-Back-

12.戦慄は微笑みと共に

 夜の空を貫いたのは、一直線に天地を結ぶ光の槍。
「あ。桜子ちゃんだ」
 石段の上。排莢されたカートリッジをポケットに戻しつつ、呟いたのはファファである。
「良かったぁ。しばらく魔法が見えなかったから、心配してたんだ」
 大出力の砲撃魔法は、カートリッジを消費する大魔法だ。恐らくファファと同じように、少ないカートリッジを節約していたのだろう。
「………いや、あれ違くない?」
「かなぁ……?」
 軽傷の騎士団員に協力して怪我人を運ぶ手伝いをしていた冬奈のツッコミに首を傾げておいて、ここが終わったらメールでも送っておこうと決めておく。
 だが、そんな考えが出来たのはそこまでだ。
「ファファちゃん、こっちをお願い!」
 先ほど合流したルリの声にそちらへ向かってみれば、次の怪我人はかなりの重傷だった。
「酷いですね……」
 両腕の骨折に、重度の火傷。地上の基準なら戦線離脱して当たり前の大怪我だったが、ここで癒しきることが出来れば、すぐにでも戦いに戻る事が出来る。
 そしてそれを執り行うのが、最前線に立つ治癒魔法使いの大事な役目。
「まだ大治癒、行ける?」
「やってみます!」
 構えた長杖から三発のカートリッジをロード。一瞬で膨れあがる魔力に震える体を何とか押さえつけ、さらに長杖は魔力の込められた短筒を排莢する。
 長い長い詠唱を終えてようやく完成した魔法は、焼けただれた背中を淡い光で包み込み……。
「……………はぁあ………」
「お疲れ様。上手く行ったみたいね」
 肌がきちんと再生している事を確かめて、ファファはその場にへたりと腰を落としてしまう。
「いえ、まだまだで……」
 そのまま体を支える力を失って……。
「ママ、こっち終わったよ。……って、ファファちゃん!?」
 倒れてしまったファファのもとに駆け寄ってきたのは、離れた所で軽傷の兵士を手当てしていたリリだった。
「リリ。セイルくんと冬奈ちゃんと一緒に、ファファちゃんを本部に連れて行ってあげて」
「ルリさん……わたしなら、まだ………」
 身を起こそうとするファファだが、その体をルリに止められてしまう。
「違うわよ。本部でも怪我人が増えているだろうから、そちらの手伝いをして欲しいの」
 その言葉の半分は真意で、半分は理由付けだろう。
 少なくとも安全な本部なら、魔力を使い果たして倒れたとしても、危険にさらされる事はない。
 だがこの戦場で倒れれば、危険なのはファファ自身だけではない。彼女をフォローする全ての者が、危険に晒されることになる。
 そうなっては、治癒術者の本末転倒だ。
「分かった! ちょっと呼んでくる!」
「うぅ………まだ半分も過ぎてないのに………」
 長杖に組み込まれた携帯のデジタル時計は、まだ戦闘開始から十五分ほどしか過ぎていないことを示している。予測された終了時間を基準にしても、まだ折り返し地点にしか来ていないのだ。


 飛び交うのはハートマークと、輝く銀の星のカケラ。
「でぇぇぇぇいっ!」
 砕かれるのは竜の脳天だ。
 効果はファンシーでも、魔法で増幅されたロッドの破壊力は普通の打撃と変わりない。ついでにいえば星だのハートだのが出るのはハルモニィの打撃だけで、パティシエールの魔法はごくごく普通の発動を見せている。
「ハルモニィ……何か、良い事でもあった?」
 そんな少女の着地点にいたのは、放たれた弾丸を回収していた悟司だった。どうやら移動しながら戦ううちに、彼らの隊の近くまで来ていたらしい。
「え? 別に何もないけど……どうかした?」
「いや、別に何でも……」
 わずかに言い淀んだ悟司は、誤魔化すように回収した弾丸に傷がないかを確かめて、ケースへと戻すだけ。
 不壊の特性を与えられたレリックといえど、絶対に壊れないわけではない。殊に今の相手は天候竜なのだ。放とうとした瞬間に割れでもしていては、話にならない。
「何でもなくないでしょう……」
「……あ、すいません」
 パティシエールに叱られた悟司の表情は明らかに「誰?」というものだったが……何となくその場の流れで謝ってしまうのは、日本人の悲しい性と言えるだろう。
「………何? 何かマズかった?」
 先輩魔女との連携は上手く行っていたはずだ。悟司からはハルモニィと呼ばれていたから、百音と呼ばれて返事をした……などという定番のボケをやらかしたわけでもない。
 他の行動を思い出しても、ここで母に注意される理由がさっぱり出て来ない。
「ハルモニィ。………お願いだから、ニヤニヤしながら竜を殴るのはやめてちょうだい」
 心当たりは、無論ある。
 けれど、それは務めて顔に出さないように気を付けていたはずなのに。
 自分としては、ものすごく真剣な顔で竜を殴っていたつもりなのに……。
「………ニヤニヤしてた?」
「………わりと」
 だが、問われた悟司はわずかな間を置いて、小さく頷いてみせる。
「怖いっていうか、何か変な趣味があるように見えちゃうから……」
 ただでさえファンシーな格好でバイオレンスな行為に及んでいるのだ。そこに笑顔まで重ねられては、色々な意味でフォローのしようがない。
「…………………ごめん。気を付ける」
「………頼むわよ、ホントに」
 がくりと落ち込むハルモニィに、パティシエールは先輩ではない、母親の口調でそう呟くのだった。


 華が丘八幡宮の社殿に響き渡るのは、轟く雷光と吹き荒れる嵐。
 そして、少年の絶叫だ。
「待って下さい! レムレム! ってか待ちなさーい!」
 身体の内に駆け巡る負の力に慣れてきたからか、それとも蓄積した負の力が一斉に吹き出したのか。いずれにせよ、叫ぶレムには今までのような暴走を食い止めようとする意思は感じられなかった。
「あああああああああああああああああっ!」
 構えた刃を振り抜けば、迸る雷が社殿の一つを打ち壊し、抜ける嵐が舞う展示物や構造材を力任せに吹き飛ばす。
「ちょっと、シャレになってませんってば!」
 すぐ近くでははいり達が儀式を行っているはずだ。この力が彼女たちに叩き付けられれば、今までの苦労は水泡に帰す……どころの騒ぎではない。
 開けられたままの封印を調整する者がいなくなれば、この黒竜が無限に生まれる状態が、ずっと変わりないという事になるのだ。
「………もぅっ! こうなったら、手加減しませんからね! 水でも被って反省してくださいっ!」
 無事な社殿の壁を蹴り、三角跳びの要領で空中のレムに強引に接敵。
「でぇぇぇいっ!」
 けれど、跳躍と飛翔では、空中での機動に天と地ほどの差があった。真っ直ぐにしか跳べない真紀乃の攻撃を、レムはほんの少しその位置を変えるだけで避けられるのだ。
 だが。
「そんなのは、お見通しですっ!」
 真紀乃はさらにもう一段を蹴り込んで、空中のレムに力任せの拳を叩き込んだ。その一撃はさすがのレムも予想していなかったのだろう。衝撃のままくるくると宙を舞い、山門の彼方まで吹き飛ばされていく。
 真紀乃にも、彼女の武装錬金にも、飛行能力はない。
 飛べるのは、彼女の操る人型のメカニック。
 そう。二段目の蹴り込みをした空中で彼女を受け止めたのは、防御の構えを取ったテンガイオーだったのだ。
「ふぅ………」
 真紀乃が着地する頃には、既に吹き飛ばされたレムも空中で体勢を整えている。……ただ、真紀乃を脅威と認めたのだろう。レムは方向を変え、頂から山の端へと消えていく。
「とりあえず、これでよし……と」
 レムには悪いことをしたが、この場所で戦うわけにはいかなかったのだ。それは彼も分かってくれるだろう。
 そう思いながら、真紀乃もレムの追跡を再開する。


「先生達、ちゃんと儀式は進んでるのかね……」
 携帯のデジタル表示を見れば、戦闘開始からもうすぐ二十分が経とうとしている。拝殿の方角では彼女たちの魔法の発動を示す光柱が立ち上っているから、儀式が中断されてはいないようだが……。
「…………八朔のメールが来てるんじゃないのか」
 良宇の言葉にも、レイジが携帯を取り出す様子はない。
「あいつのメールは「よく分からんがすごい」と「たぶん順調」しか書いてねえから、無事な事しか分かんねぇんだよ」
 せめて写メでも送るように返信しておこうか、とでも考えたときだ。
「レイジさん! 良宇さん!」
「ああ。分かってるな、良宇」
 メールの画面から画像の呼び出しに切り替えて、レイジが呼ぶのは相棒の名だ。
「おう」
 無論、良宇は周囲の気配に拳を構えた後。立ち籠めるそれは、より密度を高め、形を成し、犬の姿をもって森の中へと顕現する。
「マーヴァさん、こいつら……!」
「総員、まずはガルムを蹴散らせ! 竜退治の邪魔をされたらたまらんぞ!」
 噛み付かれれば動きが取れなくなるし、そこに竜の攻撃が重なれば無事では済まない。そもそも竜との戦闘に集中できない事そのものが、致命的であった。
「次の竜、来るぞ! 急げ!」
 まだ黒い犬の半分ほどしか駆除が終わっていない。天を翔ける巨大な翼にカウンターを叩き付けるためのエピックを呼び出しつつ、レイジはもう一つの事に気が付いた。
「ここ……ゲートの裏口……?」
 竜を倒しつつ、少しずつ戦域を変えていたのは確かだが……。
「いつの間にこんな所まで押し込まれてたんだ? 本陣の近くじゃねえか……」
 予想以上の敵側の猛攻に、レイジは嫌な予感を抱かざるを得ない。
 画像を呼び出す前、返信しようと開いた八朔のメールには『順調』という二文字だけがあった。
(……悲観的な事を書かれるよりは、あのくらいの方がちょうどいいのかもしれねぇな)
 ともかく、今は楽天的なそれを信じて戦うしかない。
 ガルムの撃退を良宇やキースリンに任せ、レイジは空間魔法の起動に精神を集中させる。
 その時だった。
 レイジの視界を、黒い光が覆い尽くしたのは。


続劇

< Before Story / Next Story >


-Back-
C-na's 5th Dimentional Labyrinth! "labcom.info"
Presented by C-na.Arai