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4.慢心の代償

 そいつは不愉快だった。
 自慢の躰を汚されたのが不愉快だった。
 相棒が話を聞いてくれないのが不愉快だった。
 ただ、それはまあ……いい。許してやる。
 同僚達の相棒も昔はそうだったようだし、愚かな相棒もそのうち気付いてくれるだろう。
 だが。
 『2人で組めば』……だと?
 しかも、思い人のいる他の女と。白銀色の、澄ました亜人との4人組で?  不愉快だ。
 不愉快だ。
 甚だ、不愉快だ。
 たった1人で戦ってきたつもりなのか。
 傍らには常に『私』がいたというのに。
「明日はいよいよ『巣』攻めだな」
 巣。『魔物』どもの本陣。
 忌まわしき異形の輩。絶対に相容れぬ赤き白。
 蒼き我らの好意を土足で踏みにじった、不倶戴天の……敵。
 奴らで鬱憤を晴らそうと。そう、思った。


 夜が明ける。
「さて……今日もひと暴れすっか」
 朝日に向かい立つ巨人の中、ロゥは静かに呟いた。重装の獣機は駆動音を高める事もなく、力を溜めるように沈黙を守ったまま。
 傍らには白銀の獣機。グルーヴェの獣機遺跡『アークウィパス』で発掘された、亜式獣機『一式ギリュー』。
 名は『シスカ』。『銀翼のシスカ』。
「作戦は覚えているのだろうな」
 主の名はシェティス。スクメギ攻略隊の指揮官代理たる、16歳の少女だ。少女と思えぬ落ち着いた、少女らしい凛とした声で問いかける。
 ロゥとシェティスの同時行動は、作戦部に拍子抜けするほど簡単に認められた。ここ数日で頭角を現しつつある新鋭と、若いが熟練の駆り手。突撃力が上がるならと、ほんの数秒で作戦部を仕切る雅華が認めてしまったのだ。
「そこまで莫迦じゃねえよ。俺達前衛が主力を引き受けてる間に後衛の本隊が速攻で中心部をぶっ叩く。簡単な作戦じゃねえか」
 苗床である遺跡本体を叩けば『魔物』は生まれなくなる。無尽蔵に沸く増援さえいなくなれば、後は単純な掃討戦だ。
「なら……良いが」
 漠然とした不安に、シェティスは小さくため息。僅か、獣機の駆動音が高まり、操縦席内の空調の温度が変わる。
 身を引き締める冷たい寒風から、少し暖かい、ふんわりとした涼風へと。
「ふふっ。心配しなくとも大丈夫だ、シスカ」
 やがて後方からの魔術信号弾が上がり、眼下の白い海原……魔物の群れへ向けて、鋼の群れが動き始める。
 進軍、開始。


 期待はいきなり裏切られた。
「何やってんだい、アイツらは」
 部隊最後方、司令部。
 羊皮紙の地図に打ち込まれたピンの配置を見て、雅華は盛大にため息をついた。
 赤いピンは前衛。白い石で示される『魔物』の群れを防ぎ、弾き返す役目。いわば盾。
 青いピンは後衛。前衛が弾き、切り開いた血路を抜けて『遺跡』に斬り込む役目。いわば矛。
 赤いピンが白石とぶつかっているのはいい。
 だが、何故青いピンまでが白石を押しとどめているのだ?
「つーか、このトンマは何だい」
 そして、白石の山のど真ん中にぽつんと立つ赤いピンは何だ!?
「副長と、あの若造です」
 上空に魔力の目を翔ばせ、全体の戦況を報告していた魔術師も嘆息を吐いた。
「何というか……単機突撃しているようで」
 斬り込むのはいい。後衛の血路を開く事こそが彼らの仕事なのだから。
 しかし、後続の前衛を連れぬ斬り込みをしろと言った覚えはない。
 それで前衛の配置が崩れ、そのフォローに切り札たる後衛が回されている。後衛の獣機を抜かれれば、歩兵を中心とした僅かな手勢しか持たない司令部まで守りはない。
「魔術通信は!」
「いかんせん、魔物どもの障気が強く……」
「あいつら…………莫迦か!」
 雅華が怒りにまかせて蹴っ飛ばした椅子が作戦テーブルでもなく、魔術師でもなく、その辺にいた士官候補に命中したのは、不幸と言うべきか、幸いというべきか……。
「あ……」
 倒れる士官候補生の目が、ひょろひょろと力なく上がる魔力弾を捕らえた。
 血のような赤。
 陰鬱とした黒。
 狂喜を彩る白。
 信号弾の色は3色。位置は敵陣のど真ん中。
「あの色は……」
 候補生の顔から、血の気が引いた。


 白い世界に、修羅がいた。
 人に数倍する威容を誇る『魔物』を切り裂き、貫き、蹂躙する。一歩進む毎に……いや、騎体が駆動音を立てる度に重矛が舞い、白き異形の肢体が細切れの屍体となり、地に墜ちる。
 胸に抱く勇ましき獅子王ですらこれほどの暴虐は尽くせぬであろう、圧倒の力。
 暴君の名は、獣機ハイリガード。
 まさに破壊の暴風。まさに嵐の如く、白い『魔物』の中を侵撃する。
 されど、嵐には目があるもの。
 理由無き暴虐に一瞬の静寂をもたらす凪ぎ。
 それに気付いた魔物の一匹が、宙を駆けた。
 凪ぎを。嵐のアキレス腱を目指して。
 だが暴君の死角より忍び寄った賢き魔物は銀光に薙ぎ払われ、正面突破と同じ運命を辿った。
 凪……否、薙ぎの名は、シスカ。
「……ロゥ」
 薙ぎ……否、凪に相応しい声で、シスカの主が口を開いた。
「何だ?」
 対するは、暴君の内に住まう少年。この戦いでの、仮初めの相棒。
「随分味方から離れたようだが?」
 シスカには指揮官機らしく、全体の戦況を見渡せる戦術板が置かれている。見るまでもないが、ロゥとシェティスだけが突出していた。
「……スマン」
「謝るくらいなら戻れ! 後衛すらフォローに回っているのだぞ!」
 後衛は来るべき時に備えて力を貯めておくのが仕事。それが、最もするべきではない力押しの消耗戦に駆り出されている。
 今の圧倒的な力を振るうハイリガードが戻れば戦況も少しは持ち直せるだろうが……作戦はほとんど失敗といっていいだろう。
「それがな……」
 轟ッ!!
 瞬間、シスカの銀翼が宙を舞った。
 破滅の暴風がシスカの傍らを吹き抜けたのだ。
「ロ……ッ!」
 シェティスが並のパイロットだったら。
 シスカが並の獣機だったら。
 間違いなく全身を砕かれていた、間合。2人だったから、銀翼の端を砕かれるだけで済んだ。
「こいつ、全然言う事を聞いてくれないんだが……どうすればいい?」
「…………暴走かっ!」


「暴走ぅ!?」
 信号弾の報告を受け、雅華は耳を疑った。
「獣機は暴走するのか!?」
 慌てて整備兵をにらみ付ける。
「気性が荒いのはたまに。特に獣機は『魔物』と仲が悪いスから。気でも立ってたんでしょ」
「……何故言わなかった」
 そんな爆弾を抱えているのなら、他の作戦の立てようもあったというのに。だが、整備兵は呆れたように答えるだけ。
「ウチの四式は対魔物戦の経験者ですよ。もともと大人しいし、今さら泉を攻めるくらいで暴走したりしませんて」
「じゃあ、シェティスの……?」
 その問いに「もっとありえない」と言った風に首を振る男。
「あれも副長と仲いいから、ンな迷惑かけませんて。むしろシスカは団長がいなくなって落ち込み気味だったから、少々暴れた方が……」
「後は……」
 あった。
 思い当たりすぎるくらい、心当たりがあった。
「でしょうね」
 男も、答えすら聞かずに肯定。
「最近気が立ってるみたいだったから……」
 戦闘にアクシデントはつきものだ。そう割り切って、新たな作戦を立てようとした矢先に、
「敵襲です!」
 この報告。
「背後にスクメギ軍を確認! 獣機隊込みの大部隊です!」
 雅華はもう一度椅子を蹴り、今度は整備兵にぶち当てた。


 乾いた丘の上。
「暴走か……なかなか派手にやってやがる」
 馬に乗り、眼下の戦況を見据えながら、狂犬と呼ばれた男は小さく呟いた。
 傍らにはバッシュ。随伴歩兵としてミユマと黒髪のクラムもいた。
「あのー。そういえば、作戦は? 全然決めてないみたいですケド……」
 総兵力は疑似契約した獣機が20と、傭兵が50ほど。だが、夕飯時にメンバーに紹介されて以来、部隊分けする様子も、集合する機会もなかった。
 早暁に準備をしろと叩き起こされ、何が起こるか知らされぬまま連れてこられただけだ。
 狂犬は「ふむ……」と呟き、
「俺が出たら、続け。それでいい」
 わずか、一言。
「……は?」
 クラムが首を傾げ、ミユマですら耳を疑った。
「陣形は? 作戦は? 奇襲なんですか?」
 村を出てから読んだ戦術のイロハを思い出し、虎耳の娘がさすがに問いかける。
「任せろ。後は現場判断だ」
「大将。敵の作戦が変わったみたいですぜ」
 随伴していた傭兵の魔術師の言葉を示すように、数発の魔術信号弾が空に咲く。
「ふむ……もうちょっと、だな」
 その言葉に従い、眼下の光景が変わった。
 魔物達と拮抗していた鋼の群れが動き出し、盾から矛へと。全力を以て『魔物』達の空間を穿たんと陣形を組み替え始める。
 信号弾の色は赤が3発。炸裂音も鮮やかな3発の爆光は、総員突撃の印。
 槍の先端が目指すは、突出した嵐のような獣機のいる一点。既に嵐は遺跡のすぐ前にいる。
 鋼の槍に貫かれ、皓い海原が二つに割れた。
「よーし、全員突撃。グルーヴェの連中にお礼を言って、一気に遺跡に殴り込め」
 そして狂犬が、叫びと共に馬腹を蹴った。


 短いが熾烈な決戦は、一刻を過ぎずに終焉を迎えていた。
「何とか……上手くいきましたね」
 撤収指示の信号弾を打ち上げ終わった魔術師が、上空に飛ばしていた『眼』を解呪する。
「上手く……いっただと?」
 がたん、と不機嫌そうに椅子を蹴る女。そのおどろおどろしい怒気に、声を掛けた魔術師は思わず息を飲んだ。
「上手くいったんじゃない。いかされたんだ」
 前衛と後衛、全兵力でとにかく道を切り開き、最前線の2人を回収。同時に後方から来たスクメギの連中を遺跡の中に送り込む。
 ここまで来た以上、連中の狙いも赤い泉だろうと思ったからだ。
「向こうの指揮官もそれを狙ってた。畜生」
 果たして狙いは的中した。
 激戦を繰り広げるグルーヴェ軍の間を悠々と抜けて遺跡に辿り着いたスクメギ軍は手薄な遺跡を獣機と祖霊使いで蹂躙し、あっさりと離脱。
 疲弊したグルーヴェ軍には指一本触れず、彼らは既にこの地には居ない。
 雅華の思惑通りに。
 そして、それ以上に向こうの思惑通りに。
「とりあえずあのガキをとっちめないと腹が納まらないね。くそ……っ」


「何か……申し開きはあるか?」
「……ねえ」
 その日のロゥの戦果は、単機だけで100を越えた。2位のシェティスが50少々だから、圧倒的な戦果である。
 だが、凱旋者たる彼は……無言だった。
「ツーマンセルというのは……自分に尻拭いをさせる事を言うのか?」
 静かな。それでいて鋭い少女の言葉が、少年の心に突き刺さる。
 だが、それよりも……。
「それ以前にだ。2人組という言葉をよく考える事だな。戦果が戦果故、命令違反は問わんよ」
「……」
 シェティスの言うとおり、その日のロゥが命令違反に問われる事はなかった。
 だが、それよりも……。
(あのスクメギの無謀な作戦……まさか、な)



続劇
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