3.『狼』と『狂犬』 「ミユマ……これ、やっぱり無理ないかなぁ」 黒い腰までのロングヘアを弄びながら、少女は不安げに呟いた。目の前には、ひび割れた鏡を何枚か継ぎ合わせて作った大きな姿見が立て掛けてある。 「そんな事ないですよ。完璧です」 うんうんと頷いたのは、虎耳の少女。 「そう?」 黒髪の少女が髪を軽く引っ張ると、髪が丸ごとするりとこぼれ落ち、中から鳶色のショートカットが露わになった。 その顔は足元に丸めてある手配書と同じ顔。 クラム・カインであった。 「……これで?」 百戦錬磨の傭兵を、引っ張るだけで落ちる即席のカツラでどこまでだまし切れるものか。 「……たぶん」 「あの、すいません」 「……何だ?」 幼い声に呼ばれて振り向いたのは、犬族のビーワナだった。 「『赤い泉』を討伐する傭兵を募集してるって聞いたんですけど。まだ募集してますか?」 問いかけたのは、2人の少女と雲を突くような巨漢というおかしな組み合わせの3人組。 「そのデカブツか?」 虎耳の娘と黒髪の娘……有翼族が変装しているらしい……は共に首を横に振る。が、犬族である男の鼻を持ってしても、少女達からは血の臭いも、戦場で暮らす者特有の臭いも嗅ぎ取る事は出来なかった。 「どっちも祖霊使いみてえだが……嬢ちゃん達、アタマ大丈夫か?」 「失礼な。故郷じゃ、『ミユマはちょっと緩いだけ』くらいしか言われませんでしたよ!」 そりゃ、かなりのモンなんじゃ……と一同は思った。だが、プリプリ怒っているミユマには通じなさそうだったので言うのをやめた。 「義勇兵の募集もしてるって聞いたんですが」 白い翼の運命の子。その名が意味する所は、未だ分からない。けれど、何かを護る力である事は……想像に難くない。 ならば、赤い泉を退ける事も運命の子の定めの一つなのでは……クラムはそう思い、ミユマもそれを手伝ってくれると言ってくれたのだ。 「その方達は、リヴェーダ様の紹介ですよ」 そこに、ふと声。声だけでは少年か少女か分からなかったから、男はそちらを向いた。 「ジジイんとこのガキか。本当だろうな?」 レアルと言ったか。手紙を受け取るために触れた指から立ち上る、僅かな……それでいて深い血の臭い。 「嘘を言うメリットはないと思いますが?」 言葉にも嘘の臭いはない。否、厚く塗り込められた嘘の臭いに紛れ、判別すら付かない。 「……入れ。他の連中には後で引き合わせる」 だが、男はあえて3人を通した。 「ほら、早く入って」 「助かったー。ありがとう、キミ」 「レアル君でしたっけ。リヴェーダさんの秘書やってる方ですよね、確か」 小声でレアルに礼を言う2人の声も筒抜けだが、それもあえて聞こえないふり。 「他の2人はともかく……気を付けてくださいね、クラム・カインさん」 「……うは」 ぼそりとそう言われ、少女2人は逃げるように奥の間へと姿を消すのだった。 そして、残ったのは巨漢が1人。体躯、臭い、雰囲気。どれを取っても文句なしの傭兵、祖霊使いだ。少女達と違い、詮索する必要すらない。 だが。 「南で赤い泉を狩ってるって聞いてたが……ありゃ、やめたのか? 『狼面』よぅ」 奥の間に行こうとした虎族のビーワナは、男のその言葉に足を止めた。 「俺はただ、剣を振るうだけだ」 前を見据えたまま、虎の貌でぽつりと返す。 「戦うために戦う、か。相変わらずシンプルでいいな。貴様は」 「貴公も子育てを始めたと聞いたが? 狂犬」 「いつの話だ。ありゃもう1人でやってるよ」 「……そうか」 そして、狼面と呼ばれた虎族の男は再び歩み出す。狂犬と呼ばれた犬族の男もそれ以上は語らず、無言で酒をあおり始める。 レアルは黙ったまま、その場を後にした。 |