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9.英雄、成る!

 それから、数時間の後。
 一同は華が丘を離れ、隣町のショッピングセンターにやって来ていた。
「へぇ………」
 驚きの声を上げたのは、まずリリだ。
「これは……」
 さすがの冬奈も、驚きを隠せない。
「絶滅したとばっかり思ってました」
 真紀乃に至っては、感心してすらいる。
「いや、真紀乃。いくらこの辺が田舎だからって、こんなのまで残ってるなんて誰も思わないから」
 そして晶は、苦笑気味。
「そうなんですか……」
 目の前にいるのは、剃り込みの入った学ランの男達。降松には中高問わず学ランが制服の学校がいくつかあるから、そのどこかの生徒なのだろう。
「そうよ。特別天然記念物で保存してもいいんじゃない?」
 まあ、それだけなら、ここまでは言われないはずだ。せいぜい市の無形文化財か、民俗文化財あたりで済む程度だろう。
「全部聞こえてるぞゴルァ!」
 声を荒げる不良達にも、少女たちが動じる様子はない。
「だって、今どき『君たちかわいいね。お茶しない?』……とか、いくら何でもないわよねぇ」
「そういうのも古風で良いかなぁって思ったんだよ! あえて!」
 あえて、ともう一度叫び、不良どもは凄んでみせるが……一度凄くないと思ってしまうと、この格好はコントと変わらなく見えてしまう。
「いくらなんでも、無いと思うわよ」
 しかし、不良達が拳を振り上げようとしたところで、状況は一変した。
 隙だらけの相手の動きに冬奈が構えを取るより早く。
「ぁ……っ……………」
 不良の言葉が、止まってしまう。
 冬奈たちの後ろにある、巨大な影を目に留めて。
「よう」
「あ、維志堂さん」
 維志堂良宇である。
 入試の時の制服姿ではない。くつろいだ和服姿で、晶たちと不良たちを見下ろしている。
 特に本人としては見下ろしているつもりはないのだろうが、身長差からすればどうしてもそうなってしまうのだ。
「て、てめぇ、華中の維志堂……っ! なんでお前がこいつらと……っ!」
「知り合いだが、それがどうかしたか?」
 特に威圧するわけでもなく、ぼりぼりと頭を掻くだけだ。けれどそのひと挙動だけでも、敵意をむき出しにした不良たちには拳を振り上げたに等しい動きと見えたのだろう。
「く………っ! 維志堂のスケかよ……! お、覚えてろよっ!」
 そんな捨て台詞を残して、不良たちはセンターの奥へと消えていく。
「…………スケって」
「やっぱりあれ、天然記念物に指定した方が良かったんじゃない?」
 捨て台詞のひと言だけでも、国宝級の価値があるだろう。あんな台詞を残せる不良など、もうこの日本にも数えるほどしかいないはずだ。
「まあ、助かったわ。維志堂」
「いや、何が何だかわかんねえんだが……。助かったんなら、良かったんじゃねえか?」
 そこで良宇もふと視線を止めた。
 晶と冬奈は華が丘の住人だから、隣町の降松にいても不思議ではない。もちろん、リリも。
 しかし……。
「そっちのお前……帝都から来たって言ってなかったか?」
「はい。合格したから、こっちに住むことになりましたっ!」
 ぺこりと頭を下げる真紀乃に、良宇は動きを止めたまま。
「………合格?」
「華が丘の合格通知。維志堂くんの所には、来てない?」
「合格通知…………?」
 晶の言葉を繰り返した良宇は、やはりしばらく動きを止めていたが……。
 いきなりくるりと振り返り、全速力で走り出した。
「……行っちゃいましたね」
「まあ、いいんじゃない?」
 ここが土の道なら、どどど、と間違いなく砂煙が起きている所だろう。それだけの勢いで駆ける良宇は、その巨体にもかかわらず、あっという間に見えなくなってしまう。
「じゃ、そろそろあたし達も帰りましょ。良い時間だし」
 携帯の時計を確かめつつの冬奈の言葉に、真紀乃は首を傾げる。
「何か用事があるんですか? 大丈夫です?」
「いや。そろそろ、アパートに応援が着く頃だしね」


 冬奈に呼び出された『応援』は、彼女たちが帰ってきたとき、律儀にもアパートの前で待っていた。
 頼もしい応援の登場に、少女たちは買ってきた荷物を下ろすのも後回し。応援者を慌ただしく部屋に押し込むやいなや、映らないテレビの前に座らせる。
 そして、めいめいに説明した。
 同時に。
「……すいません。一人ずつでいいですか?」
 今度は、一人ずつが説明した。
「この配線をやればいいんですね?」
 説明は、最初の一人で終了した。
「そういうこと。前に祐希、道場のテレビを見られるようにしてくれたじゃない」
 応援者の名は、森永祐希。
 はるか昔、冬奈の道場にあるテレビを接続した腕前を買われての堂々起用である。
「それはいいですけど……。もうキャビネットに入れてあるなら、配線終わってるんじゃないんですか?」
 既にテレビもゲーム機群もHDDレコーダーも、テレビ棚の中に押し込まれた後。
「……大丈夫だと思って入れちゃったのよ。悪い?」
「いや、悪くはないですけど……」
 キャビネットは後ろに背板の付いたタイプだから、後に回り込んで作業をするわけにもいかない。
「出した方がやりやすいよな? 手伝おうか?」
 普通なら陸の言うとおり。一度、一式取り出してから配線を検討するところだが……。
「いえ。何とかしますんで、大丈夫です。……真紀乃さん」
 祐希はその申し出を軽く断ると、部屋の主の名を呼んだ。
「はい?」
「そこに並んでるヴァリオンのフィギュアって、限定品とかです?」
 真紀乃の本棚には、マンガとラノベ、雑誌の類と……大量のフィギュアが並べられていた。どれもさして大きな物ではないが、限定品などレアリティのあるものなら、その価値は見かけのサイズに比例しない。
「いえ。こっちに来る前に、食玩のバラ売りのお店で買ったヤツですけど……どうしたんですか?」
「じゃ、いくつか借してもらっていいです? 出来れば、可動するタイプがいいんですけど……」
「……なら、パワーヴァリオンと、ヴァリドリールは可動範囲狭いですから……」
 首を傾げる真紀乃に軽く頷くと、祐希が取り出したのは折りたたみ式の携帯だった。短縮登録のワンアクションで鳴り始めるのは、流行りのJ-POPなどではなく、奇妙な抑揚を持ったラップに近いメロディだ。
 無論その正体は、この場にいる誰もが知っている。
 着スペル。
 呪文詠唱をメモリーに閉じこめた、魔法の着信音。
「……じゃあ、ライナーヴァリオンの三体、借りますね。ターボ、アーマー、ウイング……行ってみようか」
 その瞬間。
「Ja!」
 棚から、三体のメカが飛び降りた。
「え………?」
 十センチに満たない小さなロボットたちはキャビネットの正面、レコーダーの脇から奥へと駆け込み……戻ってくるまで、ものの五分も経ってはいない。
「終わりました」
 スイッチを入れれば、映し出されるのは地元局のローカル番組だ。
「……これで、いいですか?」
 三体のメカに元通りの姿を取らせ、祐希は携帯をぱたんと閉じる。
「え? なんで? 何でっ!」
「いや、何でと言われても………アンテナからのケーブルが、レコーダーの出力の側に入ってただけでしたよ? 後は本体の設定さえすれば、問題ないと思いますけど……」
「………うぅ」
 見事なまでのケアレスミスだ。キャビネットに戻していなければ、ひと目で気付くことが出来ただろう。
「あとすいません、子門さん。フィギュア、塗装が剥げちゃいました」
 祐希が拾い上げたメカたちは全高わずか十センチにも満たない。そんな彼らにとっては、たった一本のプラグの差し替えも大仕事だったのだろう。
 胸部パネルの辺りの塗装はわずかだがこすれ落ち、成形色が顔を覗かせている。
「いいですよ、そのくらい。普通に遊んでても剥げちゃうんですから」
「っと、すいません。バイトの時間だから、行かないと。もし直したほうが良ければ言ってください。元に戻すくらいなら出来ますから!」
 鞄を手に取り、祐希は自らを誇るでもなく、慌ただしく真紀乃の部屋を後にする。
 後に残されたのは、少女たちと……そのBGMとなる、ローカル番組の軽快なトーク。
「……なにあれ。完璧超人?」
「そこは、かんぺき、じゃなくて、ぱーふぇくと、って言う所じゃないんですか?」


 市立華が丘高校。
 職員玄関へと続く廊下を、華が丘高校養護教諭・ローリ近原は、ぱたぱたと駆けていた。
 実用性重視のローヒールに履き替え、呼びに来た生徒に付いて慌てて外へ。
「………どうしたの、何の騒ぎ!?」
 そこにあるのは、かつてこの場所で行われていた光景の、完全再現であった。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
 見上げんばかりの巨岩を身一つで支えている、二メートルに達する巨大な体躯。
 一つだけ違うのは、かつて彼がまとっていたのは学生服であり、今は和服ということだ。
「あなた……確か、入試の時も同じ事してたわよね」
「おうっ!」
 放たれた声は、音というより衝撃波に近い。
「で、今日は何?」
 けれど、身をビリビリと震わせる声に眉の一つも動かすことなく、ローリは静かに問うてみせる。
「合格通知が、届いてねえんだよ!」
「………ふぅん」
 良宇の血涙の絶叫も、彼女にとっては涼風の如く。
「ダメだったか! ダメだったんか!」
「さあ。けど、通知が届いてないって事は……そういうことなんじゃないの?」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
 叫び、吠える。
 行く末を見守っていた野次馬の生徒が数人、フラフラと足下を失い、その場にへたり込んだ。
 気当たり、である。
 さすがに魔法科の名札を付けている生徒は平気なようだが、何の訓練も受けていない普通科の生徒には刺激が強すぎたらしい。
「……そんなに魔法科に入りたかったの?」
「当たり前だ! そうでなけりゃ、こんな事するわけねえ!」
 ぶわ、と良宇の身体が輝きを帯びる。
 己の精神力と魔力、そして無尽蔵の体力が、感情の高ぶりによって制御できなくなっているのだ。
「魔法はすんげぇ力じゃ! その力がオレに加われば、困ってる人をもっともっと助けられる! 違うか!」
 難しいことは分からない。
 けれど、単純な彼だからこそ真っ先に行き着いた、単純な真理。
「……別に華が丘に入らなくても、魔法なんかいくらでも覚えられるでしょうに」
 だが、ローリの言うことも真理の一つ。
 事実、普通科の生徒にも、魔法科の生徒を凌ぐ使い手は幾人かいる。魔法科の出来る前に入学した生徒にも、商店街の大人たちにも、並みの魔法使い以上の使い手は枚挙にいとまがない。
「オレはバカだから、これを覚えるんで精一杯だったんだよ!」
 一切の抵抗を受けることもなく、対象までの距離は完全なゼロ。魔法としての動作効率と習得のしやすさは、全ての魔法の中で最高を誇る。
 自身の肉体強化は、魔法の基礎の基礎だ。
 おそらく、そこに至るまでにも相当な努力があったのだろう。この少年にとっては。
「……いいわ。なら、そうね……明日の朝までそのままでいられたら、校長に働きかけてあげる」
「明日の朝までだとぅ! バカ言うな!」
「あら。長すぎた?」
「短すぎるわ! せめて三日……いや、五日って言え!」
 ちなみに入学式は一週間後。
 五日を耐え抜いたところで、入学までの準備はたった二日しかない。
 もちろん、落ちれば一年間の高校浪人が確定となる。
「……………言ったわね? 遠慮はしないわよ」
「当然じゃ!」
 そして維志堂良宇はその姿勢のまま、自らの宣言した五日間を耐え抜いて……。

 見事、華が丘の合格資格を手に入れたのだった。


続劇

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