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4.分かたれた、道

「同胞を呼ぶ計画を立て、侵略者たる『赤』を呼ぶ原因を作り、禁呪を犯して獣機を生んだ。故に、我らが祖は『悪』を負う事にしたのだ」
 老爺の話に、レアルは違和感を覚えた。
「それを、他の皆は止めなかったのですか?」
 そうだ。いくら力があったとは言え、そんな大計画を蛇個人で行えるはずがない。
『無論、止めましたわ』
「……立ち聞きとはあまり良い作法とは言えませんな、メティシス殿」
 老爺の声と同時に、幻のような少女の姿がぼんやりと浮かぶ。動けぬ遺跡の地下からこの表層へ、何らかの手段で話しかけたのだろう。
 蛇族に任せるとこちらが悪役になりそうですもの、と始祖たる少女は苦笑。
『確かに提案したのは賢者たる蛇の一族でした。けれど、全ての計画はわたくしと六種族の長の総意によるもの。蛇一人が背負う必要は……』
「なら、何故? 真実の神話を残した方が」
 そうすれば、爬虫類の一族が迫害される歴史にはならなかったはず。なおさら分からない。
「神話では駄目なのじゃよ。そして、何かを背負った他の種族に背負わせてもならなんだ」
 だが、その意見をリヴェーダは完全に否定。
「……さて、閣下は上手くやっておろうかの」
 老爺は黙し、空の向こうを見やるのみ。


 本題の開始から三分で、雅華は酒を浴びるほど飲んで寝たい気分になっていた。
『スクメギを開放し、獣機と共に譲渡する事』
 あれだけ事前確認をしておいて、大将がスクメギに提示した条件がこれだったのだ。
「それは……全面降伏ではありませんか!」
 イルシャナが声を荒げるのは当り前。むしろこの条件を提示する方が常軌を逸している。
「あの灰色の獣機の暴走で、我々は甚大な被害を被ったのだぞ? この程度の謝罪は、のう」
「あれは異界からの敵だと申したでしょう!」
 イルシャナが語った神話は雅華の集めていた情報を裏付けるものだった。少なくとも、真剣に検討するだけの内容ではある。
「スクメギの言いたい事は分かった」
 そんな中、ただ一人大将だけが悠然と。
「だが、そんなおとぎ話を信じろと?」
 今度こそ、一同は言葉を失った。
「神話など子供の寝物語よ。そんな物に頼るようでは、赤い泉を作った蛇にも騙されるわい」
 内の矛盾に気付きもせず、老将は笑う。
 そう。これこそが蛇族の祖が案じていた事だったのだ。神話も、歴史も、後の世に確実な警鐘を与える事など出来はしないのだと。残すとすれば、確かな存在に警鐘を託すしかない。
 それは無論、赤い泉と蛇族の子孫に他ならぬ。
「まあ、こちらに全権を委ねれば、我々で対応してやらんでもないがのう」
 あまりにも尊大な態度に、スクメギ側は完全に沈黙。もちろん雅華も黙ったまま……
(……やはり、やるしかないか)
 では、なかった。
 裾に隠した短剣の感触を、上から確かめる。
 『今から革命に揺れるグルーヴェ』としては、ココとの全面対決はどうしても避けなければならないのだから……。
「儂等はおとぎ話の相手までしておれんよ」
 そんな雅華の腹が、熱く燃えた。
「目の前の裏切り者で精一杯じゃ。のぅ、雅華」
「な……っ! 気付い……て……」
 全ては一瞬。
 衛兵に腹を貫かれた雅華の耳に届いたのは、トナカイの老ビーワナの嘲笑のみ……。


「何か、騒がしいねぇ」
「ねぇ」
 天幕の中、エミュはクラムの言葉に小さく頷いた。見張りに詰めていた兵士も様子を見に出て行ってしまい、今はテントに2人だけ。
「ね、クラムちゃん」
 そう。レアルも、シスカもいない。
「んー?」
「今逃げたんなら、レアちんやシスカちゃんに迷惑ってかからないよね?」
 少なくとも、外はそれどころではない様子。
「……そんな事考えてたの?」
「だって、お友達が困るのってイヤじゃない」
 真顔で言うエミュに、クラムは笑うしかない。
「アンタってそういう子だったね。そーいや」
 やれやれと立ち上がり、白き翼を広げる。
「おー」
 疾風の中、エミュも元気良く立ち上がる。
「快速……弾丸ッ!」
 不動の姿勢で能力起動。音速を叩き出す二条の旋風が周囲に炸裂し、二人を拘束していたテントをあっさりと吹き飛ばす。
「……待ち伏せ!?」
 自由を取り戻した彼女達の前に立ち塞がるものは……四つ足の、猫型獣機。
「さっきのお兄ちゃんに場所聞けて助かったね、ネコさん」
 その背中の上で、少女は穏やかに微笑んだ。


 どよめくスクメギの一同を前に、大将は慇懃に頭を下げてみせた。
「いやはや。お見苦しい所を申し訳ない」
 顔を上げ、くずおれた雅華に蹴りを一つ。
「こ奴は我が国に巣くう革命党の一人でしてな。尻尾を出す所を見計らっておったもので」
 いわゆる、反政府組織の事だ。始終平和なココでは滅多に聞かないが、新興国家であるグルーヴェはそんな輩に事欠かないのだという。
「まあ、貴公らは嫌でもこちらに従って頂く。そうせねば、人質の命も保証できまいて」
 それにはイルシャナよりも、雅華が驚いた。
「狭い陣内で隠したつもりだったか? 黒い翼の頭ともあろう者が、何を甘い事を」
「グルーヴェの! 話が違いますよ!」
 思わず詰め寄るイルシャナだったが、その剣幕を前にしても老人は昏く笑う。
「会談に応じれば捕虜を返すなど、決定権も持たぬこ奴らが勝手に決めた口約束に過ぎぬ」
 それ故に、効力はない。
「卑劣な……ッ!」
 だがその時、グルーヴェの後方から従者の一人が小走りに駆けてきた。スクメギの後方からも、兵士が一人慌てて駆けてくる。
「「閣下!」」
 双方の長にぽそぽそと耳打ちすれば、互いの表情が見て分かるほどに変化した。
「……メティシスが客人の反応を?」
「……スクメギの」
 将軍の頭に生えた巨大な角は大きく揺れ、ヒゲにぶら下がった無数の勲章は細かく震えてカチャカチャと耳障りな音を立てている。
「トゥーナッカイ将軍。客人が……」
 だが、イルシャナの言葉を大将は片手で制す。
「本陣から連絡が入った。貴公らの奇襲のせいで、我が隊は壊滅したそうだ」
「……は?」
 問われたイルシャナも呆気にとられるばかり。
「人質の救出はまだしも、殲滅とはな」
 確かにレアルの意見もあり、コーシェイとミユマをエミュ達の救出に向かわせはした。が、彼女達がそこまでするとは思えない。
「それが貴公等のやり方か……スクメギ!」
 巨大な角をひるがえし、トナカイは自らの獣機へと駆け出した。無論、交渉は決裂だ。
「この借り、相応に返させてもらうぞ!」
 本陣に戻るべく意志無きギリューの翼を展開。
「……くっ! どちらが!」
 しかし、トナカイを追って誤解を解いている余裕はない。見捨てられた雅華をアクア達に任せ、イルシャナも急ぎ鋼を身にまとう。


 コーシェイと分かれ、ロゥは今度こそ本物の戦場の中にいた。
「貴様も裏切り者の仲間かっ!」
 気合の籠もった斬撃をロゥは避けなかった。
 駆り手の意志に獣機が追い付いていない。否、追い付くべき意志がなければ、そもそも追い付けようはずもないか……。
「なるほどな……これが、疑似契約か」
 怒りよりも、哀しみが先に立った。
 嘆息。同時に、空回りの斬撃が身じろぎしたハイリガードの重装甲にあっさりと弾かれる。
「あと、裏切っちゃいるが、仲間じゃねえよ」
 矛の柄で一突きしただけで、相手は沈黙。
 呆気ない。それは、客人に対するにはあまりにも非力。無力。
「それにしても……」
 一息ついたロゥは辺りを見回し、再び呟いた。
 かつてはグルーヴェ野営陣と呼ばれた場所。
 今のそこは、見渡す限りの廃墟。荒野。
 警護に残された本国仕様の一式も、疑似契約を施す装置も、全てが灰燼と化していた。
 もちろんエミュを見つけてすぐ立ち去ったコーシェイの仕業ではない。ロゥも、生き残った数騎を自衛の為に打ち払ったに過ぎぬ。
「あんたが……」
 たった一騎。疑似契約で心を喪った抜け殻を相手取るには、それだけで十分だったのだ。
「どうしてだ! シェティス!」
 そう。ハイリガードの前に立つのは白銀の獣機。一式ギリュー。個体名を、銀翼のシスカ。
「私は疑似契約されそうになっていたシスカを助けただけ。ただ、それだけの事だ」
 内から聞こえるのは、紛うことなきグルーヴェ先遣隊が副長の声。
「……悔いは……ないんだな?」
 ロゥの問いかけには、是。
「私を必要としてくれる方がいれば、な」
 そして、その白銀の肩に立つのは……
「てめぇ……ッ!」
 狼の面を被った2mを越す巨漢。その名を呼ぶよりはるかに迅く、重装獣機が大地を蹴った。
 二つの意志と気の重なった、完璧な動作。
 真の契約で結ばれた、獣機の本当の力。
 重矛一閃!
「その一撃、悪く無いな」
 対する評価は一瞬。次の瞬間、剛剣が受け、細剣が払い、銀の騎体が後へと抜けている。
 三つの挙動と意志が重なる、一つの動作。
「それと、ここに居たのは本国の連中だけだ。我が隊は上の指示でスクメギに向かっている」
 ロゥなど相手をする気もないのか、白銀の獣機は直線的な翼を展開。続く動作で飛翔する。
「……スクメギに? 何故!?」
 その言葉を確かめる間もなく、ハイリガードも翼を広げ……。
「転送反応確認! 識別は……ロゥ!」
「ちいっ! 全然違う方向じゃねえか!」
 白銀の獣機とは別の方向へ、鋭く飛翔する。


続劇
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