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10.始まる、宴 ゲートを抜ければ、華が丘山の坂の下。 「ついに、高校生か………」 ハークはブレザーの襟を引き、山の中腹に姿を置く学校の屋根を見上げた。 「受験の時は散々だったけど、今度こそ……っ!」 受験に向かう間も、その後も、彼に絡んでくるのは男ばかり。勝負時の昼休みや、最後のチャンスだったカフェでさえ、ウィルや良宇に阻まれて、その目的は達せられないでいた。 けれど、ここからは違う。 自らの思い描く、薔薇色の学園生活を送るのだ! 「……うー。こないだもそうだったけど、結構あるなぁ」 しかもハークの後にゲートから出てきたのは、先日カフェに来ていた小柄な少女。 大きめのバッグを抱えたまま、やはり延々と続く坂を見上げ、困ったような声を上げている。 「ファファちゃん、だったよね……?」 「んー?」 「今から学校まで、飛んでいくんだけどさ……良かったら、連れて行ってあげようか?」 そう声を掛け、背中に背負っていた鞄に指先を触れさせる。 そのままひとつ指を鳴らせば、鞄から広がるのは漆黒の大きな翼。ゆらりとはためき、辺りの風をひとつ打つ。 「いいよ。わたしも飛べるから」 だが、そう答えたファファが取り出したのは折りたたみの携帯だ。高めの涼やかな声がわずかに流れ、ファファの身体はふわりと浮いた。 背中に淡く輝くのは、半ば透き通った純白の翼。 「…………あー」 「飛べない子、連れて行ってあげたら?」 白い翼をばさりと打って、ゆっくりとファファは高度を上げていく。 その姿は少しずつ小さくなっていき。 「………ちぇ」 視線を下ろしたハークの前にいたのは……。 「………」 どこかで見た、細っこい影。 眼鏡の奥の瞳が嬉しそうに細まる様子は、少年には悪魔の微笑みとしか映らない。 「ハークじゃねえか! ウチの天馬を喚ぼうと思ったら、誰か乗って出てるみたいでよぅ。良かったら、学校まで乗っけてっちゃくれねぇか?」 「お、男を連れて飛ぶ趣味はないよっ!」 携帯を持った手をぶんぶん振りながら駆け寄ってくる少年に、ハークも慌てて空へと舞い上がるのだった。 ○ ゆっくりと華が丘の校門に舞い降りたファファに掛けられたのは、元気よく手を振る百音の声。 「一緒のクラスだよ! これから一年、よろしくね!」 「そうなんだ。他に誰がいるの?」 携帯をぱたんと閉じたなら。ファファの翼はふっと消え、ローファーが硬い地面をた、と打つ。 玄関前に立てられたクラス分けの看板をざっと眺めれば、自分の名前はB組に記されていた。百音以外にも知った名前が何人か、自分と同じ列に記されている。 「晶とリリは、A組か……」 百音の傍らに立つ冬奈も、二人と同じB組だ。 「二年になったらクラス替えがあるんでしょ? だったら、きっとその時に一緒になれるよ」 「そうだね。けど、入学式の日にお泊まりセットを持ってこいって……どういう意味なんだろ?」 百音と冬奈もファファと同じく、学生鞄以外にも大きめのバッグを提げていた。中身はどちらも似たようなものだろう。 学校に指示された、宿泊に必要な物一式だ。 「………そっか。百音は紫音さんが華が丘に入ったとき、もうメガ・ラニカに行ってたんだっけ」 百音の兄の紫音は、今年華が丘の三年になる。二歳差の百音は中一の時にメガ・ラニカに移ったから、紫音の高校時代をほとんど知らないのだ。 「なになに? 冬奈ちゃん、知ってるの?」 その問いに、冬奈はしばらく沈黙を守り……。 「………内緒」 呟いたのは、ぽつりとひと言。 もちろん、紫音が百音に入学式以降の事を話していないということは、それなりの考えがあるのだろう……と、踏んでのことだ。 「ちょっと、ずるーい! ファファちゃんもずるいって思うよね!」 「うーん。わたしも、気になるなぁ……」 二人で冬奈に詰め寄っていると、正面玄関からジャージ姿の女教師が大きな声を張り上げてくる。 「はい。新入生の皆さん! そろそろ体育館に移動してちょうだーい! 入学式、始めるわよー!」 それと、ほぼ同刻。 少年はゲートから出てくると、持っていた携帯をちらりと一瞥。 「…………あと、五分?」 買ったばかりのそれは、まだ使い方もろくに理解していない。液晶画面もデフォルトの画面に時計が表示されているだけで、壁紙すらも変えられていなかった。 「歩いても、間に合わない……よね?」 見上げる校舎は、はるか坂の彼方にある。いかに少年が全力で走ろうとも、たった五分ではたどり着けそうにない。 さらに間の悪いことに、少年は飛行の魔法を覚えていないのだ。 「間に合うかな……?」 だが。 間に合わない、と諦めるという考えは、少年にはない。買ったばかりの携帯の、覚えたばかりの使い方の一つを思い出しつつ……軽くひと振りすれば。 振り抜いた時に手に残るのは、ストレートの携帯ではなく、身の丈をはるかに超える大戦槌。 そのまま重心移動に任せ、打撃部となる槌頭を大地めがけてずんと置く。 続けてひょいと飛び乗れば。 「………行けっ」 ハンマーヘッドが車輪の如く回り出し、大地を蹴って走り出した。中心線となる柄の部分を強く倒せば、そのスピードはさらに速く。 「…………」 だが、より加速させるべき所で、少年はスピードを落とした。 柄の角度をほぼ垂直に。歩くよりわずかに早い程度の速さへと。 「君も、華が丘に合格したの?」 併走するのは、華が丘のブレザーを着た少年だ。 ここまで全力で走ってきたのだろう。既に息も上がり、最後の難関となる坂は走り抜けられそうにない。 「ああ。えっと………セイルくん、でしたっけ?」 少年の問いに、セイルはこくりと首を縦に。 「………乗っていく?」 「いいんですか?」 再びこくりと頷くセイルに、少年はハンマーヘッドの回転部を踏まないよう、そっと飛び乗った。 「鷺原悟司です。受験の時、一緒に……」 「……行くよ」 最後までは名乗りきれない。柄をぐっと倒した急加速に、悟司は思わず息を呑む。 「せ……セイルくん!」 強引な重心移動でカーブを駆け抜け、華が丘山の坂を登り切れば、いよいよコースは心臓破りの坂へと入る。 「このハンマー、なんか熱くなってませんか!?」 坂を二人乗りで、しかも全速力なのだ。 回転する物体である以上、摩擦熱は発生する。いかにレリックが頑丈とはいえ、全ての物理法則を無視できるわけではないらしい。 「…………定員オーバー?」 その時、悟司のポケットから着メロが鳴り響く。 「はい! ああ、すいません。緊張したら、寝坊しちゃったんです! もう着きますからっ!」 通話の相手にそう怒鳴っておいて、終話ボタンを連打する。 「……セイルくん。もう式、始まってるって!」 悟司の言葉にセイルは小さく首を傾げ、熱を持ったグリップと一体化している携帯の液晶画面を確かめる。 「…………あと、三分?」 それを基準にすれば、残り時間はあと三分あるはずだ。 「時計、合ってないのかも」 「…………?」 どうやら、合わせていないらしい。それともちゃんと合わせた後、ゲートを通った時に誤差でも出たのだろうか。 いずれにせよ、急ぐ必要があるのは変わりない。 「スピード、落とす?」 「………いや、いい手を思いつきました。このまま行きましょう!」 悟司は携帯のメニューを開くと、操作を数度。 低い唸りのようなメロディが流れると、グリップからの熱がすっと引いていく。 「冷却の魔法です。あまり保ちませんが……加速、出来そうですか?」 悟司の携帯のバッテリーゲージは、あと一つぶん。セイルの魔力も、これだけ全力を振り絞ったのならいつまで持つかは分からない。 どちらのリミットが先に来るか。 「…………やってみる」 そのどちらのリミットもゴールまで持たせるには、速攻しかない。セイルは戦槌をさらに傾け、車輪の回転数を引き上げるのだった。 「我らが故郷メガ・ラニカと、第十七期留学生の名に恥じぬよう、これからの三年間を精一杯がんばっていきたいと思います。新入生代表、1−B レイジ・ホリ………」 代表挨拶の締めに重なったのは、扉を吹き飛ばす轟音だ。 「わぁぁぁあぁぁあぁぁぁぁっ!」 連なるのは少年の悲鳴と、轟く車輪の回転音。 保護者席の椅子の群れを凄まじい勢いでなぎ倒しつつ、巨大なハンマーはようやく停止する。常識で言えば大惨事となる出来事だが、この程度は事件とも呼べない華が丘のこと、ケガをする大人など一人もいない。 「…………セーフ?」 それに乗るのは、平然と呟く小柄な男の子と、目を回している少年の二人組。 「アウトに決まってるだろうが! このコンコンチキどもっ!」 |