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4.『快速弾丸』対『銀翼のシスカ』

 少女は、神殿の中を歩いていた。
 林立する櫓とその内に納められた戦士像。それを照らし出すかがり火の列。
 ただ一つ違うのは、そこがスクメギではなく、そのはるか西、『盗賊団の陣営』だったということか。
「どこだろ……ここ」
 鳶色のショートに純白の翼。運命の少女と呼ばれた白き翼の娘、クラム・カインである。
 新たにスクメギに赴任してきた領主に散々追いかけ回されて逃げ切ってみれば、こんな所に辿り着いていたりする。
 そんな事を考えていると、頭上から獣機の駆動音が聞こえてきた。
「っと」
 慌ててその辺に隠れ、音のする方を見上げれば……上空を滑るように飛び過ぎるのは、銀色の鎧をまとった獣機が一つ。
 スクメギ獣機の羽根状の翼ではなく、左右にまっすぐ伸びた機械的な翼。その翼で器用にホバリングし、周囲のものより一回り大きなテントの隣へ優雅に着地する。
 騎士の作法そのままの動きで膝を折り。テントの傍でごそごそと動いていたかと思えば、やがて音もなく胸元のハッチが開く。
「女の子……?」
 中から現れたのは一人の少女だった。
 グルーヴェの黒い軍服と対照的な、かがり火の光を弾く白い肌。軽い動作で地面に降り立ち、小さく結った髪を解けば、甲冑と同じ銀色の髪がふわりとあたりに流れ広がる。
 軽く頭を振って絡んだ髪の癖を取ってから、軍服の少女はテントの中へと消えていった。
「へぇ……」
 入り口を守っていた兵士が敬礼をした事を見ると、少女は高い地位にいるのだろう。
 興味を覚えたクラムは背中の翼を仕舞うと、夜の闇に紛れてテントへと近寄っていった。


 グルーヴェ様式のテントの間を、軍服を着た男が歩いていた。やがて一回り大きなテントの前で足を止め、中に声を掛ける。
「失礼します」
「入れ」
 たおやかだが凛とした声に応じ、男は入り口の布を上げて中へと入るや……絶句した。
「し、少佐……」
 テントの真ん中には数枚の地図が散らばった作戦テーブル。隅には資料や報告書の山と、携帯用の寝袋が放ってある。
 それと、巨大なバスタブが一つ。
「すまんな、こんな格好で」
 この部屋の主である少女は、あろうことか戦場で風呂に入っているのだった。
「乾燥にはどうも弱くてな。今さっき、偵察ついでに谷底の川から汲んできた」
「仕方ないッスよ。副長をこんなトコに派遣する上がどうかしてますって」
 だが、男は少女のそんな行為に目くじらを立てる事もなく、作戦机の上に報告の書かれた木片を広げていく。
「悪い。急ぎの報告書なら、こちらの机に頼む。入ったまま読むから」
「あ、よろしくお願いします」
 言われて再び報告書を抱え上げ、バスタブの傍らに置かれた小机の上に広げなおす。木片だから少々水に濡れても平気とはいえ、行儀の悪い事この上ない。
 優先の目印の付いた木片を取り上げ、少女はなかばまで目を通して……ため息を一つ。
「本国は我らを切り捨てるようだな……」
「……やっぱり、そうですか」
「ああ。ココには、我らはグルーヴェとは関係ない武装野盗と返答したそうだ」
 本国からの指示ではない。ココの各地に送った諜報員からの報告だ。
「勝てばグルーヴェの勝利、負ければただの野盗の群れ……か」
「まあ、辺境の魔物討伐隊が本国付きになった時点でこうなるとは思ってましたが」
 報告書を持ってきた男の反応は薄い。
 グルーヴェはココに比べ、魔物の多い土地だ。そのため遺跡から発掘された獣機も、対魔物用に用いられる事が多い。
 彼らも、もともとそんな部隊の一つだったのだが……。
「明日の補給もどれだけ来るかだな。我々が不甲斐ないばかりに、苦労を掛けるな」
「俺達は団長と少佐に付いていくだけッスから」
 笑う男の放った団長という言葉に、少女の人形のような顔が、わずかに曇った。
「団長は……見つからんか」
「はい。こちらも捜索隊を出したんですが……」
 味方の土地ならともかく、敵国のど真ん中だ。獣機のような目立つものは使えないし、斥候の数を変に増やして指揮官不在を相手に気取られるわけにもいかない。
 結局追跡能力の聖痕を持つイヌ系のビーワナ達で地道に何とかするしかないのだが、人手不足ではそれも満足に行えていなかった。
「団長の事だ。少々の事で死ぬはずはないだろう。我々は我々で、今出来る事をするしかあるまい」
「……ですね」
 バスタブにゆったりと身を浸したままでも、報告書を見る少女の視線は真剣だ。時折質問を男に投げかけて返答を確認しつつ、木片の束を次々と消化していく。
「あと、少佐……」
 そんな中、ふと男が口を開いた。
「何だ?」
 少女は報告書に集中していて二つ返事だ。
「あの、なんつーか……言いにくいんですが」
「何だ、早く言え」
 報告書の手を止め、男の方を見る少女。
「えと、見えてます」
 はぁ、とため息をついて、男はそう言った。
「え……っ!?」
 視線を下に転じれば、透き通った谷川の水の中、控えめにふくらんだ双丘が何の覆いもなく沈んでいる。
「や……ッ!」
 雪花石膏のような白い肌が真っ赤に染まるのは、一瞬の事だった。
「やだぁ! ほれ、見ンでねぇ!」
 ばしゃばしゃばしゃ。
 静かだった水面が荒れに荒れ、慌てて立ち上がろうとして立ち上がれない事に気付き、盛大にバスタブごとひっくり返る。
 がたーんという大音響と共に、小机の上に置いてあった木片の束が宙を舞った。
「……少佐、早く尾ひれしまって下さい」
 地面で尾ひれを空振りさせつつ転がっている上官に上着をかけてやりながら、男はため息をついた。
 そう。
 少女は、人魚であったのだ。


「ぷっ……」
 テントの隙間から中の様子を覗き込んだまま、一部始終を見物していたクラムはつい吹き出してしまった。
 それが命取りと気付いたのは吹き出した後で。
「て、おっと!」
 テントを貫いて投げつけられた木片を避けられたのは、奇跡に近かったろう。
「誰だ!」
「や、やばっ!」
 中の2人が飛び出してきて、あたりが騒がしくなるのはあっという間のこと。
 クラムは走りつつ、背中に意識を集中。
 展開。そして開放。
 解き放つイメージと共に、2枚の大きな翼が夜空を白く彩る。
 跳躍。
 飛翔。
 より速く、早く、迅く。
 空を打つ翼は白き光をまとい。自らの出せる以上の推力を小柄な少女に与え、弾丸の如き快速を叩き出しはじめる。
 これが『祖霊使い』たる彼女の力。天翔ける白き双翼、『翼の聖痕』の本当の使い方。
「快速……弾丸っ!」
 生まれる衝撃波は周囲のテントを吹き飛ばし。
 有翼の同族など歯牙にも掛けないスピードで、クラムは悠々とその場を逃げ出した。


 一方、取り残された方は諦めていなかった。何せ指揮官不在という極秘次項を聞かれてしまったかも知れないのだ。必死にもなる。
「ウチに有翼の祖霊使いはいなかったな?」
 荒ぶる風の中、吹き飛ぶテントの群れをよけながら、少女は周囲に声を投げつけた。既に人魚の下半身は人のそれに変わっている。走るのに何の支障もない。
「はい。明日の補給で何人か来れば良いんですけど……」
 だが、来ていないものは仕方がない。手持ちの戦力だけで何とかするしかなかった。
 幸い、グルーヴェ本国で発掘された獣機はスクメギと違い、全機に飛行能力がある。
「自分のシスカと近衛で追跡に移る。残りはここを復旧しつつ、夜襲を警戒。陽動かもしれん!」
 上着一枚なのを気にする事もなく。少女はテントの傍に控えていた自らの愛機へ軽快に駆け登ると、くるりと身を翻して操主席へ飛び込んだ。

"主の名に於いて従者に覚醒を命ず……"

 小柄な少女にはやや大きめの椅子に身を沈め、精神集中。散らばる髪の毛を軽くまとめ、上着のポケットから紐を取り出して根本を縛るまでにもう一挙動。
 引かれる髪の感触に、集中を強める。

"主たる我が名はシェティス"

 銀髪の少女……シェティスの呼びかけに、沈黙していた銀翼の巨人『一式ギリュー』が僅かに唸りをあげた。
 幽かだった唸りは一瞬で駆け上がり、

"従者たる汝が名は……『シスカ』!!"

 その声に「応」とも聞ける駆動音一つ。
 『シスカ』の名を持つただ一騎の獣機は、主を乗せて漆黒の夜空に舞い上がった。



続劇
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