5.舞い降りた脅威 「うっかりしてました……」 コーシェイのネコさんに乗っていたはずのミユマは、頭をさすりながら小さくぼやいた。 そう。乗っていたはず、である。 レアルに頼まれ、コーシェイと共にクラム達を助けに行ったのは良いのだが……途中でネコさんに振り落とされてしまったのだ。 正確に言えば、居眠りして落ちたのは自分のせいなのだが。 「ま、仕方ないです」 思い直し、気を集中。赤い光をまとい、ネコさんに倍する速度で疾走を開始する。 目的地は同じだからそのうち逢えるだろう。 「なぁ、姉ちゃん。ちょっとええか?」 そう思った瞬間、声を掛けられた。 「スクメギがどっちか、聞きたいんやが」 「……へっ!?」 全力疾走したまま、器用に驚くミユマ。 「何で、私に追い付いて……!?」 「大した事あらへんがな。『無理が通れば道理が引っ込む』て言うやろ? テストに出るで」 そんなバカな。獣機ですら追い付けぬ、祖霊使いの特化能力に追い付く輩など……。 「で、スクメギはどっちや。急ぎやねんけど」 見れば、虎族の中年男だ。トラ縞のシャツを着ているあたり、よっぽどトラ好きなのだろう。 「え、ええっと。スクメギは逆方向です」 「早よ言いや! もう来てもうたやないけ!」 一瞬で方向転換し、トラ男はミユマのさらに数倍した速度でスクメギの方に消えていった。 「何だったんでしょう……」 あれ、と続けようとして、ミユマはトラ男の消えた方向を見、言葉を失った。 スクメギの上空。十騎を越える灰色の獣機が浮かんでいる光景を目の当たりにして。 「リヴェーダ様、メティシス。貴方がたは、古代の事を知っておいでですよね」 灰色の影が浮かぶ空を見上げ、山嵐の少年は隣の老爺に声を掛けた。 「まだ何ぞ聞きたい事でも? レアル」 「『僕達』はどうやって戦っていたのですか?」 確かに獣機は強い。だが、一般のビーワナも戦っていたと聞く。では、どうやって? 「……さて、メティシス殿。いかがか?」 祖霊使いの力では獣機にも敵わない。祖霊使いを超越し、獣機と互角に戦うバッシュでさえ、単身では先の客人に通じなかったのだ。 「薄々は気付いているのでは? レアル様も」 それと同時、周囲が激しく揺れた。 「……こんな時に」 客人ではない。直線的なラインを持つその騎体は……グルーヴェの四式ギリュー。 「伏兵か……。閣下が短気を起こされたかの」 どうやら交渉は決裂したらしい。いやに周到な決裂の保険じゃの、と老爺は失笑を隠せない。 とはいえこちらはわずかに二人。 メティシスは地下、獣機は既に客人の迎撃に向かっている。戦う力をもったコーシェイ達やイルシャナは、まだ戻る気配がない。 「どうする……」 レアルの逡巡を察する事もなく。 『レアル様! リヴェーダ様! 上を!』 「……客人かっ!」 襲い来るのは、さらなる脅威……。 「よー。火照ちゃん」 随分とフランクに掛けられた声に、エミュの中の火照は目を丸くした。 《ホシノ様!》 それは先程ミユマと併走していた虎族の男。例の脚力で、ネコさんに並んで走っている。 「……誰? この中年」 《空中都市スピラ・カナンの獣王様ですわ》 獣王。それが獣機王と同じ表現方法であるならば、陸生ビーワナ達の長という事になる。 「はあ!? 嘘! このオヤジが!?」 正直、随分と貧相な王だった。 「自分、えらい失礼やな。火照ちゃん、付き合う友達はよーく考えた方がええで?」 《考えておきますわ。でも、ホシノ様が来られたという事は……あっちゃんのお陰かしら》 「あっちゃん? そんな奴、居てたか?」 不思議そうに首を傾げるホシノに、火照はグルーヴェでの一件を簡潔に説明してみた。 「そんな奴、上にはおらへんで?」 空中都市はスクメギの不穏な動きを察知した龍王の指示で動いたのだ。今回の件で火照からの報告は一切受け取っていないという。 《では、名前を欲しがったあの子は一体……》 シスカの通信を受けられる相手など極々限られる。スクメギに空中都市、そして……。 「ま、それは追々……赤を追い払ってからや」 「イル姉は何やってんだよ!」 どこからともなく舞い降りてきた灰色の影に、キッドは思わず悪態を吐いていた。 とは言え、少年とて魔術師。軽口を叩く間にティア・ハーツを取り出し、対獣機の魔術結界を張り終えている。客人相手にどれだけの効果があるのかは不明だが、無いよりはマシだろう。 「アクア! 遠慮無くぶっとばせ!」 そして攻撃は、シーラ直属のプリンセスガードでも屈指の力を持つアクアの水魔術が…… 「……近くに川でもないと、無理だよぅ」 水の都と呼ばれる王都ならともかく、砂礫と草原しかないスクメギと水の魔術師である彼女の相性は素晴らしく悪かった。 「テメ、使えなさすぎ!!」 「だってぇ……」 結界で動きの鈍った客人は残っていた狂犬と兵士達が引きつけてくれてはいるが、決め手を持たない彼等では時間稼ぎにしかならない。 そしてキッドの得意とする魔法は、この局面を覆す力を持っていない。少なくとも、まだ。 「だぁぁっ!」 だが、緩慢な動作で兵士達を追う獣機が、横殴りの衝撃を受けて吹き飛ばされた。 弾丸の如き、重装獣機の出現によって。 スクメギの空の上。キッドに悪態を吐かれたイルシャナは孤独な戦いを強いられていた。 グルーヴェの獣機や客人と違い、スクメギの獣機の大半は飛行能力を持たない。その負担が、飛行可能なイルシャナにのし掛かっていたのだ。 「3体目……っ!」 黒煙を上げて墜落する客人を確かめる間も無く、数騎がかりで一騎の客人を囲んでいるアカレイヒの支援に回る。 (一人だと……やっぱりキツいわね) 既に息は荒い。だが、だからといって味方を落とさせる気もない。敵もまだ、半分もいる。 悲鳴を上げる心臓から推力を絞り出し、加速。 「イルシャナ様っ!」 そこに声が響いた。 同時、数騎の紅麗妃を翻弄していた客人が赤熱し、ぐらりと傾ぐ。赤き炎の翼。鳳凰の、不死の翼に灼かれて……落ちる。 それが何かイルシャナは一瞬で理解した。 「エミュ! 無事!?」 「はい! コーちんが助けに来てくれたの」 伸ばした手の先に舞い降りたのは、彼女の想像通り、炎の翼を背中に生やしたエミュだった。 「心配かけて、ごめんなさぁい」 「いいのよ。無事で良かった」 鋼の体の中。穏やかに微笑み……気を引き締め直す。そうだ、まだ、休むには早い。 「早速で悪いけれど、あいつらを倒したいの。力を貸してくれるかしら? エミュ」 周囲を索敵すれば、敵影はあと半分ほど。 滅ぼすべき敵は、あとわずか半分。 「うん。ポクもその為に、ここに来たんだから」 軽く頷くと翼を広げてイルシャナの肩に飛び移り、一抱えもある頭部をそっと抱きしめた。 「イルシャナ様。あなたに……力を」 エミュの体が純然たる炎と化して燃え上がり、白き鋼の体を舐め尽くしていく。 鳳凰が司るのは再生の力。炎の中で生まれた深い紅の翼が、強く大きく大気を打って……。 |