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6.再会 ひとときの休息に 「うー」 目の前にあるのは、黒山の人だかり。 朝、良宇を囲んでいた人々の比ではなく、何よりあの時と違うのは、一人一人が必死の感情を露わにしているところだろう。 まさしく戦場。 その地の名を、購買という。 「えーい………」 ファファが決死の覚悟で飛び込めば。 「………ふみゃっ!」 小さな身体は、あっさりとはじき飛ばされる。 「うぅ……。お昼、抜きかなぁ……?」 本来なら、母親手作りの弁当を持ってきているはずだったのだが……早朝に急患が入ってしまい、医者である両親はそちらに手一杯。ファファの弁当どころか、見送ることも出来なかったのだ。 地上の通貨は事前に準備していたから、売店で何か買えばいいだろうと思っていたものの、その考えはちょっと甘かったらしい。 「面接で、お腹鳴ったらどうしよう……」 午前のペーパーテストの結果は、まあそれなりといえるだろう。メガ・ラニカの時事問題が多かったことも、ファファには有利に働いていた。 午後の面接までに、何か口に入れて英気を養っておきたいところではあるのだが……。 「………ふぇっ」 ふと横を見れば、同じくらいの大きさの男の子が、列から弾き出されているのが見えた。 「大丈夫? 君」 「…………平気」 男の子はもそもそと立ち上がり、無言で列に入り込もうとするが……悲しいかな上背と勢いに負け、再び列から押し出されてしまう。 「落ち着くまで、待ったほうがいいかなぁ……?」 休憩が始まった直後に比べれば、混雑はいくらか収まっている。もう少し待っていれば、ファファやセイルでも問題なく買い物が出来るくらいに落ち着くだろう。 「……なくなっちゃわない?」 セイルのひと言に、ファファは言葉を失った。 確かによく見れば、満足そうに荷物を持って出る客の割合も、休憩開始直後に比べて明らかに減っている。めぼしい物がなくなって、ある物をとりあえず買っているのだろう。 「どうしよう……」 こちらの食べ物は分からないから、何でも良いといえば良いのだが、その選択肢すらなくなってしまうのは、かなり困る。 そんな、顔を見合わせるファファとセイルにかかるのは、大きな影。 見上げれば、巨人がいた。 「………ん? お前、朝のちびっこ……」 「子供じゃないもん!」 「子供じゃないよ!」 即答であった。 「……どうかしたのか?」 「あのね、お昼ご飯を買いに来たんだけど、人が多くて買えないの」 見れば、確かに購買は大混雑。良宇はともかく、このサイズの二人が突破するのは難しいだろう。 「なら、オレが買ってきてやるよ」 「いいの?」 「朝の礼だ。任せとけ! うおりゃぁぁぁっ!」 そして、良宇は購買に突撃した。 文字通りの意味で。 「……あれ、いいのかなぁ」 「…………いいんじゃない?」 並み居る生徒をちぎっては投げ始めた良宇を、二人は呆然と眺めるしかないのだった。 「冬奈さーん! こっちですー!」 中庭に面した渡り廊下。知った姿にぶんぶんと手を振るのは、おかっぱ頭の小柄な少女。 「ああ、良かった。森永から連絡もらったときは、びっくりしたわよ」 冬奈と晶は早めに会場に着いていたが、真紀乃たちの会場入りは受付時間ギリギリだったのだ。受験の教室が違っていたから、結局この時間まで会うことが出来なかった。 しかも全然関係ないと思っていたクラスメイトからいきなり真紀乃の消息を知らされれば、驚きもする。 「ごめんなさい。一度道場に帰ろうと思ったんですけど、迷っちゃって……。そしたら、森永さんが冬奈さんの携帯を知ってるって言うから」 「あれ? 冬奈と森永くんって、そういう関係だったの……?」 「……違うわよ。あいつ、柔道部だったから」 中三の二学期に引退するまで、祐希は柔道部に所属していた。柔道と柔術で違いはあるものの、冬奈の家は華が丘中学の数少ない出稽古先の一つだったりする。 「っていうか、真紀乃が何で森永と……?」 「それはまあ、色々ありまして……」 ばつが悪そうに笑いながら、真紀乃は冬奈からバッグを受け取り、肩へとかけ直す。 「あと、この二人が晶とリリ。合格すれば、春から同じクラスになれるかも」 「子門真紀乃です。よろしくおねがいしますっ!」 昨日、寝る前に冬奈がメールでやりとりしていたのが彼女たちなのだろう。 「真紀乃ちゃん、帝都から来たんだって?」 華が丘高校は本来、華が丘の住民達を迎え入れるための学校だ。冬奈や晶、祐希のように知り合い同士である事の方が、むしろ当たり前なのだろう。 「外部枠だから、厳しいかもですけどねー」 その特性もあって、華が丘高校は学区外の生徒は一定数しか受け入れられないようになっている。帝都はもちろんエリア外だから、真紀乃はその数少ない枠を他と争う事になるのだ。 「とりあえずお昼食べようよ。冬奈、子門……さんのぶんも、お弁当あるんでしょ?」 晶の言葉に冬奈は頷くと、バッグの中から弁当を二つ出してみせる。 「ホントですか? ありがとうございますっ!」 中庭では、受験生達が思い思いに場所を取り、弁当や購買のパンを食べていた。晶達もその一角を陣取って、弁当を広げることにする。 「あーっ! 冬奈ちゃん、晶ちゃんっ!」 そこに飛んできたのは、高いトーンで抜ける声。 「あれ? 百音!」 「メガ・ラニカに行ってたんじゃないの?」 真紀乃の倍の勢いでぶんぶんぶんと手を振って、少女はこちらに駆けてくる。 「きのう帰ってきたの! 華が丘に合格できたら、また一緒の学校だね!」 中学校に入ったばかりの頃、メガ・ラニカへ転校していった少女だ。それ以来だから、冬奈や晶とはほぼ三年ぶりの再会となる。 「他のみんなには?」 「学校に来る前に森永くんと鷺原くんに会ったよ。真紀乃ちゃんも冬奈ちゃんたちに会えたんだね、良かった!」 「はい。おかげさまで」 真紀乃を再び試験会場まで連れてきてくれたのは、百音たちだ。そこで冬奈に世話になった件を話したら、一緒にいた祐希が連絡を取ってくれたのだ。 「じゃ、百音もお昼、一緒に食べようよ」 「いいよ。あとお兄ちゃんと、お婆ちゃんの知り合いの子がいるんだけど……いいかな?」 彼は購買へジュースを買いに行ってくれている。受験の裏方をしている兄も、そろそろ中庭に来る頃だろう。 「いいんじゃない? でもこれでまた、百音とも同じクラスになれて……よか………っ」 そう言いかけた晶の言葉が、徐々に尻すぼみになっていく。 視線の先にいるのは、こちらに手を振っている少年だ。百音よりも小柄な彼が、お婆ちゃんの知り合いなのだろう。 そしてその脇にいるやっぱり小さな女の子と……後ろを歩いてくる、巨大な何か。 「……百音のお兄さんって、あんなマッチョだったっけ? イメチェンした?」 「違っ! あんなのにーにじゃないっ!」 百音達の騒ぎをぼんやりと眺めながら。少年は焼きそばパンを口に、眉間に皺を寄せたまま。 「どうしたの、レイジ。焼きそばパン美味しくないなら、もらってあげようか?」 「……なんでもねぇ。つーかやんねっつの」 焼きそばパン自体は十分に美味い。伊達に購買に一番乗りして買ってきたわけではないのだ。 レイジの悩みは、それとは全く別のこと。 (何だったんだ、さっきのヤツ。竜殺しの勇者の伝説なんて、メガ・ラニカでそんなにメジャーだったのか……?) 教室に窓から入ってきた少年のことだ。 彼は確かに、『竜を倒した勇者の盟友』と口にしていた。 「なあ、ハーク」 レイジのパンの袋に勝手に手を入れているハークを横目に、少年はぽつりとその名を呼んだ。 「なんだよ」 対するハークは、声を掛けられても遠慮する様子は見られない。質問の駄賃ということで、一回だけは許しておくことにする。 「おめぇ、メガ・ラニカで竜をやっつけた勇者の話って、知ってるか?」 袋から取り出したメロンパンをかじりながら、ハークは首を傾げた。 「……竜殺しの魔女の伝説? それとも皆殺しのソニアの話?」 どちらも、メガ・ラニカの住人なら誰でも知っている伝説だ。メガ・ラニカは創世から数百年しか経っていないため、その手の話は数も出所も知れている。 「違う。竜殺しの勇者。魔法を使わないで、剣だけで相手やっつけるヤツ」 だからこそ、魔法使いや魔女ではなく、わざわざ勇者、と呼ばれるのだが……。 レイジの話にハークは呆れを含んだ溜息を吐くだけだ。 「竜なんて、魔法使わなきゃ倒せないよ。そんな事が出来るのだって、大魔女の誰かか、魔女王様くらいじゃないの?」 それはメガ・ラニカ人ならごく当たり前の反応だろう。もちろん、レイジもその一人。 「だよなぁ……。ま、いいや。忘れてくれ」 「ふぅん……」 メロンパンを食べ終えたハークの視線は、既にレイジを向いていない。 その先にいるのは……集まって弁当を食べている、女の子の集団だ。 「どしたぃ? 気になるんなら、行ってくりゃいいじゃねえか」 「けど……」 その中にいる、頭二つ抜けた巨大な影。 黒一点とも思える彼の異様な存在感に、気後れしているらしい。 「ンだよ。ウジウジしてるヤツだな。こういう時は、こっちの世界に伝わる良い言葉を教えてやるよ!」 「なんだよ」 「後は野となれ山となれ!」 パンの袋を持って立ち上がると、レイジは大股で集団のほうへと歩き出した。 「ちょっ! おま……!」 「おーい! あんた、朝学校の前で倒れてたヤツだよな! あれから大丈夫だったかー?」 レイジが声を掛けるのは、一点突破で維志堂良宇だ。 「そ、そっちじゃないよ! ボクは女の子に……っ!」 とはいえ、機会であることは間違いない。ハークも慌てて、レイジに付いて走り出すのだった。 「ふぅ…………」 中庭の木陰、周りからあまり見えないところで、レムは小さく溜息を吐いた。 陰に隠れているのは、もちろん理由がある。 手にしている物が、物だったからだ。 「………ああ、やっぱこの刃紋、落ち着くなぁ……」 鋼の表面に映るのは、レムの瞳。 無論、自分の顔を見てうっとりするような性格ではない。肝心なのは、その瞳を映している物だ。 刀、であった。 抜き身の、それも刃を落としていない、正真正銘の真剣だ。事実、上から落ちてきた小さな木の葉が、刃に触れた瞬間、音もなく二つに分かたれているのだから。 それが手元と、足下にひと振りずつ。 「どうした、こんなところで」 しかしその落ち着いた時間も、上から掛けられた声にあっさりと破られた。 「………お前か」 ウィリアム・ローゼリオン。 レムの隠れていた木陰の上、枝に逆さまにぶら下がり、こちらを平然と眺めている。 「君にはさっきの借りがあるからね。必要とあらば、相談にも乗ろうじゃないか」 「いらんから、帰ってくれ」 そう言われて引き下がるなら、そもそも声を掛けたりはしないだろう。当然ながら、ウィルもその一人。 「……刀か。どちらも相当な業物と見たが?」 だがその少年も、鋼の輝きを目にすっと細くする。 「分かるのか?」 「私も剣士の端くれさ。そのくらい、見れば分かるよ」 「って事は、お前もレリック使い? その割には、朝のあれ……リリックだろ?」 レリックとは、魔法の神器から力を引き出す術の体系だ。もちろん複数の系統を使う魔法使いもいるが、それは上級術者のする事であって、この年から複数の魔法を併用する者は珍しい部類に入る。 「色々な力を試してみたかったのでね。我が剣も……級友となれば、見せることもあるだろうさ」 「そっか……」 やんわりとはぐらかされた事を理解しつつ、それ以上は踏み込まない事にする。 「しかし、こんなところでどうしたんだね。テストの点でも悪かったのか?」 「……うぅ、やな事言うなぁ……」 枝から逆さまにぶら下がっている少年は、そのまま足の束縛をほどき、くるりと回ってレムの眼前へと着地した。 「ははは、気にするな。そういうときは、両手を腰に当ててだな! こう胸を反らして……」 「だから、そういうのがいらんと………っ!」 叫び駆けた瞬間、レムの動きが凍り付く。 辺りに立ちこめるのは、マナが活性化したとき特有のピリピリとした感覚だ。それがレムの持つ、抜き身の刀から伝わってくる。 「むっ?」 「ウィリアム! 逃げろ!」 同時に、足下の刀もカタカタと震え始めた。 「その剣……御し切れていないのか」 雷の気と、風の気。時折走る紫電に長い髪を遊ばせながら、ウィルは平然に呟いた。 「たまにキレるんだ! 何でこんなときに……っ!」 とはいえ、理由は分かっている。テストの調子が悪くて落ち込んでいたところに、ウィルへの感情の爆発。そのうえテスト勉強で、最近はあまり刀を振るえていなかった。 「……ふむ」 機嫌が悪くなる原因としては、十分に過ぎる。 「逃げろって言ってるだろ!」 「借りは、返さねばな」 だが、刀を押さえるレムに、ウィルは無造作に手を伸ばす。 「くぅっ!」 レリックを扱うと言うだけはあり、ウィルが触った瞬間、剣から放たれる強い気は一瞬勢いを弱めるが……。 「……押さえきれんか……。随分と、気性の荒いお嬢さんがただな……っ!」 二人の制御の、限界を超える。 「しまった! 危ないっ!」 「ちっ!」 放たれるのは雷光と疾風。 二つの力は上ではなく、横へと放たれ……。 「間に合わな……っ!」 その先にいるのは、二人の受験生……! 叫びと、悲鳴。 「わああぁぁぁぁ……………っ?」 迫り来る破壊の渦に、悟司は己の運の悪さを素直に呪っていた。 くじ運やじゃんけんに弱いのは仕方ないとして、ここまで酷い目に遭うのは一体どうなのか……と。 しかし。 「……………痛く、ない?」 隣の祐希の言葉に、自らも痛みを感じていない事に気が付いた。 目を、開ける。 そこにあるのは風雷でも破壊でもなく、一面の黒。 風に舞う、漆黒のドレスと長い黒髪。 「大丈夫……ですか?」 そして届くのは、こちらに背を見せ立っている、涼やかな声だ。 「あ……はい」 「大丈夫……です」 少女の指先からきらめく光の筋は、何かの文様を描いている。そしてそこから現れた、鏡の如く輝く盾が……迫る風雷を受け止めていたのだ。 「なら、良かったですわ」 静かに。そして穏やかに。ふわりと微笑む令嬢に、祐希と悟司は言葉も出ない。 「何があったの? 大丈夫?」 そこに至って、ようやく職員室から教師が現れた。 「いえ、何も。足下に虫がいたのに気付かなくて、驚いてしまって……申し訳ありません」 「……そう。ならいいわ。午後も面接があるのだから、あまり騒ぎを起こさないようにね」 顔を引っ込めた教師に軽く膝を折り、キースリン・ハルモニアはその場を後にするのだった。 「無事か! 君たち!」 「森永くん! 大丈夫!?」 入れ替わりにやってきたレムや百音たちに、祐希たちは力なく手を振りかえしてみせる。 |