2.水都回想曲 剣と剣がぶつかり合う、激しい音が響いた。 金属音ではない。木と木をぶつけ合わせた打撃音だ。木剣とはいえ、いや、だからこその緊張が、その場を支配している。刃こそないが、真剣をも受け止める強さを秘めた武器なのだ。触れれば骨など簡単に砕け散る。 それを振るうのが年端もいかない娘達となれば、尚更だ。 胸元まである黒檀の大剣と、その半分ほどの白樫の細剣。大剣は鎚の重さでひたすらに打ち砕き、細剣は鞭のしなやかさで相手を追いつめる。 凶悪とも言える武器を駆るには、あまりにか細いその体。健康的に伸びた腕、艶やかさが華開く前の脚。大人になる、半歩だけ手前の少女のからだ。脆く儚く未完成な、氷細工の美しさ。 だが、少女達は己に秘められた芸術など気付きもしない。 まるで己が砕かれる痛みを求めるかのように。破壊し犯す鈍い輝きへ、自らの体を無防備にさらけ出していく。 打ち、撲ち、拍つ。 凪がし、薙がし、流す。 次手を読み、その次の手で受け、さらにその先を読むためにリズムを刻む。ステップを踏む。 正確に刻まれる、破滅の戦慄。 薄氷の上で舞う、死の武踏。 演奏は時に迅く、時に遅く。 緩やかに素早く、軽やかに激しく。捕らえられない重奏の中、狂ったような転調を繰り返す。 た、と床が鳴り、一瞬の全休符。 世界の全てが、打たれて止まる。 音はない。色もない。 聞こえる領域には、既に無い。 瞳に映るものは、相手の存在のみ。 耳を澄ませば、剣の打音が、踏み込む足音が。 目を凝らせば、剣の軌跡が、振るわれる体が。 どんな詩人にも、どんな音楽家にも、どんな芸術家にも踏み込むことの叶わぬ窮極の美を描いているというのに。観る者の魂を焼き、聴く者の心を刻む、生と死のかたちが奏でられているというのに。 少女達は、それに気付かない。気付こうともしない。 そのまま演奏再開。 刻が再び動き始める。 演奏はさらに激しさを増す。二人のタクトは熱く、鋭く、さらなる疾走。 黒い軌跡のキャンバスに、白い閃光が思うままの世界を描き込んでいく。 純白のアーティファクトを、漆黒の旋律が容赦なく食らいつくしていく。 芸術が最後に至る場所。 切符の代価は無論、いのちでしかない。 それに心を囚われたなら、先には即ち死、あるのみ。 打たれ、砕かれ、そこでステージは終わる。 けれども世界は終わらない。止まらない。 少女達は心のまま、揺らぎもせず、世界の終わりを描き続ける。 魅して離さぬその舞いは……。 あまりに無粋な鐘の音で、幕を閉じた。 「ふぅ……」 白い肌に薄く浮かんだ汗を拭い、イルシャナはドレスの襟元を僅かに緩めた。 王立フェインリール学園にほど近い、オープンカフェである。家の侍従長が見れば失神しそうな光景だったが、火照った体には首元から吹き込む涼風が何より心地いい。 ましてや全力を振り絞った試合の後なのだ。少しくらい目を瞑ってくれても、罰は当たるまい。 「ハイニィ、また上達したんじゃない?」 そう言われ、隣に座っていた少女はふふ、と静かな笑みを浮かべた。 さらりと流れる髪を片手でそっと避け、優雅にカップを口へと運ぶ。同性のイルシャナでさえ無意識に見とれるその姿からは、とても黒檀の大剣をパートナーに舞う凛々しい姿など思い浮かばない。 「貴女が今一つだったたけですわ」 だが、紅茶をこくりと飲み干したその口から出たのは、自らを謙遜する言葉どころか痛烈な批判だった。あまりに遠慮のない物言いに言葉を詰まらせるイルシャナだが……。 「実は、ね」 素直に、そう認める。 ハイニ……ハイニィは彼女の愛称だ……の性質を十分に知っているイルシャナだ。好意を抱くことはあっても、気分を悪くすることなどありえない。 むしろ、見苦しいお世辞とくだらない建前が交錯する宮廷よりも、はるかに気分がいいと思っているほどなのだから。 だから、隠し事もしなかった。 「スクメギに、行くことになったの」 ハイニの頭からすいと伸びた長い耳が、思わずぴんと立つ。 「まぁ。何時からですの?」 けれど、口から流れたのは素っ気ない言葉。 「……」 傍に控えていたメイドからカップを受け取り、イルシャナは無言で一口。ついでに、緩めていた襟元をきちんと直してもらう。体の火照りさえ治まれば、そうそうはしたない格好などしていられない。 襟元に指を触れさせ、具合を確かめてから、口を開く。 「来週には出発するわ。フェ・インの卒業は、繰り上げて行うんですって」 「……また、随分と急ですわね」 さすがの少女も、今度こそ驚きを隠せなかった。 スクメギと言えばココの辺境。古代遺跡がある街だと学びはしたが、具体的にどういうところなのかは今一つ分からない。 ただ一つ分かるのは、王都から気軽に会いに行ける距離ではない、という事くらいだ。 「シーラ様もほとんど王宮だし、私も、ね」 イルシャナにもそれなりの責がある、という事なのだろう。 プライベートではこうして仲良く話しているが、ハイニがココでもごく中流の貴族の出である反面、イルシャナは王族に名を連ねる位置にある。王位継承権に至っては、王家の三人の姫に継ぐ第四位。 自由な気風のココ王国とはいえ、公の場では肩を並べるどころの話ではない。 「近衛の研修が終わるまでは、貴女に剣の相手をして貰おうと思っていましたのに……。当てが外れましたわ」 ほんの少し恨みがましく、ぽそり、と呟く。 学園内で、ハイニの本気に太刀打ちできる者はそういない。もちろんいるにはいるが、彼女の言動に気を悪くしない人物という条件を当てはめればその数はぐっと少なくなる。さらに彼女自身の嗜好まで付け加えれば、第四王位継承者で大臣の娘だから……などとは言っていられない。 「ごめんなさい。今度戻ったら、埋め合わせはきっとするから」 「約束ですわよ」 二人で笑い、軽く指を絡め合わせる。 「あら、イル」 そこに声が掛けられたのは、半分は偶然で、半分は必然だった。 「アリス姫様……」 そう。 姫様、である。 ハイニはすっと立ち上がり、優雅に一礼。 「ハイニ・ランダールと申します。アリシア姫様には、ご機嫌麗しゅう」 言葉は自然と流れ出た。慌てていても、生来の優雅さが十分にフォローしてくれる。略式の挨拶だが、公式の場ではないのだから粗相にはならないはずだ。 「そんなに緊張しなくてもいいわよ。公式の場ではないのだから」 だが、まっすぐ空に伸びた両耳に、ココ王家第二王位継承者は苦笑を浮かべるのみ。 「は、はぁ……」 見れば、隣のイルシャナはテラスの席から立ち上がる様子もない。相当に気安い存在なのか、軽く会釈し、傍らのメイドに小さく指示を与えただけだ。 「イル。今日は姉様に呼ばれていたのではなくて?」 空いた椅子にすいと腰掛け、メイドからカップを受け取る。後に控えていた魔術師らしいビーワナの娘も同様に受け取ろうとして……何事かメイドに指示して引き取らせた。 「ハイニィがフェ・インの試験で近衛に入ると言うから、剣の相手をしておりましたの。今から向かうところですわ」 実力主義のフェインリールは王立学園ということもあり、実際に王城に入っての研修や実習を受けることも多い。成績の最上位者ともなれば、王やアリス達の側近や近衛として取り立てられる事すらあった。 アリスの姉姫であるシーラのプリンセスガードの大半はフェ・インの生徒が務めているから、ハイニが近衛に入るというのもおかしな話ではない。 「……父様の近衛に?」 だが、イルシャナの言葉にアリスは柳眉をひそめる。 国王直属の近衛は少数精鋭を標榜し、事実大国の王の護衛と思えないほどに少なかった。別に採用率が低いわけでも、希望者がいないわけでもない。毎年多くの冒険者や傭兵が試験を受けに来るし、王家側もそれなりの数を合格させる。 問題は、肝心の王にあった。 とはいえ性格が悪いわけでも、悪癖があるわけでもない。 強すぎるのだ。 それも、どうしようもなく。 守るべき護衛が逆に主に守られてしまい、新人がプライドをズタズタにされるなどいつものこと。兵士達が近衛を辞める理由の九割九分がこれだし、合格者が一人も残らない年も珍しくない。 要するに……初めから少数精鋭を目指したわけではなく、諸事情で『結果的に』少数精鋭になってしまっただけ、なのである。 父様に護衛なんかいらないだろうと常々思っているアリスからすれば、フェ・インの生徒程度が近衛の任務をこなせるとは思えなかった。 「はい。チハヤヤ先生に相談したら、陛下の近衛がいいでしょうと」 最初は広く門戸の開かれたアリスのプリンセスガードを希望したのだが、自分が何とかするからと、真剣に説得されたのだという。 「……へぇ」 チハヤヤがねぇ、と呟き、アリス。 「まあ、いいわ。イルシャナ、王宮に行くなら、あたしの馬車に同席を許すけれど」 「ええ。喜んで」 ようやくアイスティーを受け取った猫の魔術師の首を掴み、席を立つ。去る三人の背中に、ハイニは珍しく手など振ってみせる。 その背中に声が掛けられたのも、また必然だったのだろうか。 「……申し訳ない。ちと、尋ねたいことがあるのだが」 「え……っ!?」 少女の耳が一瞬ぴんと立ち、やがてふにゃふにゃと崩れ落ちた。 慌てて振り向こうとした足が地面に取られ、崩れた耳のせいでバランスを完全に消失する。 「と、大丈夫かの? お嬢さん」 穏やかな低音に意識を戻せば、とす、と男の胸元に背中を預けた自分に気が付いた。耳と同じ運命を辿りそうになった少女の後ろに音もなく回り込み、崩れる体をそっと支えあげたらしい。 「あの……えっと、その……」 支えられた両腕に、背中に感じる広い胸元に、かあっと顔が熱くなる。 「焦ったぞ。思わず、本気で動いてしもうた」 苦笑しながらそう言うと。男はそれ以上少女の体に触れる事もなく、ハイニの体をテラスの椅子へゆっくりと預け掛けた。 少女が無事腰を下ろしたのを確認し、影のようにすっと退く。 「いえ……こ、こちらも……びっくりさせて、ごめんなさい」 頬を淡く染めたまま、こちらを静かに見守っている男と顔を合わせようともしない。借りてきた猫のように縮こまったまま、膝の上で小さな両手を握りしめている。 イルシャナが見れば、別人かと思うほどに愛らしいハイニだった。 「いやいや。こちらも驚かせてすまなんだ」 紡がれる優しい言葉が、胸を強く打つ。 彼女の名誉のために言うが、決してハイニは猫を被っているのではなかった。体も心も、ハイニが望む程に働かないのである。異性を恐れるほどの世間知らずでもなく、男に媚びるほどに世間慣れもしていない彼女のからだとこころが、だ。 「あの……何か質問、でしたわよね?」 そんな体に鞭打って、少女は必死で言葉を紡ぐ。 こんな所で時間を潰させては悪い。 「ちと人を探しておっての。お嬢さんが落ち着くまでは居ようかとも思うたが……このような厳つい親父がおっては、落ち着かんか。邪魔したの」 気を悪くすることもなくそう笑い、男はゆらりと身を返す。足元まである長いマントを羽織っているはずなのに、長年の熟練か、衣擦れの音一つ立てることもない。 「邪魔だなんて、そんな! 嬉しかったです! すごく!」 そんな音無きマント故に、少女の声はしっかりと届いた。 「おじさま、人を……探してるんですよね?」 男が足を止めたのを幸い、ハイニは必死に言葉を紡ぐ。 「うむ。リヴェーダという老人で、王宮に居ると便りを受けたのだが……ちと、迷ってしもうてな」 水の都は広い。慣れた者が地図を使っても迷うのだから、旅人らしい男が道を見失うのは無理もない話だった。 「あ、あの……あたし、そのかた、知ってます。案内も……できます。ううん、させてもらえません……か?」 リヴェーダ。 王宮の占い師にそんな名前のビーワナがいたはずだ。顔までは分からないが、王宮に行けば何とかなるだろう。幸い、貴族のハイニィは王宮へ何かと顔が利く。 「それは……頼むのは此方の方だ。迷惑を掛けてばかりだが、ぜひお願い出来るかの? お嬢さん」 気が付けば、マントの男はハイニの向かいの席にいた。 フェ・インでもそれなりの実力を誇るハイニに、気付かれもせず。 「そうだ。あたし……ハイニ、と申します。ハイニィとお呼び下さいませ」 「そうか。儂は……」 男の名乗りに、ハイニは首を傾げた。通称なのか、珍しい呼び名だったからだ。 「宜しくの、ハイニィ殿」 しかし、その疑問は何の意味も持たなかった。 「……はい!」 呼ばれた名に、蕩けそうに柔らかく、微笑み返す。 いつもの冷静な彼女なら気付いただろう。 だが、気が付かなかった。 男の垣間見せる、圧倒的な実力に。 並の人間では駆け上がれぬ高みに昇り詰めた、その技量に。 彼女が最強の傭兵の名を持つ男の本質を見通すのは、小さな身体をじんわりと焦がす思慕の想いが治まってからのこと。 もう半刻ほど、先の話になる。 「ねえ、イルシャナ」 王宮へ向かう馬車の中。アリスは、目の前に座るイルシャナに小さく問いかけた。 「彼女、ハイニと言ったかしら? 貴女はあの子に紹介状を書かなかったの?」 素っ気ないが、どこか真剣味を帯びた問いだ。 「貴女か叔父様なら、チハヤヤよりも影響力が大きいでしょうに」 イルシャナの母親とアリスの母親は姉妹だから、イルシャナとアリスは従姉の関係にある。そしてイルシャナの父親は王国の大臣だ。 大臣やその娘の紹介状ともなれば、近衛への取り立ても容易だろう。少なくとも、一近衛騎士でしかないチハヤヤの推薦よりは、はるかに簡単なはずだ。 「姫様ぁ、ナコココで遊びながら他のコの話なんて、ひどいにゃあ!」 その真剣さは、とても手の中でナコココを弄びながらの台詞とは思えなかった。 早い話が、馬車の中でそういうことをしていたのである。 「あら、ナココは最初から別腹だから、あたしは全然問題ないけれど?」 甘い声で鳴かせておいて、視線だけは冷厳に問う。 貴女は紹介状を書いたのかと。 あの娘は、貴女に紹介状を求めなかったのかと。 だが、アリスのその問いにイルシャナは静かに首を振った。 横に。 「そんな事をしたら、私はハイニに許してもらえないでしょうね」 むしろ誇らしげなその一言が、二人の関係と彼女の全てを物語っている。 「……なるほど」 その答えを受け、アリスは満足げに微笑んだ。 彼女の性格を十分に知っているイルシャナは、静かにアリスを見守っている。ナコココの痴態を気にする様子すらない。王城で三日もアリスと親しくすれば、嫌でも目に付く光景なのだ。幼い頃から遊び友達として育ったイルシャナからすれば、いつもの事、で済んでしまうのである。 「そうそう。今日はイルシャナは王宮に泊まるのよね?」 問われ、イルシャナは首を縦に。 来週の出発までに、諸々の手続きや挨拶を全て済ませなければならないのだ。今週の半分ほどは、王宮に泊まる事になるだろう。 「なら、あたしの部屋に泊まりなさいな」 「ええーっ!」 非難の声を上げたのはイルシャナではなく、ナコココだった。 「姫様ひどいにゃー! 浮気者にゃー! ナコココ抱いてる時に……」 「いいじゃない。しばらく、イルシャナとは逢えないんだし」 向かいの席に座る少女の頬にそっと手を伸ばし、優しく問う。 「二人とも良く知っているでしょう? あたしは離ればなれになる子にあっさり手が振れるほど、ドライじゃないって」 「にゃあああああっ!」 「イルシャナはどう? あたしとは、嫌かしら?」 腕の中でくたりとくずおれた猫の娘を愛おしげに抱き寄せたまま、アリスはもう一度そう問いかけるのだった。 少女の目の前にいるのは、黒いヴェールを被った人物だ。黒い調度に覆われた部屋の中。傍らに少年と蛇族のビーワナを控えさせ、静かに腰を下ろしている。 「シーラ様。そちらは?」 沈黙に耐えかねた少女……イルシャナが口を開き、場の空気が僅かにきしみを上げた。 「リヴェーダです。貴女も、ご存じでしょう?」 問われ、イルシャナは静かに頷く。 リヴェーダと呼ばれた蛇は宮廷付きの占い師だ。基本的に迷信を信じない国王からは期待されていないため、貴族相手に細々と占いをしている老爺のはずだが……。 「彼を、スクメギでの副官に付けます」 「……は!?」 その声がイルシャナの今までの人生で一番情けない返事だったのは、間違いないだろう。 「イルシャナ、そんな声を出す人がありますか……」 薄い紗の向こう、表情を見せぬシーラも呆れ声だ。 「で、ですが……」 宮廷の役人でも、プリンセスガードや近衛の一人でもいい。よりによって、こんな陰気な老人を付けることはないではないか。 「リヴェーダは、実務にも魔術にも造詣の深い方です。殊にスクメギは、古代の遺跡に関する深い知識が必要となる場所。きっと貴女の力になってくれるはずです」 彼を越える知識の持ち主は居ない。 シーラは、暗にそう言っているのだ。気付かないイルシャナではない。気付かないわけではないが……。 その時、軽くドアを叩く音がある。 「誰ですか? 姫様は面会中ですよ」 ドアの向こうに叱責したのはシーラの隣に立つ少年だった。イクスという名の彼もハイニと同じ、フェ・インから引き抜かれた近衛兵の一人だ。もちろん、イルシャナとも顔見知りである。 「申し訳ありません。ランダール公のお嬢様のご紹介で、お客様が……」 柔らかな叱責に姿を見せたのは、シーラ付きのメイドだった。アリスやトーカのメイドよりも、幾分大人しい格好をしている。 「……ハイニィが?」 先程別れたばかりだというのに、何の用だろう。イルシャナが馬車でこちらに来てそう経っていないから、カフェで別れてすぐにこちらへ向かった計算になる。 別段忘れ物をした覚えはないし、仮にあっても家に届けさせれば済むはずだ。 「いえ、リヴェーダ様にご用の方をお連れしたと……」 「吾輩に、ですかな?」 ようやく放たれたリヴェーダの声に、メイドは思わず身を縮めた。イルシャナも身を僅かに強ばらせている。老爺の声は心に粘り着き、首筋にしゅるりと絡み付く、まさしく蛇そのものの声だったからだ。 「は……はい。壮年の、犬族の方です。お名前は『狂犬』と言えば通じると」 「おお、おお。承知致した。確かにその者は、吾輩の朋友に相違ない」 顔合わせは済んだのだからもう用はないとでも言う風に。シーラやイルシャナへの挨拶もそこそこに、リヴェーダは黒ずくめの部屋をいそいそと後にする。 厚いドアが閉じた瞬間、その場にいた三人が、誰とも無くため息を吐いた。そんな様子は見せなかったが、シーラやイクスにもそれなりのプレッシャーがあったらしい。 「シーラ様ぁ……。私、あの人と本当に行かなければならないんですか?」 「ええ。少ししたらあともう数名、手伝いを向かわせますから」 表情の見えないシーラに、「これ以上蛇族は勘弁してください」とイルシャナは本気で頭を下げるのだった。 |