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4.彷徨う者、たどり着く先

「いいわね。絶対、来るんじゃないわよ!」
「にゃー」
 冬奈の言葉に、塀の上で丸まっていた黒猫は興味のなさげな返事を一つ。
「………ったく。こういう時だけ、猫のフリするんだから」
 ひらひらとなびく猫の尻尾は一本ではなく、二本。ついでに言えば、黒毛に混じる赤い毛は、焦げ茶に近い普通の赤毛ではなく、血のような赤。
 明らかに地上の猫ではない。メガ・ラニカの猫又だ。
「ぉはよー、冬奈。陰ー」
「晶? ……どうしたの、こんなに早くから」
 晶にしては、随分と早い時間だ。普段なら、冬奈の側が彼女を迎えに行くことも多いというのに……。
「……気分転換にゲーム始めたら、徹夜しちゃってさ」
 呟く晶の視点は、何だか微妙に合っていない。
「大丈夫なの? 今日、受験よ?」
「だよねぇ。で、やっぱ微妙にヤバかったから、寝ようとしたんだけど……なんか、寝られなかった」
 目の下にも、うっすらと隈が浮かんでいるような……。
「……何とかなりそう?」
 冬奈も、晶が彼女なりに受験勉強していた事は知っている。ここで試験中に居眠りでもして落第したら……友人以前に、同じ受験生として掛ける言葉がない。
「なんとかなるでしょ。で、何か、帝都から来た子がいるってメールが来てたけど……その子は?」
「朝稽古から帰ってきたら、いないのよ。昨日レリックの戻し方を教えたら、気に入っちゃったみたいで………」
 思えば、昨日の晩もずっとレリックで遊んでいた気がする。魔法の杖も持たずにレリックを扱うなど、素質は相当なものだと思ったが、帝都に戻ればその素質もほとんど意味が無くなってしまう。
「……帝都の子がレリックなんか持ってるの?」
「みたい。まあ、向こうにも魔法都市はあるし、不思議じゃないとは思うけど……」
 魔法都市自体は、華が丘だけではない。だいたい各県に一つか二つくらいの割合で存在している。
 メガ・ラニカのような人の住む異世界に繋がっているのは日本では華が丘だけだが、他の魔法都市でも似たような魔法が使われていると聞く。
「じゃ、その子も魔法都市出身、ってこと?」
「違うと思う。携帯は普通のだったし……」
 そういえば、真紀乃の携帯の番号とメアドを聞くのを忘れていたな……と今頃気付く。もっとも、真紀乃の携帯はいま圏外になっているはずだから、メールを送っても受け取れはしないのだが。
「とりあえず、荷物は持って行っとけばいいかな……?」
 目的地は分かっているのだから、時間がなければ直接来るだろう。道場に伝言を残しておけば、もし戻ってきても何とかなるはずだ。
「いいんじゃない? まあ、どうせ華が丘だし、行き倒れない限り平気でしょ」
「そうね」
 帝都で迷ったのならひと騒ぎだろうが、華が丘のような小さな街で迷っても、たかが知れている。
 最悪、道を間違えて降松や遠久山に出ても、華が丘を出れば携帯も使えるし、タクシーを呼べば高校まで十五分とかからない。
 自分のぶんと真紀乃のぶん。二人分のバッグを抱えて……。
「…………晶?」
 あさっての方向を見てぼうっとしていた晶に声を掛ける冬奈。
「あ……」
「どうしたの? 眠いの?」
 我に返った晶は頭をかきながら、今度はちゃんとした様子。相変わらず眠そうではあったが、歩きながら落ちるほどではない、ようだが。
「いや……うん。大丈夫、だと思う」
「ホントに大丈夫? 試験中に寝ないようにね?」
「分かってるけど……」
 さすがの晶も、言えるはずがない。
 はるか向こうの電柱の上を、仮面とマントの男が颯爽と走っていたなどとは……とても。
(ホントに大丈夫かなぁ……あたし)


 宙を舞うのは、銀の弾丸。
 一直線に空き缶へ直撃したそれは、哀れな空き缶に衝撃と宙を舞う権利を無理矢理に押しつける。
 かぁん、という空虚な音を立てて舞い上がる缶に、二発目、三発目の弾丸が打ち付けられ、アルミの外殻にそれに倍する数の穴を穿ち、貫いていく。
 四発目、五発目。
 当たる度に空き缶は蒼い空へと舞い上がり、大地に堕ちることを許されない。
 六発目。
 しかし、不思議なことが一つだけ。
 缶を撃ち貫く弾丸の発射音が、どこからも聞こえないのだ。サイレンサーの空気が抜ける音すらなく……それどころか射手たる少年の手には、弾丸を放つための銃すら握られていなかった。
「……もう一発」
 言葉と同時、ブレスレットから銃弾がぽろりと外れ落ち。
「……行けっ」
 そのひと言で銀の弾丸は、宙を舞う空き缶に向けて一気に加速。既に八発の直撃を受けた空き缶に、九発目の弾痕を打ち付ける。
 そして。
 貫き、缶の背後へ抜けた弾丸の軌道が……曲がった。
 九発目の打撃を加えた弾丸は空き缶の元へと引き返し、十一発目の直撃を叩き込んだではないか。
「もう一発……行けるか?」
 さらに加わる、三つ目の弾丸。さすがのスチール缶も、代わる代わる殺到する三つの弾丸には耐えきれるはずもなく。
「四発目……っ!」
 少年は上下に分かれたスチール缶を、二発ずつの弾丸で空へ浮かべようとするが……。
「……くっ!?」
 四発目の弾丸が浮き上がった瞬間。飛んでいた三つの弾丸の軌道が大きくぶれ、二つに分かれたスチール缶をはじき飛ばすや否や、そのまま地面に突き刺さった。
「………やっぱり、三発が限界か」
 四発目をブレスレットに戻し、ポケットに押し込んでいた携帯を引き出す少年。
 携帯を握って瞳を閉じれば、地面に突き刺さっていた弾丸がふわりと浮かび上がり……ゆっくりと、少年の手の平へと戻ってくる。
「で、缶はどこに行ったんだ……?」
 三つの弾丸をブレスレットに戻しておいて。最後の一撃であさっての方向にはじけ飛んだスチール缶の行方を追えば、たどり着いたのは茂みの中。
「…………」
 そしてそこには、女の子が倒れていた。
「え………?」
 しかも、その傍らには半分に分かたれた、穴だらけの空き缶が転がっている。
「いや、ちょっと!」
 慌てて女の子を抱きかかえ、頬を叩いてみるが……反応がない。
「………いや、空き缶だよ、な……?」
 空き缶の切断面には、一滴の血も付いていない。女の子のおかっぱ頭にも、タンコブが出来ている様子はなかった。
「どうかしました…………か?」
 そこに、茂みをかき分ける音と、少年の声。
「ああ、祐希……ちょうど良いところに……!」
 先ほどの叫び声を聞きつけたのだろう。学生服姿の知った顔の姿に、少年は思わず安堵の声を上げるものの……。
「…………」
 その知った顔は、思わず視線を明後日の方へ。
「なんで視線を逸らすの!」
「いや……鷺原君に、そんな趣味が…………」
「どんな趣味…………」
 茂みの中で、女の子を抱きかかえていて、ついでに脇には穴だらけの空き缶が転がっている。
「いや! これにはワケが!」
 言い訳できる状況では、あまりなかった。
 というか、鷺原悟司絶体絶命、であった。
「なんで高校受験の当日なんかに……。何か悩み事があるなら、相談してくれれば良かったのに……」
「人の話聞こうよ! お願いだから!」


「あれ?」
 ふと、モネは小さく首を傾げた。
「どうしたんだ、百音」
 華が丘高校への通り道。山の麓にある公園である。さすがにこれだけ朝早いと、遊ぶ子供の一人も見あたらないのだが……。
「何か、声がしなかった?」
 一緒にいる誰かの声ではない。セイルはほとんど喋らないし、兄の声を聞き間違えるはずもないからだ。
「セイル君、聞こえたかい?」
「………?」
 兄の問いに、セイルは無言で首を傾げてみせる。
 やはり彼でもないらしい。
「気のせいじゃないのか?」
「うー。ちゃんと………あ、また!」
 聞こうとか何とか、どうも言い合いになっているようだ。
「試験……遅れるよ? モネさん」
 ちらりと時計を見れば、まだ集合時刻までには余裕がある。少し早めに家を出ておいて良かったと、心から思った。
「……大丈夫だよ! にーに、行ってくるね!」
 その言葉を残して、百音は公園の茂みへと駆けだしていく。
「あ、百音……。やれやれ、仕方ないな」
「何が仕方ないんですか? 紫音さん」
 セイルの問いに、紫音は苦笑。
「いや。お節介なのはうちの性分でね。僕たちも行こうか、セイル君」
 走り出した少年に、セイルも続いてぱたぱたと走り出した。


「おじさんとおばさんも、きっと泣いてますよ!」
 祐希自身も混乱しているのだろう。今までずっと仲良くしてきた友達の意外な面を見て、平静でいられる者はそういない。
 熱弁を振るう祐希を尻目に、悟司は自らの携帯を取りだして。
 回転二軸の端末から着メロよろしく流れ出すのは、数語の短いフレーズだ。
「……ちょっと頭、冷やそうか」
 それが止むなり、祐希の額に悟司の手がすっと伸び。
「う……っ!?」
 触れた瞬間、祐希の膝ががくりと折れた。
「どうしたんです……」
 同時に、茂みががさがさと鳴り……。
「……………あれ?」
「…………」
 覗き込んできた百音と、まともに視線がぶつかり合った。
「………美春さん?」
「ええっと…………」
 茂みの中で、女の子を抱きかかえていて、脇には親友が青い顔をして転がっていて、トドメに穴だらけの空き缶が転がっている。
 しかも今度の弁解の相手は、女の子。
 ハードルは、祐希の時の七倍くらいの高さになっていた。
「あ、こ、これは……誤解、そう、誤解だっ!」
「いやーっ! 不潔ーっ!」
「ちがーっ!」
 手を伸ばせば、百音は思わず涙目に。
「寄らないで、へんたいーっ! えっちー!」
 しかし、その言葉にはさすがの悟司も耐えきれない。
「誰がへんたいじゃーっ!」
 ツッコミよろしく立上がると同時。
「百音っ!」
 百音の後ろから現れたのは、彼女の兄と……。
「モネさん!」
 悟司の知らない、小柄な男の子。
 男の子は胸元に手を伸ばすと、ペンダント代わりにしていたレリックを元の姿へ顕現させて。
「いやだからちがちょっとそのハンマーはダメーっ!」
 破壊に特化したその姿に、悟司の悲鳴は届かない。
 そして。
「……もぅ、たべられないよぅ」
 転がっている真紀乃は、あまりにもベタな寝言を呟き。
 くぅくぅと、眠り続けている。



 それから、少しの時間が過ぎて。
「なーんだ」
「えへへ……ご迷惑をおかけしました」
 百音の言葉に、真紀乃は小さく頭をかいた。
 何のことはない。勢いに任せて山を下ったはいいが、道に迷ってしまい、ついでに早起きしたせいで眠気が襲ってきてそのまま……ということ、らしい。
「……勘弁してくれよ」
 もちろん悟司の空き缶は当たってないし、そもそもその存在にすら気が付いていなかった。
「それを言いたいのは僕ですよ。鷺原君も、ちゃんと説明してくれれば良かったのに……」
 結局この中で実被害を被ったのは、問答無用で体温を下げられた祐希だけ。
 下げられた温度自体は大した量ではないものの、要は氷水の浮いた風呂に放り込まれたようなものだ。まだ唇は青いまま、まともな色を取り戻していない。
「いや、その前に話をちゃんと聞こうとして欲しかったよ……」
「それより早く行かないと、試験が始まってしまうよ? みんな、急いで」
 悟司の言葉を遮る紫音の言葉に、一同は坂を登る足を速めるのだった。


続劇

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