾風をまとい、飛んでいく姿が一つ。部の仲間達の魔法通信に耳を傾ければ、どうやら竜の誘導係が突出しすぎているらしい。
「………って、言った先から援護がいるんじゃない。ったくもう」
 さっきの二人に新しい射撃ポイントまでエスコートしてもらうべきだったかしら、などと思いつつ。
 桜子はその場に腰を下ろし、次のカートリッジを砲身へと叩き込むのだった。


 放たれたのは、漆黒の雷。
 受け止めたのは、空間を操るレイジの結界ではない。
 音符を模した意匠の輝く、光の盾だ。
「大丈夫!?」
 無論、レイジの魔法ではない。黒竜のブレスに間に合わなかった彼の魔法は、携帯の画面の中、いまだ壁紙としてそこにある。
「ハルモニィ………? お前、なんでこんな所に……」
「華が丘の危機なら、どこにだって駆けつけるわよ!」
 荒れ狂う雷光の向こうでは、メガ・ラニカの騎士達も己の前に光の盾を生み出し、陣形を組んで雷を受け止めているのが見えた。その陣の中には見慣れた巨体も、黒くなびく髪も見える。
 とりあえず、黒竜の一撃で倒れた者はいないらしい。
「………何か、薔薇仮面みてぇな事言うな」
 味方の無事に安堵したか、レイジの口からぽろりとこぼれるのは、そんな言葉。
「うぅ……あんまり一緒にされたくないよ……」
 わずかな気の緩みに、防御の魔法がぐらりと揺れる。
 心の揺らぎは力の揺らぎ。慌てて精神を集中し、再び防御の魔法を立て直す。
「す、すまん! ……ってか、謝らなきゃならねぇのはその事よりもだな」
「ん?」
「いや、前にお前の事、大魔女達の部下みたいに言ってさ……悪かったな」
「ああ、気にしてないから大丈夫だよ」
 実際のところ、大魔女の関係者である事は違いないのだ。もっともその後、正面からケンカを売ってしまったのだが。
「そっか……。けど、とにかく悪かったな」
「だから、気にしないでいいってば!」
 叫ぶと同時、ハルモニィは吹き荒ぶ雷の中にその身を勢いよく飛び出させた。
「ちょっ!」
 無論、魔法衣の防御力は計算の上だ。一瞬でブレスの範囲外に飛び出たハルモニィに感じるほどのダメージは伝わっていない。
 その傍らに現われるのは、彼女より少し背の高い影だった。
「まったく。急いでこちらに来たかと思えば……心配するこちらの身にもなってちょうだい!」
 聞こえるのは、先輩たる母の声。
「ごめんなさーい」
 そう言いながらも、ハルモニィは空中でくるりと一回転。
「でぇぇぇぇぇぇいっ!」
 振りかざしたのは、魔力の光をまとう両手のロッド。
 振り下ろす先は、ブレスを放つ竜の頭。
 ごぎ、という鈍い音は、飛び散ったハートマークに相応しくない、あまりにもバイオレンスなもの。
「……………なんであそこで力技かね、あいつは」
 相棒らしい魔女の華麗な魔法攻撃が黒竜を吹き飛ばす様子をぼんやりと眺めつつ、レイジは半ば呆れ顔で呟くしかない。


続劇

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