3.深夜の来訪者 「はぁ……」 道沿いに林立する石壁にもたれかかった少女のため息は、夜の暗がりへすっと消えた。 壁の正体は、地面になかば埋もれた巨大な石の箱。『柩』とあだ名されるその上に、少女の黒く長い髪が、さらりと流れる。 やや荒れ気味の髪を白い指ですくい、もう一度、ため息。 王位継承権第4位の傍系でしかなく、市井暮らしのイルシャナとはいえ……荒野の田舎村の暮らしに慣れるのは大変だった。 その上、隣国からの侵略である。 先日の初戦で大半の獣機と隊長を喪い、駐留軍は再建の真っ最中。相手が沈黙を守っているからいいようなものの、今会戦を挑まれればこちらに戦う術はない。 「シーラ様……私……どうしたら……」 「ひーめさまっ」 と、声。 見上げれば、イルシャナのもたれかかっていた『柩』の上に腰掛けている小さな影が一つ。 「キッド!」 「お供も連れず、夜の一人歩きは危ないッスよ。イル姉」 件の少年魔法使いは身軽に飛び降り、夜着一枚の少女に気取った挨拶をしてみせる。 「隊長さん、怒ってましたよ」 「だってアイツ、俺の事ガキって言うんだもん」 拗ねたようにくるりと振り向き、ほてほてと歩き出す。少年に続くように少女もまた、歩き出す。 「で、イル姉は大丈夫か? なんか王宮を追い出されたって聞いたから、見に来たんだけど」 「……そんな事になってるんですか?」 「ああ。俺達はイル姉と姫様がそんな仲じゃないって知ってるけど、街の連中はなぁ……」 ふと、ぺらぺらと喋っていたキッドが言葉を止めた。 「キッド?」 追い付いたイルシャナに気付く様子もなく、少年魔法使いは動きを止めたまま。 「イル姉、あれ何?」 ようやく動いた指の先にあるのは、10mを越える高さを持った櫓(やぐら)の群れ。 そして、その中にそびえる鋼鉄の兵士。 「ああ、あれは獣機よ」 「うおお、すっげぇぇ! あれが!」 「ち、ちょっと、キッド!」 突然走り出したキッドを追って、少女領主も慌てて走り出した。 そこは古代の神殿の様相を呈していた。 巨大な櫓に囲まれた戦士像には、一つとして同じものはない。芸術家が丹誠込めて彫り上げたようなそれは、冷たい夜気とあちこちに焚かれたかがり火に包まれ、まさしく神像のよう。 「本当はこれを見に来たんですね、キッド」 「へへ。まあ、ね」 追い付いたイルシャナの言葉に、やや曖昧に笑うキッド。昼夜を問わない修復作業に見張りの兵士も多いが、イルシャナと一緒なら咎められる事はない。 技師達の邪魔をしないように歩いていると、片腕のない赤銅色の獣機が目に止まった。 「修理中なんだ?」 「ええ。先日の戦いで、ね」 肩から広がる大きな鎧に覆われ、首がないようにも見える重戦士型の獣機だ。その左腕は肩口から先が失われており、代わりに似た形の腕が地面に転がされている。 機体のマーキングは、主を喪った隊長機の証。 「俺も乗れるかなぁ……」 「『ウシャス』かぁ。声が聞こえないと、無理だと思う」 「声?」 獣機には真の名前がある。その名で最初に呼んだ者を、獣機は主と認めるのだ。そしてその名を告げるのは、他ならぬ獣機自身ということ……。 先の重戦士型の機体を例に取れば、『ウシャス』という己の名前を獣機から告げてもらわなければ、主にはなれないのだ。 不思議そうに問うキッドに、イルシャナはそう答えてやった。 「そっか……。イル姉?」 「ああ、ごめんなさい。ここに来ると、ちょっと気分が悪くなって……」 「ありゃ。それじゃ、戻ろっか」 寒さにあたったのか、走らせたのが悪かったのか。やや青ざめたイルシャナの手を取り、キッドは本宅の方へと歩き出す。 「悪いわね、キッド」 「へへ。気にすんなって」 その姿は恋人というよりも、仲の良い姉弟にしか見えなかった。 |