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5.試験 開始!

 巨大な扉の中から現れたのは、てのひらサイズの旗だった。
 その旗に導かれるようにぞろぞろと続くのは、まだ年若い少年少女。
「はい。ちゃんと付いてきてくださーい。道を間違えたら、二度と出られない場合もありますのでー!」
 物騒なことを平然と叫びつつ、先導の男は大理石で覆われた通路を慣れた足取りで進んでいく。
「……結構、遠いんだねぇ。華が丘って」
 そんな一行の中。ぽつりと呟いたのは、ファファだ。
「まあ、なんつっても異世界ってくらいだしな。隣町に行くのとはワケが違うさ」
 最初は大理石の神殿を珍しがってきょろきょろと見回していたのだが、やがて飽きてきたのだろう。ふわ、と小さなあくびをしながら、傍らのレムに話しかけ始めた。
「ねぇねぇ。試験って、どんな試験になるのかなぁ? 魔法の実技はないんでしょ?」
「さぁなぁ……。過去問題ってのも取り寄せてはみたけど、半分は一般常識問題だった気がするんだよな」
 とはいえそれも、去年の傾向がそのまま続いていれば、の話である。
 一昨年の問題は一般常識など一問もなかったし、その前の年はメガ・ラニカの時事問題が中心だった。
 ともかく毎年出題傾向は無茶苦茶で、パターンを予測するどころか、傾向と対策も立てられるようなものではなかったのだ。
 結局、なるようになると諦めて、放置である。
「へぇぇ。まあ、きっと何とかなるよ!」
「……だな」
 背を伸ばして肩をぽんぽんと叩いてくれるファファに、思わず苦笑。
 何となく元気が出てきた気がするのは、気のせい……というわけでもないだろう。
「華が丘に出ます! こちらでも徒歩での移動になりますので、飛行魔法や幻獣の召喚などはおこなわないでくださーい!」
 そしてガイドの案内で、一行は華が丘の地へと降り立った。


 山の中腹にあるゲートからさらに奥の山へ至れば、そこに伸びるのは長い長い坂道だ。
 生徒達からは心臓破りの名で親しまれているその坂をさらに延々登っていけば、市立華が丘高校へとたどり着く。
「……なんで飛べないんだよ。こんな坂、歩くもんじゃないだろ?」
 列の中程辺りでぼやくのは、ハークだ。
 周りを歩いているのはよりにもよってレイジを筆頭に男ばかり。むさ苦しいことこの上ない。
「ンなに荷物持ってるからだろ。邪魔じゃね?」
「大きなお世話だよ」
 両手で下げた大きめの鞄に、背中に背負った3wayバッグ。ほとんど手ぶらのレイジと比べれば、重装備なことこの上ない。
「……そう言われると、気になるよなぁ。開けていいか?」
 しかも都合の良いことに、レイジの手を伸ばした位置に、ちょうど背中の鞄の留め金があるではないか。
「構うに決まってるだろ!」
 逃げたくはあるが、この人混みの中で逃げるに逃げられない。溜息を一つ吐き、ハークはレイジの魔の手から一ミリでも身体を離そうとする。
 やがて、坂の果てに大きな屋根と校舎が見えて。
「………なんだ、あれ」
 ついでに見えるのは、何かの人だかり。
「おうおう、何だ? ケンカか?」
「それにしては静かだけど……」
 正門を抜けて、玄関前の広場へと。
「おう、ちょいとゴメンよ………ってこりゃどした。このご時世に立ち往生かい?」
 そこに不動の姿勢で固まっているのは、身の丈二メートルはあろうかという巨人だった。
 良宇である。
「誰か! 誰か医者はいねぇのか!」
「もう誰か呼びに行ったんじゃないの?」
 そんなレイジの呼びかけに数歩歩み寄ったのは、小柄なハークよりさらに小さな影。
「わたし、少しなら分かるよ……?」
 ファファ、である。
「おう。なら頼む。立ち往生つっても、矢も刺さってねえんだからまだ仏さんじゃねえだろ」
 レイジの言葉に真剣に頷くと、ファファは良宇の脇で声をかけ始める。
「もしもし、大丈夫ですか? しっかりして。傷は浅いですよ」
 特に傷はないように見えたが、誰も突っ込むことはせず、ファファの手際に任せておくことにする。
「ぐぅ…………く、黒………」
「……くろ? だいいんぐめっせーじ?」
 謎の言葉に首を傾げていると、人だかりを分ける静かな声が響く。
「はい、どきなさい。道を空けて」
 ゆっくりと割れていく人の列の間を歩いてくるのは、小柄な女性だった。ロールした銀色の髪をアップにまとめ、背筋を伸ばして歩く美人だったが……どこか冷たい視線と目に痛いほどに漂白された白衣は、周りからの声を無言で拒んでいるように見える。
「あの、先生ですか?」
 三角のメガネを掛けていれば似合うだろうなぁ、などとぼんやり考えながら、ファファは白衣の女性にそう問うた。
「養護の近原です。みんな試験が始まるわよ。ここは私がしておくから、早く教室に行きなさい」
 メガ・ラニカからの受験生を散らす頃には、良宇も意識をはっきりと戻し、その半身を起き上がらせている。
「あなたも受験生でしょう? 体調が悪いなら、保健室で受ける?」
「だ、大丈夫じゃ……。なんとも……ない」
 二メートルに届こうとする巨体からすれば、150cmほどの近原からは良宇を見上げる形になる。けれど、威圧的な彼女の視線は、見上げるどころかこの身長差でなお良宇を見下ろしているかのように見えた。
「ならいいわ。……けど、この岩は何?」
 ふと気付いたのは、良宇を中心に散らばっている岩の欠片。感じからするに、どうやらこの場で砕け散ったようだったが……。
「おお。昨日の夜、勉強してたんだが……さっぱり頭に入ってこなくてな。気が付いたら、この岩を抱えてここに立ってたんだ。よく分からんが、砕けてな」
 その衝撃で気を失ったとか、そんな所だろうか。
 さすがの養護教諭も、まさか良宇がぱんつを見たショックで気を失ったなどとは思わない。
「それにしてもこの岩の大きさだと、原形は相当なものだったでしょう……ずっと魔法で?」
「それしか取り柄がないからな!」
「………ふぅん」
 基礎的な筋力強化の魔法でも、ひと晩持たせるのは並大抵のことではない。半分は自前の筋力だろうが、同じ事の出来る者は華が丘生徒でも数えられるほどしかいないだろう。
「なら、早く教室に行きなさい。必死の勉強も、合格しないと何の意味もないわよ?」
「おう!」
 どすどすという足音を立てながら、良宇は校舎へ姿を消し。
「そちらのあなたも、急ぎなさい。わざわざメガ・ラニカから観光に来たワケではないのでしょう?」
「ありがとうございます、美しい銀髪のお嬢さん」
 入れ替わりに現れるのは、同じ長身でも縦にのみ長い影。
「……もうお嬢さんなんて年じゃないわよ。メガ・ラニカの受験会場はそこの校舎だから、急ぎなさい」
 足下に散らばる岩塊を誰に片付けさせようかと考えながら、近原は少年の言葉を軽く受け流す。
「素敵なお心遣い、感謝いたします。その言葉あらば、私はウェザードラゴンの舞うあの空の向こうまで翔け抜けられることでしょう」
 そして近原の眼前に差し出されたのは、一輪の白い薔薇。朝露に濡れ、優雅なカーブを描く花弁は……丁寧に手入れされているものだと、ひと目で分かるもの。
「……では!」
 近原が薔薇を受け取ったのを確かめて、少年はその場を大跳躍。
 渡り廊下の屋根を蹴り、さらに高く舞い上がって……校舎の上側へと回り込む。
「……この岩、はいりにでも片付けさせればいいかしら」
 手元の白い薔薇をくるりと回し、近原は静かにそう呟くのだった。



「それじゃ、筆記用具以外は机の脇に置いてねー。魔法関知の結界が張ってあるから、魔法を使ったらすぐバレるわよー」
 長身の試験官の言葉に、黒いドレスの少女は革張りのサブバッグから筆記具を取り出し、バッグは机の脇に置く。
「キースリンさまって、どんなペン使ってるのかな……?」
「あの鞄だって、王都の職人のマーク入ってるよ……? やっぱり、羽ペンとかじゃないの?」
 周囲からこそこそと聞こえてくる声は、魔法を使わずとも丸聞こえ。もちろんその手の好奇の声を聞くことなど、少女にとっては日常茶飯事だ。
 話していた少女たちに見えるように、置いていた筆記具をくるりと手の中で回してやる。
「……シャーボ!」
「微妙にマニアック……!」
 しかもペンを回すのも妙に上手かった。
「じゃ、始めまーす。回答用紙をめくって、受験番号と名前を書いてくださいねー」
 とはいえ、本番の試験を目の前にすれば、さすがに後ろの野次馬たちもハルモニア家の令嬢に関心を向ける余裕はない。辺りには次々と、紙をめくる音と筆記の音が響き出す。
 そんな中。丁寧な字で名前を書き終わり、キースリンがふと外を見れば……。
 目が、合った。
「ああ、そこの美しいお嬢様! 大変お手数ではありますが、ほんの少し、そこの鍵を開けては頂けませんでしょうか?」
 窓の外。
 大きく弓を引くようなポーズを取り、こちらに微笑む少年が一人。空を引く両の二の腕はぎりぎりと音が聞こえるほどに絞られて、わずかに震えが来ているほどだ。
 そのインパクトに、誰もが一度目にしたが最後、視線を逸らすことなど出来はしない。
「…………」
 笑顔を絶やさぬ少年に、キースリンはそっと立ち上がり。
 穏やかにほほえみかけて……。
「ああっ! ハルモニア家のご令嬢ともあろうお方がなんという!」
 カーテンを、閉めた。
「………ったく。何やってんだよ、あんたら」
 見かねた後ろの席の少年がカーテンと窓を開ければ、そこでも窓の外の少年は笑顔を絶やしていなかった。
「そこの君、早く入りなさい。試験始まっちゃうわよー」
「……監督さんもああ言ってるし。早く入れよ」
 窓の外に手を伸ばし、外の少年を引き上げてやる。体力のない自分で大丈夫か少々不安ではあったが、細身の身体は思ったよりも軽く、簡単に引き上げることが出来た。
「助かったよ、未来の学友殿。……名は?」
「……レム・ソーアだ。よろしくな」
 メガ・ラニカでも見られないオーバーアクションで握手を求めてきた少年に、レムはそう名乗る。
「レム君か。私はウィリアム・ローゼリオン。竜を倒した勇者の盟友、ローゼリオンの薔薇の紋章を受け継ぐものだ。気軽にウィルと呼んでくれたまえ!」
 その突拍子もない名乗りに席の向こうから何か詰まらせたような咳の連打が聞こえてきたが、レムは握手をした手をぶんぶんと振り回されて、それを気にするところではない。
「この借りは、入学した後で必ず返すと約束しよう。はーっはっはっは!」
「あ、ああ……まぁな」
 後の後悔先に立たず。
 地上世界で聞いた格言の意味を、レムは何となくその身で感じ取っていた。
「はいはい。勇者の友達の子孫君も、さっさと席について。試験、始まるわよー」
 そしてチャイムが鳴り響き。
 入学試験が、始まる。


続劇

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