7.転章・十万年の大罪 シェティスの獣機は、スクメギ中央を縦に走るシャフトをゆっくりと上昇していた。 「エミュって幻獣系だったんだね」 腕の中、クラムは隣のエミュに声を掛ける。 「うん。鳳凰、なんだって」 炎と命を司る神話の鳥王。ならば炎が使える事も、リヴェーダの傷を塞いだ事も納得がいく。 「あとさ……」 「ん? なぁに?」 静かなクラムと対照的に、エミュはいつもの調子だ。事前知識を思い出したせいか、彼女達ほど驚きが大きくないらしい。 「私が運命の子の偽物って、本当?」 バッシュ……いや、ドラウンと一同が対峙した時、蛇族の老爺は確かに叫んだ。 そんな偽物などどうでも良い、と。 彼女に10万の賞金を賭けた張本人が、だ。 「……うん。前の時は、運命の子はただ一人」 沈んだ表情を察し。だがエミュは静かに頷く。 クラム・カインは運命の子ではないと。 「そっか……。おかしいとは思ってたんだよね。ボクなんかが運命の子だ……なんて……」 白銀の腕の中、少女の嗚咽が重なる。 「クラムちゃん……」 全てを知らなければ、慰めの一つもかけられただろう。けれど、全てを知っているエミュだからこそ、彼女にかける言葉が見つからない。 彼女が、運命の子が完全に覚醒するまでの、スケープゴートだったということを。 二人を抱えた『銀翼のシスカ』は静かに遺跡を抜け、青い空を飛翔している。 「……エミュ」 「ん?」 そこでふと、クラムは気付いた。 「これ、方向が違う」 日常的に空を飛ぶ彼女だから、スクメギの空からの光景は見慣れている。 合流場所の公邸とは全くの逆方向。この先をまっすぐ行けば……グルーヴェ野営陣になる。 「ね、レアちん。方向が違うってー」 ネコさんにはスクメギ内で迷っている兵士を乗せる必要があったため、シスカにも数人の便乗を余儀なくされていた。グルーヴェのシェティスと雅華。スクメギのクラムとエミュ、そしてレアルの5人である。 「ん? 別に問題はないけど。これで」 狭い操縦席からレアルが顔を出し、一声。茫然自失のシェティスに代わり、雅華と二人でシスカをなだめながら制御しているのだ。 「……え?」 彼の言葉が理解出来ず、エミュはそれだけを答えた。そして、気が立っているのか髪を逆立てているレアルを見て、クラムが叫ぶ。 「アンタ、あの時の吟遊詩人。……まさか!」 彼女がピュルスの店で捕まった時、彼もそこにいた。その時の毒針……灰にも見える青黒の毛は、目の前で逆立っている彼の髪と同じ色。 彼が祖霊使いだったら。そして彼が……。 「……やだ。嘘。レアちん、冗談でしょ?」 二人の間に漂う不穏な空気を読み取ったのか、エミュが呆然と呟く。 「やだ……やだ。みんなでイルシャナさまのところに帰ろうよ……ね?」 これからどうなるにせよ、今だけはイルシャナの元へ戻れるのだ。メティシス達と穏やかな時間と過ごせる、最後のチャンスかもしれないのに……。 「ごめんね、エミュ」 しかし、レアルの言葉が全てを打ち砕いた。 客人との戦いに決着がついたのか、傍らに白き重装獣機が並ぶ。生き残った4式ギリューがそれに続くように編隊を組んで、飛翔。 「ようこそ。我らがグルーヴェへ」 半数に減った獣機部隊は、本隊に荒らされた野営陣へゆっくりと舞い降りた。 大地に、無数の獣機が整列していた。 列は2列。列間を大きく開け、間に通り道を作っている。 その間に、彼女は舞い降りた。 純白の獣機王『スクエア・メギストス』。 大きな翼を一打ちし、音もなく舞い降りる。 巨大な獣機達が導く滑走路の上。軽い靴音と共に大地を踏んだのは、イルシャナだった。 息を飲む一同の中、背中に生まれた白き鋼の翼を畳み、ゆっくりとこちらに歩いてくる。 だが、迎えに出たミユマ達が息を飲んだのは、スクエア・メギストスがイルシャナに姿を変えたから、ではなかった。 その左右に並ぶ獣機達。 イルシャナが通り過ぎた後にあるのは巨大な鋼の鎧ではなく、年端もいかない少女達の姿。 「あれが……彼女達の真の姿」 そう。 「古代の大戦で喪われた、鋼の一族……」 イルシャナは彼女達の長の想いを受け継ぐ者。 『白き翼の運命の子、獣機の主となりて全ての闇を打ち払う』 白き翼の、運命の子。 だが、その神聖な光景に駆け込む者がいた。 「イルシャナさん! 大変ですっ!」 赤い光をまとったミユマが、少女達の間を走り抜けてくる。遺跡を脱出する時に見つからなかった兵士達を探してもらっていたのだ。 「あのレアルって詩人の子、グルーヴェのスパイだったんです! 『狂犬』さんが見つけたスクメギの兵士さん、あの子に襲われたって!」 遺跡の中で気絶している兵士達と高いびきで眠っている狂犬を見つけ、直接聞いた話だ。 え、と振り向いたイルシャナは、続く言葉に今度こそ身を凍らせた。 「クラムさんとエミュちゃんも、グルーヴェにさらわれちゃったって!」 |