26.そして巻き戻る物語
華が丘高校の花壇に咲き誇るのは、夏の花。
現われたパートナーの姿に、花壇の世話をしていた少年はそっと如雨露を持つ手を止めている。
「ウィル君。僕は……」
「どうしたんだい、祐希くん」
着ている服は彼がバイトをしているコンビニの制服だ。
どうやら仕事を途中で抜けてきたらしいが……真面目な彼がそんな事をするなど、ウィルの知る限り初めてのこと。
「君は……思い出さないのかい?」
我ながら、おかしな事を言っているのは分かっている。
笑われても仕方ないことだろうと理解もしている。
けれど、問いかけずにはいられなかったのだ。
この世界が、彼の知る世界とは違うことを。
「……………ウィル、くん?」
パートナーの少年は、如雨露を持ったまま黙っている。
祐希の言葉を笑うことなく。
祐希がおかしくなったかと、訝しむこともなく。
ただ……。
「それを言うのは私じゃなくて、彼女にだろう。祐希くん」
花壇の向こう、持っていた如雨露で指し示すだけ。
「祐希さん………」
そこにいたのは、ルリ・クレリックのパートナー。
否。
森永祐希の、パートナー。
「キースリンさん………」
強い風と衝撃と、辺りを覆う砂煙。
その先にあったもの。
絶対に忘れることの出来ないそれは……。
「責任……取ってくれるんですよね?」
改めて紡がれるのは、はにかみ気味の少女の言葉。
「………はい。ちょっと、忘れてましたけどね」
互いに穏やかに微笑み、視線を交わし合う。
「さて……と」
少年と少女の再会を見届けたウィルの姿は、既にその場所にはない。
校舎の上。白い仮面とマントを羽織り、いつの世界も変わらぬ風にその身を任せ、立っている。
「我がパートナー殿は、ちゃんと思い出せているのかね」
彼にとって、どこを歩いているかなどさしたる問題ではない。
その道筋に、愛でるべき美しい花々があるかどうか……大事なのは、それだけだ。
「この世界は………何なんですか、はいり先生」
晶がメガ・ラニカ人で、ハークとはパートナーではない世界。
「まあ、撫子ちゃんとパートナーだったのは、ちょっとおいし……痛っ!」
力一杯殴られてうずくまるハークを尻目に、問われたはいりは小さく肩をすくめてみせる。
「あなた達が選んだ世界よ。1992年のあの時、あたしの力で強引に結び付けられた……」
「……じゃが、いくら何でも違いすぎやせんか? 近原先生」
他のメンバーも、良宇の知っている組み合わせになっている者はひと組もいなかった。あまつさえ、撫子が魔法科にいたり、記憶にない生徒が混じっていたりと、強引に結び付けられたにしても度が過ぎる。
「少しのズレが大きな誤差に変わっていくの。柚が残った、この世界ではね」
小さなズレなら、気付かれないまま歴史は進んでいくだろう。
だがそれが補正できない限界点を超えたとき、歴史は分岐を起こすのだ。
良宇とファファがパートナーとなった、この世界のように。
「だから、柚がこの世界にずっといて、あたしもお前を産む事がなくなった。なんであたしがお前を産む事になったのかは……今のあたしにゃ分かんねえけどな」
ルーナの記憶にあるのは、92年のあの時から続くもの。セイルの知る2008年の記憶は、当然ながら持ち合わせていない。
だが。
「分かってた……の?」
セイルは、常にセイルとだけ名乗っていた。
ブランオートはおろか、月瀬とさえも名乗っていないのに。
「その戦鎚とリリのアレを見て分からん奴がいるか。あたしがそれを預けるなら、自分の子供しかいないだろうよ」
「でも、僕は…………」
こうして生まれている。
ルーナと月瀬が結ばれないなら、歴史が変わり、セイルもこの世にはいないはずなのに。
「そりゃ、お前らの2008年と何とか帳尻が合うようになってる世界なんだから。いきなり消えたりはしないだろうさ」
純粋な分岐ではない世界に生まれた、歪みの一つ。
「じゃあ、ドミナンスが現われたのも……?」
隆盛を誇ったかつてならいざ知らず、今のドルチェ家には百音以外の魔女見習いはいない。そんな彼女が現われたのは……。
「オラン先輩の時みたいに世界を救う必要がないなら、あなたの試練はただの実力テストだもの」
小さなフクロウが告げた言葉は、何の裏もない、全くの真実だったということだ。
「………っていうか、知ってたんですか菫さん!?」
「伊達に大ドルチェやオラン先輩と仲良くしてるわけじゃないわよ。まあ今日の事は、レイジくんも夢だと思ってくれるでしょうけど……ね」
そう付け加えたと言うことは、例の決まりも知っているという事なのだろう。
携帯に下がるもう一つのレリックを借りた時にも多くを語ってはくれなかったが……一体百音の母親は、どんな修業時代を送ってきたのだろうか。
「さて。あなた達が私達の未来も、あなた達の未来も選ぼうとした世界がこれだけど……」
そして、全ての話が終わり。
「どうする? まだ、続ける」
次に来るのは、問い掛けだ。
「それは………」
この歪んだ世界を生きるのか。
「それは…………」
それとも1992年のはいり達を護るのか。
「それは……………っ」
それとも……。
続劇
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