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6.白き世界からの客人

「これで、みんなが幸せになれるんですね」
「ええ。この計画が成功すれば、世界を彷徨う同胞達に、安住の地を与える事が出来る……」
「ってことは、お友達がたくさん増えるんですか? マスター・メギストス」
「ええ。火照の基準なら、そうなるわね」
「頼むわね。メティシス・ノイタルフィーオ!」
 娘の無邪気な言葉に、鉄色の少女は頷いた。
「はい! 全ての世界の、希望の為に!」
 青い光の中、全ての願いが溶けていく……。


 スクメギから発せられた天を貫く光の柱は、遠く離れたグルーヴェ本陣でも確認出来た。
「敵方の新兵器かも知れませんな、閣下」
「……ふむ。辺境の二流と『黒い翼』どもも、様子見程度には役立ってくれたようよの」
 閣下と呼ばれたのは、無数の勲章をあごひげにぶら下げたトナカイのビーワナだ。
 グルーヴェの全獣機兵団を統べる立場にある彼の階級は『大将』。左官どまりのドラウンやシェティスよりも、はるかに高い地位にある。
「対獣機結界ありません。進撃可能です」
 率いる兵力も、グルーヴェの最強機である1式だけで12騎。従う獣機はその倍に及ぶ。
 帝都にある中央師団からすれば半数ほどだが、地方都市一つを蹂躙するには過剰すぎる兵力と言えた。少し本気になれば、ココの王都さえ落とす事が出来るだろう。
 それをしないのは、もちろん理由があった。
「『ティア・ハート』を用いた対獣機結界がなければ、我らに敵はない……」
 グルーヴェがアークウィパスからまとまった獣機を発掘しだした頃からココ王国各地にちらほらと姿を見せ始めた『ティア・ハート』。
 この魔石は魔術武器となる他、獣機の行動を阻む結界を造り出す効果があった。だからこそ、『ティア・ハート』が数多く集まる大きな街や王都を獣機で攻める事は出来ないのだ。
 だが、スクメギには『何故か』それがない。
 古より続く古代王朝の秘密と、スクメギに眠る獣機。彼らはこの二つを手に入れる為、阻む力のないこの地へやって来たのだ。
「総員、進撃せよ! スクメギを我が手に!」
 そして、圧倒的な兵力が鉄色の翼を広げ、絶望をもたらすべく飛翔を開始する。


 光の収まった空間に、笑い声が響いていた。
「甘い……甘いなぁ、貴公ら」
 バッシュ……否、ドラウンの豪放な笑いが。
 左の拳でミユマの蹴打を。
 右の大剣で『シスカ』の細剣を受け止めて。
「そんな……獣機の一撃だぞ!?」
 『シスカ』は非力な獣機だが、対人戦では大差ない。形が残ったままバラバラになるか、形が無くなったミンチになるか、程度の差だ。
「……だから?」
 彼が駆るのは限界のさらに向こう側の力。極め貫いた、『純粋な力』の神髄。
 だからこそ男は求めるのだ。常識で限られた世界を踏み越え、非常識の限りに至りつつもなお、その先にある何かを。戦いの中に。
「いかに巨大とはいえ所詮はビーワナ。血脈に眠る真の力を引き出した祖霊使いが、同族の力を受け止め切れぬはずがあるまい?」
「……は?」
 その声と同時に、ぐったりしているメティシスとドラウンを強い光がスポットライトのように照らし出した。
 スクメギの天蓋が開き、中央に走る縦坑と世界門を貫いて、この響天の間まで陽の光が差し込んできたのだ。
「まあ、良い。我は我の願いを果たすだけよ」
 そう言い残し、ドラウンは跳躍。
 慌てて追った一同が駆け寄って見上げれば、光を通す空間のはるか向こう。ぽっかりと円を描き、青い空が見える。
 その中央に、『それ』はいた。
 座にぼんやりと腰を下ろしたままだったメティシスが、ひっ、と恐慌の悲鳴を上げる。
「遂に来る! 『戦いの為の戦い』の世界が!」
 縦坑を上昇疾走する虎族の歓喜の叫びが、遺跡全体に響き渡った。
 その先にあるのは……今まで、誰も見た事のない灰色の獣機。
 いや、スクメギの獣機とも、アークウィパスの獣機とも違う。有機的なラインを持つ騎体は、既に獣機かどうかすら疑わしかった。
「まろう……ど?」
 メティシスの傍らで天を見上げていたコーシェイが、突如として唸り声を上げ始めた猫の声を繰り返すように呟く。
「あれが、ネコさんの『敵』なの?」
 それと同時に、『シスカ』も天を衝く咆吼。
「そう。彼こそ客人。弱者ばかりのこの世界に神話の戦いを呼び戻す、鈍色の客人なのだ!」
 そして。
 スクメギの頂上。尖塔から跳躍した狂える虎が、ぼんやりと浮かぶ灰色の客人を叩き斬った。


 突然の咆吼に足を止める者が、ここにもいた。
「……ハイリガード?」
 ロゥである。剛槍で7階層をぶち抜き、既に場所は第3層に近い。
 もちろん、決着は未だ着かず、だ。
「どうした? もうお疲れか? ロゥ」
 対するロッドガッツは疲労を隠せない。マントも所々破れ、血の滲んだ箇所もある。
 それでもいまだ立っていられるのは、相手の片方を完全に見切り、残りを限界以上に酷使した集中で避けきっているからでしかない。
「ちげーよ」
 そう言い、乱暴に矛を構える。
 だが、乱れがあった。限界以上に相手を注視してきた『狂犬』にとっては、先程までとは別人に見える程の乱れが。
「ロゥよぅ」
 だからあえて問うた。
「今のお前らが戦うべきは、本当に俺か?」
「……」
 目の前の重装獣機から、返事はない。
 だが、無言で背を向け、翼を開いた。
「次は追い越してみせる。クソ親父」
 轟音と共に飛び去ったハイリガードを遠い目で見送り、『狂犬』と呼ばれた老犬はその場にゆっくりと崩れ落ちた。
(『狼面』よぅ。俺とお前は、やっぱ別モンだ)
 戦いの為の戦いってのは、疲れるだけだよ。
 それっきり、男の意識は途絶えた。


 素晴らしい。
 そいつは、受け止められた刃に快哉を上げた。
 圧倒的な強さを持つ敵。限界を超えた自らの力の全てを賭しても相打ち、倒し切れぬ敵。
 獣機すら一撃で両断する刃の通じぬ敵。
 これから、そんな奴らが大挙してやって来る。
 天を見下ろせば、客人の放った閃光に次々と撃ち落とされるグルーヴェの獣機達が見えた。
 素晴らしい。
 男は再びそう思った。
 非常識の向こう側がこの世界にやって来る。
 斬撃を弾かれたドラウンは、喜びの涙すら流しながら大地へと堕ちていった。


 空をぼんやりと見上げ、少女は呆然と呟いた。
「また……やってしまった……」
 既に瞳は光を失い。その場を動かぬ灰色の獣機に襲いかかったグルーヴェの獣機隊が一方的に撃墜される壮絶な破壊の光景も、ただ水晶体に写っているにしか過ぎない。
「大丈夫だよ。メティシス」
 だが、そんな少女の肩を抱く腕があった。
「……火照……様?」
 半ば虚脱状態にあったからか、温もりの主をメティシスは素直に呼ぶ事が出来た。
「今はエミュなんだけどね。ま、いいや」
 その名に、苦笑する声。
「……エミュ様!? え!?」
 意識の戻った目で見てみれば、それは穏やかな笑みを浮かべたエミュだった。ドラウンの凶刃に倒れたリヴェーダを治療していた、少女。
 しかし、その腕の感触と漂わせる雰囲気は、はるか昔に盟約を結んだ親友のもの。
「うん。まあ、色々と思い出したりなんか、しちゃったんだよねー」
 気持ちは今までと変わりない、エミュのままだ。けれど、心と記憶の中には、炎を従えた美しい女性が静かに微笑んでいる。
 彼女が、メティシスの『火照』なのだろう。
「ごめんなさい。忘れていたとは言え、また……世界を滅ぼすような真似を……」
「大丈夫だよ」
 そう言い、泣き出した少女をそっと抱く。
「今度はきっと……。それに」
 言葉と同時、エミュの背後に巨大な影が広がった。
 見ていた全ての者は、息を飲む。
 白き巨大な姿。スクメギとも、アークウィパスとも、客人とも違う、優雅なライン。
 穏やかに微笑むようにエミュ達の方を一瞥し、天まで届くスクメギのシャフトへ舞い上がる。
『白き翼の運命の子、獣機の主となりて全ての闇を打ち払う』
 誰かがそんな預言を呟いた。
 白き翼持つ獣機の王。
 スクエア・メギストスの出撃を見送るために。


「くっ……」
 次々と落とされる僚機が落とされる光景を前に、トナカイの大将は唇を噛むしかなかった。
 彼が乗るのはグルーヴェ最強の獣機『1式ギリュー』。スクメギから内密に流用した疑似契約技術を採用した、最新鋭機のはず。
「かぁっ!」
 灰色の獣機から放たれた光の刃を、『1式ギリュー』の機体性能と運だけで回避。しかし、政治の腕前だけで渡ってきた老人の技量では反撃にまでは至らない。
 2撃目は、回避不可。
 だが。
「大丈夫か!」
 止めとなるはずの2撃目は、目の前に現れた騎体が受け止めてくれた。
 重厚さの中にどこか柔らかさと繊細さを感じさせる、白き翼の純白の獣機。それは、騎体から放たれた声が凛とした少女のものだったから、というだけではないだろう。
「あ……ああ……」
 対する大将は答えるのが精一杯だ。その間に白き戦乙女は提げていた大剣で3撃を打ち込み、光の斬撃を2度受け流している。
 腕は、どうやら互角。
「卿等の心を失った擬龍で相手に出来る敵ではない! ここは撤退なされよ!」
「て……撤退だと!? ならん、それはならん!」
 反射的に老人は叫んだ。
 これだけの損失を出して負け戦など、王も軍部も許すまい。もし生きて国に戻れたとしても、地位を失い路頭に迷っては元も子もない。
「説得も通じぬか……。ならば」
 仕方あるまい、と寂しげに呟き、白き獣機は一瞬のうちに1式ギリューの背を峰打った。
 老人の乗った意志無き獣機が情けない悲鳴と共に落ちていく中、再びスクエア・メギストスは灰色の客人と対峙する。


 うなだれた老爺が再び口を開いたのは、スクエア・メギストスが飛び立ち、後続部隊のレアルが辿り着いてからの事だった。
「後続の連中を拾い、脱出しよう。もう儂等に出来る事は、ない」
 レアルの話では、彼以外の後続は道に迷ってしまい、レアルともはぐれて第2層に残っているという。地図はリヴェーダが持っているのだから、仕方ないといえばそうなるが……。
「何もないって……爺さん!」
 敵国人の雅華が詰め寄っても、構える気配すらない。覇気の全てが失われたように、力なく立っているだけだ。
「既に鍵の呼びかけには応じられ、客人と閣下は戦うておる。今度こそ世界は滅びようて」
「そいつらは、そんなに強いのか?」
「上の客人。あれは、ただの偵察兵じゃよ」
 一同は絶句した。
 グルーヴェ本国の主力の半数をたった一騎で壊滅に追いやり、スクメギ最強の獣機と互角に戦う者が、尖兵に過ぎないとすれば……。
「滅びの鍵よ。本隊がいつ来るか、解るかの?」
 老爺は穏やかに、灰色の少女へ。全てが終わった今、彼女の命を狙う理由はもう無い。
「……先遣隊はもうすぐ。その数日の後に、本隊もやって来ましょう」
 そうか、と答え、老爺は再び押し黙る。
「爺さん。あんた、何を知ってる。いや、全部知ってるんだろ?」
「そこな二人や閣下の方が知っておろうよ」
 リヴェーダの言葉に、メティシスは顔を伏せ、エミュはふーむ、と深刻そうな顔。
「若い彼女達だ。出来れば何も知らぬまま、穏やかに過ごさせてやりたかったが……の」
 主から真実を知らされた時、老爺は全ての罪を自らが背負おうと決めた。たとえ自己満足でも、所詮は老い先短い身。周りの全てが幸せに過ごせるなら安い物だ。
 それに、悪は蛇の一族の宿業でもある。
 だがそれも徒労に終わった。
「だから、まずは脱出だって。ね、ネコさん?」
 度重なる驚きで感覚が麻痺し無言になっている一同にコーシェイがそう言い、猫がにゃあとひと声鳴いた。胸元を飛び出してくるっと身を翻せば、一騎の獣型獣機に身を転ずる。
 10mを越える四つ足のイワメツキ式獣機は、猫の動きで音もなく着地。
「貴公、獣機であったのか……」
 これには全てを知る老爺ですら驚いた。獣機に意志がある事や自分で動ける事は知っていたが、まさかスクエア・メギストス以外に完全に独立して動く獣機があろうとは……。
「ネコさんが脱出のお手伝いしてくれるって」
 そう言い、コーシェイはさっさとネコさんの背中へよじ登った。毛皮に覆われた装甲は、捕まるだけで簡単に体を固定する事が出来る。
「ねぇ。そっちのお姉ちゃん達も、協力してくれるよ……ね?」


 何度目かの斬撃が払われ、イルシャナはうめき声を上げた。
「くっ……強い!」
 敵の光刃は弾く事が出来るから脅威ではない。だが、こちらの剣も通じないのだ。
 その様子を見て、周囲のグルーヴェ軍が群がってくる。客人はともかくスクエア・メギストスがスクメギ側の新型とは知っているらしく、狙いは明らかにこちら。
「貴公等は下がれと言うにっ!」
 苛立ちと共に純白の騎体が一瞬かき消えた。
 次に白い姿が現れた時には、群がってきた数体の1式擬龍は全て翼を打たれ、大地へ錐もみしつつの落下を始めている。
 完全な力を得たメギストスが弱い訳ではない。
 灰色の客人が強すぎるのだ。
「……またか!」
 そんな中、こちらに上昇してくる重装獣機の姿を感じ、再び悪態を吐く。
 第2次会戦の時に奪われた巌滅姫(イワメツキ)だ。白銀の擬龍と共にグルーヴェ軍の中核を務めてきた、敵の抱える最強獣機の一つ。
「貴公に構っている暇は……」
「ないだろうがよッ!」
 言葉を継いだのは、そのイワメツキの方。あまりの剣幕にイルシャナの方が一瞬困惑する。
「テメェはどーでもいいんだよ! あの灰色の陰気な奴! あっちを殴らせろっ!」
「……貴公!」
 白い重装獣機は純白の獣機の前で一瞬停止。
「相棒に頼まれちゃ、嫌とは言えねえだろ?」
 灰色の敵を見据え、ぼそりと一言。ぼそっと言った一言を最大音響で拾われたらしく、次の瞬間怒鳴り声が聞こえてきたが……。
(幸せそうだな。ハイリガード)
 その様子に、獣機達の王は穏やかに笑み。
「ならば共同戦線と行こう。異論は?」
「4対2か。敵が強いとは言え、ちと卑怯かね」
 そう言うものの嫌とは言わず、ロゥは矛を構え直す。動きに一部の乱れも無かった事から、少女の提案にハイリガードも異論はないらしい。
「いや……この戦い」
 純白の獣機王が長剣を構え、小さく否定する。
「3対1だ」



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